記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。

【日刊 太宰治全小説】#号外『走れメロス』事件

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太宰さん、事件です!

 国語の教科書にも掲載され、人間失格』『斜陽』と並んで、太宰作品の中で最も有名な作品走れメロス

作品の最後に「古伝説とシルレルの詩から」と記されており、古代ギリシャの伝承とドイツの「シルレル」ことフリードリヒ・フォン・シラー『人質』という詩をもとに創作されたことが明かされています。

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ところで、皆さんは、太宰治が『走れメロス』を書く発端となった、「『走れメロス』事件」とでもいうべき事件があることをご存じでしょうか?

太宰治、山岸外史と一緒に三馬鹿と呼ばれるほど仲の良かった檀一雄は、太宰の死後に記した『小説 太宰治の中で、「おそらく私達の熱海行が少なくともその重要な心情の発端になっていはしないかと考えた」と述べています。

いったい、どんな事件をきっかけに走れメロスは書かれたのでしょうか?

『小説 太宰治からエピソードを引用・再構成して紹介します。

小説 太宰治 (岩波現代文庫)

 

事件の発端

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  井伏さんの覚え書きによると、昭和十一年の十二月という事になっている。本郷の私の下宿に思いがけぬ、女の来訪者がやってきた。

 誰かと思って、出てみると、初代さんだった。

 「ああ、奥さんか、津島君どうかしたんですか?」

 「いいえ、ちょっとお願いがあるのよ」

 と、初代さんは穏和にほお笑むようだから、

 「よかったら、どうぞ」

 「じゃ、ちょっと」

 と初代さんは素直に私の部屋に上ってきた。

 「お願いって?」

 「あのね、津島が熱海に仕事をしにいっていますの。お金がないといって来ましたから、やっとこれだけ作ったのよ。檀さん、すみませんけど、持っていって下さらない?そうして早く連れて帰って来て下さいね」

 私は金を持っていなかった。

 「旅費がないけど」

 「ええ、この中から使っといて下さらない」

 「いいですか?」

 「ええ」と、初代さんは肯いた。

 私は嬉しかった。久し振りに太宰に会えるばかりか、今夜は熱海に一泊だ。私は何処へゆくのにも、久留米絣(くるめがすり)の着流しで出掛けるならわしだったから、タオル一本手にすると、初代さんについて出た。

 「じゃ、行ってきます」

 「お願いしますね。さようなら」

 と、そのまま別れた。宿屋の所在だけをきいていた。

太宰の妻・初代さんから檀への依頼、それが事の発端でした。

檀一雄は、昭和11年8月から10月末まで満州旅行へ行っており、太宰との久し振りの再開に胸を躍らせながら、熱海へと向かったのでした。

太宰は11月25日から熱海温泉 馬場下の八百松に滞在し、『二十世紀旗手』 の改稿に着手していました。

 

太宰との再会

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その小さい、太宰の宿は難なくわかった。

 女中に取り次ぐと、間もなく、太宰が如才なく降りて来た。嬉しいようだった。

 「ああ、檀君

 何処かへ出掛けるところなかのか、ラクダの上等のモジリを着込んでいた。

 「奥さんから、金をことづかって来たんだよ」

 「そう、まあ、あがれよ」

 と、太宰は先に立って階段を上っていった。

 海の見える部屋だった。海の反対側のところにもう一間あり、そこへ机を置き、その上に例の通り、朱線の原稿用紙の中央にきっちりと古びた万年筆がのせられていた。しかし、何も書かれている様子はない。それを太宰は急いで二つに折り、押入れの中に隠し込んだ。

 「ここ、書ける」

 「ああ」

 と、太宰は否定も肯定もしない曖昧な顔だった。(中略)例の通り急がしく煙草をパッパッとけぶしては、机の皿にひねりつぶしていたが、

 「ここはね、橘外男がよく来るのだそうだ。叶わぬ。日に三十枚書きとばすんだそうだから、驚いたよ。何をそんなに書く事があるのかね、え」

 嘲笑のような声だった。しかし笑いながら素早く泣声の風情に変る。それが、捗らぬ自分の仕事への自虐の声のようにかすれてゆく。

 「お金、ほら。奥さんから預った。すぐ引き上げてきてくれって」

 と、ふところの中から状袋入りの七十何円を取り出した。

 「ああ、ありがとう」と、太宰はいつもの通りよそよそしくその状袋を手に取って、喜びとも、不安ともつかぬ顔をした。

太宰との久し振りの再開を果たした檀ですが、太宰の筆は進んでおらず、少しちぐはぐな会話、なんだか雲行きが怪しくなってきました。

 

太宰と檀、外出する

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 「行こうか?」

 「どこへ?」

 「すぐそこだ」

 私は論なく、太宰の後から続くのである。雨上がりの空模様だった。

 太宰は宿を出る時に、女持ちの蛇の目傘を携えた。

 「返すんでね」

 と、太宰は私の不審貌に答える風に呟いたが、その蛇の目の上には、「葉子」と女名前が白エナメルで記されてあった。私はこの葉子という文字を今でもはっきりと覚えている。

(中略)

 私達は海ぎしをゆっくり歩き、橋を越えると小川に沿って、小道を上っていった。両岸の温泉の捨て湯が、川の中に白い湯気を上げているのは妙に旅情をそそる風物だ。川の上に小さいバラック作りの小料理屋が建っていた。見たところ軒並みに芸者屋か遊女屋が並んでいる真中のようである。

 「ちょっと寄ろうか」

 太宰はそう云って、その小料理屋の簾を開けた。

 「いらっしゃい、早いですね先生。お客様はどちらからで?」

 と、ひどい斜視の青年が私達を見上げた。

 「ああ、東京だ。おやじ、どうした?」

 「ちょっと帰ってます。呼びますか?」

 「ああ、呼んで来てくれない?」

 「じゃ、すぐ」と、青年は走り出した。

 太宰はいかにも来慣れた家のように二畳敷きの畳の方に腰をおろして、

 「飲まないか?」

 チロリの酒を私の前のコップに自分でついだ。

 「君は?」と、云うと、

 「いや、いいんだ。歯が痛くってねえ」

 と、太宰はサイダーを開けて飲んでいる。今考えると、この時までは少くとも太宰は無事に東京に帰りたく思っていたにちがいない。

「この時までは」というのが、何だか意味深です。

「おやじ」と、どのような展開になるのかも気になるところです。読み進めていきましょう。  

 

意外な展開

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 やがて、尾上松之助によく似た男が這入ってきた。どうやら店の亭主のようである。目も眉も濃くて太く、身を持ち崩した男のふうだった。男は、ジロリと私を一瞥した。

 「東京の友人でね、檀という男だよ」

 「よろしくどうぞ」

 と男は私の方に挨拶をして、それから太宰の方に向き直ると、

 「届きましたかね?」

 男の下卑た口付きから考えると、金のことを云っているにちがいない。太宰は何とも答えなかった。

 (中略)

 「親爺。てんぷらを喰いにゆかないか?」

 「どこへだね、先生」

 「碧魚荘だ」

 「お供しましょう」

 「行かないか? 檀君

 「ああ」と、私は肯いた。

 「先生、〇ちゃん、随分待ってましたぜ」

 「ほんとかねえ。不思議だねえ」

 と、これは芸者か、遊女の事をでも云うようだった。

(中略)

 太宰は前に来たことでもあるのか、つかつかと這入り込んで、真下に海の見下ろせる、料理場の中に歩いていった。調理場は、ちょうどバーの風に囲われていて、即席のてんぷらが揚げられるようだった。高級の小料理屋風である。

 「いいのかい?」

 と、椅子にかけた折に、私は不安になって、こう云うと、太宰は、

 「ああ」と肯いた。倹約の忠義だてでもあるまいと思ったが、それでも私なぞついぞ這入り慣れないほどの高級料理屋で、何か、不安だった。

(中略)

 アト・ホームの感じが全くしない。旅先では、よくキャメル等吸う、贅沢好みの太宰はよく知っているものの、しかし私と太宰と二人きりの時は、大抵浅草か玉の井辺りの、大工や日傭人足達がひっかける安食堂を、梯子して廻るのが常だった。

 酒が出されている。飲む。太宰は「歯痛だ」といっていた癖に、いつも通りの豪酒降りを発揮しはじめている。最後に海苔がチリチリと上げられて、

 「いくら? お勘定」と、太宰が云うと、

 「へえ、有難うございます。二十八円七十銭」

 やっぱり、と私はさっと青ざめたが、さすがに太宰の血の気も失せてゆくようだった。しかし、一度断崖をすべり落ちてしまうと、太宰も私も、居直るたちだ。もう太宰のふところは、五十円未満しか残っていない。目玉の松の所の支払いや、それから道に話し合っていた模様から察すると、芸者屋か遊女屋の支払いも、かなり溜っているに相違ない。それに、宿泊料を合せると、到底太宰のふところでは、済まぬことだと観念した。

 当初、檀一雄も違和感を感じるほどの高級料理屋でしたが、太宰と共に杯を重ね、天ぷらを食べていると、案の定、といった展開です。

果して、太宰と檀は、この後どう切り抜けるのでしょうか。

 

放蕩の日々

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 その晩は、私達は案の定、裏の遊女の家に出掛けていった。

 「信じろよ、檀君。これはね、とってもいい子だよ。とっておきなんだがねえ、譲るよ」

 そう云って、一人の女を私の前に坐らせた。

 「あら、厭だ。よしてそんな事」と、女が言った事を覚えている。すると太宰が、その女の方に向き直って、

 「素直に、ハイ、と云いなさい。これが難しいんだよ。ハイ、と云いさえすればねえ」

 「じゃ、ハーイ」

 「驚いたね。見直したよ。一目惚れか? こりゃひでえ」

  と、太宰は大声に笑いながら、次の部屋に這入っていった。今でも目に浮かぶが、こういう太宰は実によかった。

 文学を忘れてしまって、虚栄を抜きにして、おのおのの悲しみだけを支えながら、遊蕩にふける時間が、私達の僅かな、安静な時間だったといえるだろう。太宰のいう、千人に通じた女は、もう処女だ。その名も知れぬ処女達の、肌の温もりにだけ、かすかな私達の憩いがあった。

 私が、女と連れだって、真夜中、浴場に立ってみると、太宰も女を連れて、浴槽の中に、かがみこんでいた。

 「洗えよ君。処女にも黴菌はついてるからね」

 クックッと太宰は湯の中から顔を上げて笑っていた。流れ湯の落ち込む音が、夜通し、川の中に鳴っていた。

 

 翌朝も、そこから真直ぐ目玉の松の、居酒屋に帰るのである。

 「おやじ、ひどいね。檀と双葉と、もう昨夜、こうだ」

 太宰ははしゃぎながら、両手を合わせて空へ突き上る真似をする。

 「ウヘヘヘ」と、おやじと斜視は顔を見合わせあって喜んだ。二、三杯の酒をあおり、宿に引き揚げてきて床につくのである。

 金の事はもう太宰に云わなかった。わかっている。太宰も私にひとことも語らなかった。

 太宰の寝姿を時折確かめながら、醒めては眠り、醒めては眠る。一度、太宰と顔が合った。

 「クックッ」と、太宰が笑いだすのである。

 「心境が澄み切ってね――」

 何を云うのかと、その口許を見つめると、

 「もう眠る、ばかしさ」

 ウフフ――と、太宰が布団を被って、含み笑いに移っていった。

 やがて太宰が、むくっと起きて、

 「こうしちゃいられねえ」

 金かと私も起きあがって、悔恨がかすめるが、

 「ゆこう」と、また酒になり、女になる。三日目の朝だった。

 「檀君菊池寛の処に行ってくる」

 「大丈夫かい?」

 「ああ、大丈夫だ」と、太宰が云ったが、私は心細い限りだった。しかし、このままではどうにもならないことはわかっている。

 「明日、いや、あさっては帰ってくる。君、こここで待っていてくれないか?」

 かりに私が東京へ出たところで何の成算もないからには、待つのに限る。

 「ああ、いいよ」と、私は肯いた。

 「留守中は、淋しい目にゃ、会わせないよ」

 太宰はそういい残して東京へ出ていった。

 まさかの高級料理屋の後で、遊女の家に行く展開。まったく、開いた口が塞がりません。

ようやく、進退極まったことを察した太宰は、檀を熱海に残し、重い腰をあげたのでした。

 

「人質」檀一雄

 一日。二日。太宰は帰って来なかった。私は宿の下駄を借り、埋立の突堤の所を毎日歩いていた。そこまでが許された、行動半径のようである。宿屋のおやじの視線がはずれないのである。

 暗鬱な海だった。波がよろめき立っていた。廻し車の釣り糸を垂れた投釣の釣人が、大勢風の早い冬の海に釣っていた。

 (中略)

 三日目に、宿の部屋へ双葉が来た。太宰の思い遣りだろう。私は布団の中に引き入れると、妙にバタつく女を抱きしめていた。

 あくる日も来た。その翌日も来た。

 私はようやく、太宰が帰らないな、と気がついた。いや、帰れないのだと気がついた。すると、どうして現在の窮況を打開し得るのかと狂おしかった。もう突堤への散歩もできなくなっていた。宿の主人が顔を出すのである。それでも食事は二度だけは確実に運ばれた。双葉は時にやってきて、あきらめたように、床の中にもぐり込んだ。

 「先生、まあだ?」

 「ああ」と、私は女の肌を探り取った。脂肪層の柔らかく厚い女だった。五尺にも足りないか? あちらの家ではそうは思わなかったが、宿に来てみると矮小な見すぼらしい女だった。全体の筋肉が、平らな朝鮮飴のふうである。その朝鮮飴の全体に、情味が満遍なくふわりと、散らばっているようだった。

 私はもどかしかった。私は今、集中された愛と、献身と爆発が、欲しかった。打てば響くような心が欲しいと、もどかしいのである。そのもどかしい滑らかな皮膚を、なでさするだけだった。

 

檀、東京へ

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 幾日目だったろう。十日のように長かった気もするし、五日目位だったような気持もする。目玉の松がやって来た。

 「檀さん。このままじゃどうにもなりませんよ」

 そうだ、どうにもならない、と情なかった。

 「行ってみましょうや、太宰さんの処に」

 かりに太宰を見付け出したところで、どうなろう。益々、みじめになるばかりだとは思ったが、しかし、他に解決の法がない。ゆけば何かの窮策が生れるかも知れない、と私も思った。

 「ここは、いいの?」

 階下の宿のあるじの方を、私はちょっと指差した。

 「ああ、ようがすとも。見つけにゆくんだから、仕方がないでしょう」

 「じゃ、ゆこう」

 「すぐにゆきますか?」

 「すぐにゆく」

 「何処を見つけたらいいでしょうなあ」

 「井伏さんのとこさ」と、私は言下に答えた。あそこに太宰も一度は顔を出しているに違いない。いないにせよ、何かの手掛かりはあるだろう。

 みじめな旅だった。罪は太宰だけではない。私が悪いのだ。木乃伊(ミイラ)取りが、木乃伊になったどころではない。初代さんにも誰にも会わせる、顔がないではないかと、気が滅入った。

 (中略)

 荻窪の駅を降り、清水町に出掛けていった。

 「御免下さい。太宰を、御存知ありませんでしょうか?」

 「ああ、見えてますよ」

 「います?」と自分でも厭な声だった。

 「檀さん、ですよ」と奥さんが座敷の方に声をかけられた。

 「ああ、檀君

 太宰の狼狽の声が聞えてくる。私は障子を開け放った。

 「何だ、君。あんまりじゃないか」と、私は激怒した。いや、激怒しなければならない、その場の打算が強く来た。

 ついに我慢の限界を迎え、「目玉の松」を伴って、太宰を探しに帰京した檀。

意外なことに、太宰の師・井伏鱒二宅で太宰を発見しました。

数日振りの太宰と檀の再会。驚きの展開が待っています。

 

太宰との再会

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 太宰は井伏さんと、将棋をさしていた。そのまま、私の怒声に、パラパラと駒を盤上に崩してしまうのである。

 指先は細かに震えていた。血の気が失せてしまった顔だった。オロオロと声も何も出ないようである。

 「どうしたんだい? 檀君、怒鳴りこんで来たりして」

 と、井伏さんは怪訝な顔で私を見た。目玉の松が、得たりというふうに、今までの事情を早口に喋っている。井伏さんは、ようやく納得されたようであった。目玉の松をなだめたり、すかしたりした末に、

 「とにかく、明日は出来るだけの事をして、檀君と熱海にゆくから、ひとまず引き揚げてくれないか」

 目玉の松は、しぶしぶと引き揚げた。たしか総額で、三百円足らずの借金だったように覚えている。宿の払い、居酒屋の払い、それに遊女屋の立替金のようだった。目玉の松は井伏さんの手の中に、何十枚もの酒や、女の勘定書を預けていった。私は冷汗ものだった。

 やや、平静を取り戻した後だったろう。ちょうど井伏さんが立たれた留守を見て、太宰は私に低く言った。

 「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」

 この言葉は弱々しかったが、強い反撃の響を持っていたことを今でもはっきりと覚えている。

 このタイミングで「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」というキラーワード。弱々しく発せられた言葉ということですが、太宰の図太さが表れた一言です。

ちなみに、昭和10年頃の貨幣価値、1円がだいたい現在の1,000~3,000円相当とのことなので、「三百円」というと、30万~90万円程度のツケが溜まっていたことになります。

 

事の顛末

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 その日であったか、その翌日であったか忘れたが、私は井伏さんに伴われて、関口台町の佐藤春夫先生宅をお訪ねした。御夫妻とも在宅のようだった。事が事だけにあの時の私は、冷汗三斗、穴あらば這入りたい、すべての言葉よりも深刻だった。

 井伏さんの説明を聞きながら、佐藤先生は、不快な事だが、見逃しも出来ぬといったふうに、いちいち肯かれたのである。

 井伏さんは時折、例の、女の勘定書きを膝の上にパラパラとめくりながら、先生と、私の顔を交互に見られた。

 もう生涯、あのような恥ずかしい目に会わずに済めば幸わせである。

 (中略)

 佐藤先生からは、私の宿代として三十円、太宰の分としてたしか六十円、残余は井伏さんが御自分の物や初代さんの衣類などを質入して、まかなって下さった。その足で、すぐに井伏さんと二人、熱海に急いでいった。

 (中略)

 宿の払いを済ませ、目玉の松のところは、やや足りなかったが、井伏さんの折衝で、ようやく納得したようだった。

 (中略)

 私は後日、「走れメロス」という太宰の傑(すぐ)れた作品を読んで、おそらく私達の熱海行が、少くもその重要な心情の発端になっていはしないかと考えた。あれを読むたびに、文学に携わるはしくれの身の幸福を思うわけである。憤怒も、悔恨も、汚辱も清められ、軟らかい香気がふわりと私の醜い心の周辺を被覆するならわしだ。

 「待つ身が辛いかね、待たせる身が辛いかね」

 と、太宰の声が、低く私の耳にいつまでも響いてくる。

 これが「『走れメロス』事件」の事の顛末です。

長い引用となりましたが、いかがでしたか?

走れメロスに登場する、メロスとセリヌンティウスの関係とは似ても似つかない、太宰の意外な一面が垣間見られるエピソードだったのではないでしょうか。

ぜひ、もう一度走れメロスを読んでみて下さい。また、ちょっと違った読み方ができて面白いですよ。

 

2019年太宰治生誕110周年を記念して【日刊 太宰治全小説】を、2019年1月1日から毎朝7時に更新中です!

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