【冒頭】
しかし、田島だって、もともとただものでは無いのである。闇商売の手伝いをして、一挙に数十万円は楽にもうけるという、いわば目から鼻に抜けるほどの才物であった。
【結句】
部屋の壁には、無尽会社の宣伝ポスター、たった一枚、他にはどこを見ても
「グッド・バイ 怪力 (一)」について
・新潮文庫『グッド・バイ』所収。
・昭和23年5月27日に脱稿。
・昭和23年7月1日、『朝日評論』七月号に掲載。
グッド・バイ (新潮文庫)
全文掲載(「青空文庫」より)
怪力 (一)
しかし、田島だって、もともとただものでは無いのである。
キヌ子にさんざんムダ使いされて、黙って
あんちきしょう! 生意気だ。ものにしてやれ。
別離の行進は、それから後の事だ。まず、あいつを完全に征服し、あいつを遠慮深くて従順で質素で小食の女に変化させ、しかるのちにまた行進を続行する。いまのままだと、とにかく金がかかって、行進の続行が不可能だ。
勝負の
彼は、電話の番号帳により、キヌ子のアパートの所番地を調べ、ウイスキイ一本とピイナツを二袋だけ買い求め、腹がへったらキヌ子に何かおごらせてやろうという下心、そうしてウイスキイをがぶがぶ飲んで、酔いつぶれた振りをして寝てしまえば、あとは、こっちのものだ。だいいち、ひどく安上りである。部屋代も
女に対して常に自信満々の田島ともあろう者が、こんな乱暴な恥知らずの、エゲツない攻略の仕方を考えつくとは、よっぽど、かれ、どうかしている。あまりに、キヌ子にむだ使いされたので、狂うような気持になっているのかも知れない。色慾のつつしむべきも、さる事ながら、人間あんまり金銭に意地汚くこだわり、モトを取る事ばかりあせっていても、これもまた、結果がどうもよくないようだ。
田島は、キヌ子を憎むあまりに、ほとんど人間ばなれのしたケチな
夕方、田島は、世田谷のキヌ子のアパートを捜し当てた。古い木造の陰気くさい二階建のアパートである。キヌ子の部屋は、階段をのぼってすぐ突当りにあった。
ノックする。
「だれ?」
中から、れいの
ドアをあけて、田島はおどろき、立ちすくむ。
乱雑。悪臭。
ああ、
「なんだ、あなたか。なぜ、来たの?」
そのまた、キヌ子の服装たるや、数年前に見た時の、あの乞食姿、ドロドロによごれたモンペをはき、まったく、男か女か、わからないような感じ。
部屋の壁には、無尽会社の宣伝ポスター、たった一枚、他にはどこを見ても装飾らしいものがない。カーテンさえ無い。これが、二十五、六の娘の部屋か。小さい電球が一つ暗くともって、ただ荒涼。
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