記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

日刊太宰治全小説

【日刊 太宰治全小説】#247「おさん」

【冒頭】たましいの、抜けたひとのように、足音も無く玄関から出て行きます。 【結句】気の持ち方を、軽くくるりと変えるのが真の革命で、それさえ出来たら、何のむずかしい問題もない筈(はず)です。自分の妻に対する気持一つ変える事が出来ず、革命の十字架…

【日刊 太宰治全小説】#246「斜陽」八

【冒頭】ゆめ。皆が、私から離れて行く。直治の死のあと始末をして、それから一箇月間、私は冬の山荘にひとりで住んでいた。そうして私は、あのひとに、おそらくはこれが最後の手紙を、水のような気持で、書いて差し上げた。 【結句】ご不快でしょうか。ご不…

【日刊 太宰治全小説】#245「斜陽」七

【冒頭】直治の遺書。姉さん。だめだ。さきに行くよ。 【結句】さようなら。ゆうべのお酒の酔いは、すっかり醒(さ)めています。僕は、素面(しらふ)で死ぬんです。もういちど、さようなら。姉さん。僕は、貴族です。 「斜陽(しゃよう) 七」について ・新潮文…

【日刊 太宰治全小説】#244「斜陽」六

【冒頭】戦闘、開始。 【結句】弟の直治は、その朝に自殺していた。 「斜陽(しゃよう) 六」について ・新潮文庫『斜陽』所収。・昭和22年5月頃に脱稿。・昭和22年9月1日、『新潮』九月号に「斜陽(長篇連載第三回)」として「五」「六」を掲載。斜陽 …

【日刊 太宰治全小説】#243「斜陽」五

【冒頭】私は、ことしの夏、或(あ)る男のひとに、三つの手紙を差し上げたが、ご返事は無かった。 【結句】お死顔は、殆(ほと)んど、変らなかった。お父上の時は、さっと、お顔の色が変ったけれども、お母さまのお顔の色は、ちっとも変らずに、呼吸だけが絶え…

【日刊 太宰治全小説】#242「斜陽」四

【冒頭】お手紙、書こうか、どうしようか、ずいぶん迷っていました。けれども、けさ、鳩(はと)のごとく素直(すなお)に、蛇(へび)のごとく慧(さと)かれ、というイエスの言葉をふと思い出し、奇妙に元気が出て、お手紙を差し上げる事にしました。直治(なおじ)…

【日刊 太宰治全小説】#241「斜陽」三

【冒頭】どうしても、もう、とても、生きておられないような心細さ。これが、あの、不安、とかいう感情なのであろうか。 【結句】不良でない人間があるだろうか、とあのノートブックに書かれていたけれども、そう言われてみると、私だって不良、叔父さまも不…

【日刊 太宰治全小説】#240「斜陽」二

【冒頭】蛇(へび)の卵の事があってから、十日ほど経(た)ち、不吉な事がつづいて起り、いよいよお母さまの悲しみを深くさせ、そのお命を薄くさせた。 【結句】思うと、その日あたりが、私たちの幸福の最後の残り火の光が輝いた頃で、それから、直治(なおじ)が…

【日刊 太宰治全小説】#239「斜陽」一

【冒頭】朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、「あ」と幽(かす)かな叫び声をお挙げになった。 【結句】恋、と書いたら、あと、書けなくなった。 「斜陽(しゃよう) 一」について ・新潮文庫『斜陽』所収。・昭和22年3月6日に脱稿。・昭和…

【日刊 太宰治全小説】#238「朝」

【冒頭】私は遊ぶ事が何よりも好きなので、家で仕事をしていながらも、友あり遠方より来るのをいつもひそかに心待ちにしている状態で、玄関が、からっとあくと眉(まゆ)をひそめ、口をゆがめて、けれども実は胸をおどらせ、書きかけの原稿用紙をさっそく取り…

【日刊 太宰治全小説】#237「フォスフォレッセンス」

【冒頭】「まあ、綺麗(きれい)。お前、そのまま王子様のところへでもお嫁に行けるよ。」「あら、お母さん、それは夢よ。」この二人の会話に於(お)いて、一体どちらが夢想家で、どちらが現実家なのであろうか。 【結句】「なんて花でしょう。」と彼にたずねら…

【日刊 太宰治全小説】#236「女神」

【冒頭】れいの、璽光尊(じこうそん)とかいうひとの騒ぎの、すこし前に、あれとやや似た事件が、私の身辺に於(お)いても起った。。 【結句】私は眉間(みけん)を割られた気持で、「お前も女神になりたいのか?」とたずねた。家の者は、笑って、「わるくないわ…

【日刊 太宰治全小説】#235「父」

【冒頭】義のために、わが子を犠牲にするという事は、人類がはじまって、すぐその直後に起った。信仰の祖といわれているアブラハムが、その信仰の義のために、わが子を殺そうとした事は、旧約の創世記に録されていて有名である。 【結句】義。義とは?その解…

【日刊 太宰治全小説】#234「ヴィヨンの妻」三

【冒頭】ほんの三十分、いいえ、もっと早いくらい、おや、と思ったくらいに早く、ご亭主がひとりで帰って来まして、私の傍(そば)に寄り、「奥さん、ありがとうございました。お金はかえして戴(いただ)きました」「そう。よかったわね。全部?」ご亭主は、へ…

【日刊 太宰治全小説】#233「ヴィヨンの妻」二

【冒頭】とにかく、しかし、そんな大笑いをして、すまされる事件ではございませんでしたので、私も考え、その夜お二人に向って、それでは私が何とかしてこの後始末をする事に致しますから、警察沙汰(けいさつざた)にするのは、もう一日お待ちになって下さい…

【日刊 太宰治全小説】#232「ヴィヨンの妻」一

【冒頭】あのわただしく、玄関をあける音が聞えて、私はその音で、眼をさましましたが、それは泥酔(でいすい)の夫の、深夜の帰宅にきまっているのでございますから、そのまま黙って寝ていました。 【結句】またもや、わけのわからぬ可笑(おか)しさがこみ上げ…

【日刊 太宰治全小説】#231「母」

【冒頭】昭和二十年の八月から約一年三箇月ほど、本州の北端の津軽の生家で、所謂(いわゆる)疎開生活をしていたのであるが、そのあいだ私は、ほとんど家の中ばかりにいて、旅行らしい旅行は、いちども、しなかった。いちど、津軽半島の日本海側の、或(あ)る…

【日刊 太宰治全小説】#230「メリイクリスマス」

【冒頭】東京は、哀(かな)しい活気を呈(てい)していた、とさいしょの書き出しの一行に書きしるすというような事になるのではあるまいか、と思って東京に舞い戻って来たのに、私の眼には、何の事も無い相変らずの「東京生活」のごとくに映った。 【結句】「こ…

【日刊 太宰治全小説】#229「トカトントン」

【冒頭】拝啓。一つだけ教えて下さい。困っているのです。私はことし二十六歳です。生れたところは、青森市の寺町です。たぶんご存じないでしょうが、寺町の清華寺の隣りに、トモヤという小さい花屋がありました。私はそのトモヤの次男として生れたのです。 …

【日刊 太宰治全小説】#228「親友交歓」

【冒頭】昭和二十一年の九月のはじめに、私は、或(あ)る男の訪問を受けた。この事件は、ほとんど全く、ロマンチックではないし、また、いっこうに、ジャアナリスチックでも無いのであるが、しかし、私の胸に於(お)いて、私の死ぬるまで消し難い痕跡(こんせき…

【日刊 太宰治全小説】#227「男女同権」

【冒頭】これは十年ほど前から単身都落ちして、或(あ)る片田舎に定住している老詩人が、所謂(いわゆる)日本ルネサンスのとき到(いた)って脚光を浴び、その地方の教育会の招聘(しょうへい)を受け、男女同権と題して試みたところの不思議な講演の速記録である。…

【日刊 太宰治全小説】#226「薄明」

【冒頭】東京の三鷹(みたか)の住居を爆弾でこわされたので、妻の里の甲府へ、一家は移住した。甲府の妻の実家には、妻の妹がひとりで住んでいたのである。昭和二十年の四月上旬であった。聯合機(れんごうき)は甲府の空をたびたび通過するが、しかし、投弾は…

【日刊 太宰治全小説】#225「たずねびと」

【冒頭】 この「東北文学」という雑誌の貴重な紙面の端をわずか拝借して申し上げます。どうして特にこの「東北文学」という雑誌の紙面をお借りするかというと、それには次のような理由があるからです。 【結句】 そのひとに、その女のひとに、私は逢いたいの…

【日刊 太宰治全小説】#224「雀」

【冒頭】 この津軽へ来たのは、八月。それから、ひとつきほど経(た)って、私は津軽のこの金木町から津軽鉄道で一時間ちかくかかって行き着ける五所川原という町に、酒と煙草(たばこ)を買いに出かけた。キンシを三十本ばかりと、清酒を一升、やっと見つけて、…

【日刊 太宰治全小説】#223「春の枯葉」第三場

【冒頭】 (舞台中央まで来て、疲れ果てたる者の如く、かたわらの漁船に倒れるように寄りかかり)ああ、頭が痛い。これあ、ひどい。 【結句】 (奥田を見送り、それから、しゃがんで野中の肩をゆすぶる)もし、もし。風邪をひきますよ。さ、一緒に帰りましょ…

【日刊 太宰治全小説】#222「春の枯葉」第二場

【冒頭】 (洗濯物を取り込み、それを両腕に一ぱいかかえ、上手(かみて)に立ち去りかけて、ふと縁側のほうを見て立ちどまり)あら、奥田先生、お鍋が吹きこぼれていますよ。 【結句】 (夢遊病者の如くほとんど無表情で歩き、縁側から足袋はだしで降りて)僕…

【日刊 太宰治全小説】#221「春の枯葉」第一場

【冒頭】 (蒼(あお)ざめた顔に無理に微笑を浮べ)何も、叱るんじゃないのだ。なんだいお前は、もう高等科二年にもなったくせに、そんなに泣いて、みっともないぞ。さあ、ちゃんと、涙を拭(ふ)け。 【結句】 そうよ。あたしたちは音楽会をひらくのよ。音楽会…

【日刊 太宰治全小説】#220「チャンス」

【冒頭】 人生はチャンスだ。結婚もチャンスだ。恋愛もチャンスだ。と、したり顔して教える苦労人が多いけれども、私は、そうでないと思う。 【結句】 庭訓(ていきん)。恋愛に限らず、人生すべてチャンスに乗ずるのは、げびた事である。 「チャンス」につい…

【日刊 太宰治全小説】#219「苦悩の年鑑」

【冒頭】 時代は少しも変らないと思う。一種の、あほらしい感じである。こんなのを、馬の背中に狐(きつね)が乗ってるみたいと言うのではなかろうか。 【結句】 まったく新しい思潮の擡頭(たいとう)を待望する。それを言い出すには、何よりもまず、「勇気」を…

【日刊 太宰治全小説】#218「冬の花火」第三幕

【冒頭】お母さん、お母さん。 【結句】冬の花火さ。あたしのあこがれの桃源郷も、いじらしいような決心も、みんなばかばかしい冬の花火だ。 「冬(ふゆ)の花火(はなび)」について ・新潮文庫『グッド・バイ』所収。・昭和21年3月15日に脱稿。・昭和21…