記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。

太宰に乾杯!

【日刊 太宰治全小説】#276「グッド・バイ」コールド・ウォー(二)

【冒頭】 こうなったら、とにかく、キヌ子を最大限に利用し活用し、一日五千円を与える他は、パン一かけら、水一ぱいも饗応(きょうおう)せず、思い切り酷使(こくし)しなければ、損だ。温情は大の禁物(きんもつ)、わが身の破滅。 【結句】 彼は、めっきりキヌ…

【日刊 太宰治全小説】#275「グッド・バイ」コールド・ウォー(一)

【冒頭】 田島は、しかし、永井キヌ子に投じた資本が、惜しくてならぬ。こんな、割の合わぬ商売をした事が無い。 【結句】 「五千円で、たのみます。」「ばかねえ、あなたは。」くっくっ笑う声が聞える。承知の気配だ。 「グッド・バイ コールド・ウォー(一…

【日刊 太宰治全小説】#274「グッド・バイ」怪力(四)

【冒頭】 「ピアノが聞えるね。」彼は、いよいよキザになる。眼を細めて、遠くのラジオに耳を傾ける。 【結句】 色男としての歴史に於いて、かつて無かった大屈辱にはらわたの煮えくりかえるのを覚えつつ、彼はキヌ子から恵まれた赤いテープで、眼鏡をつくろ…

【日刊 太宰治全小説】#273「グッド・バイ」怪力(三)

【冒頭】 田島は、ウイスキイを大きいコップで、ぐい、ぐい、と二挙動で飲みほす。 【結句】 「ケンカするほど深い仲、ってね。」とはまた、下手な口説きよう。しかし、男は、こんな場合、たとい大人物、大学者と言われているほどのひとでも、かくの如(ごと)…

【日刊 太宰治全小説】#272「グッド・バイ」怪力(二)

【冒頭】 「あそびに来たのだけどね、」と田島は、むしろ恐怖におそわれ、キヌ子同様の鴉声(からすごえ)になり、「でも、出直して来てもいいんだよ。」 【結句】 )「なんだ、身の上話はつまらん。コップを貸してくれ。これから、ウイスキイとカラスミだ。う…

【日刊 太宰治全小説】#271「グッド・バイ」怪力(一)

【冒頭】 しかし、田島だって、もともとただものでは無いのである。闇商売の手伝いをして、一挙に数十万円は楽にもうけるという、いわば目から鼻に抜けるほどの才物であった。 【結句】 部屋の壁には、無尽会社の宣伝ポスター、たった一枚、他にはどこを見て…

【日刊 太宰治全小説】#270「グッド・バイ」行進(五)

【冒頭】 セットの終ったころ、田島は、そっとまた美容室にはいって来て、一すんくらいの厚さの紙幣(しへい)のたばを、美容師の白い上衣(うわぎ)のポケットに滑(すべ)りこませ、ほとんど祈るような気持で、「グッド・バイ。」とささやき、その声が自分でも意…

【日刊 太宰治全小説】#269「グッド・バイ」行進(四)

【冒頭】 キヌ子のアパートは、世田谷方面にあって、朝はれいの、かつぎの商売に出るので、午後二時以後なら、たいていひまだという。 【結句】 青木さんは、キヌ子に白い肩掛けを当て、キヌ子の髪をときはじめ、その眼には、涙が、いまにもあふれ出るほどい…

【日刊 太宰治全小説】#268「グッド・バイ」行進(三)

【冒頭】 田島は敵の意外の鋭鋒(えいほう)にたじろぎながらも、「そうさ、全くなってやしないから、君にこうして頼むんだ。往生(おうじょう)しているんだよ。」 【結句】 トンカツ。鶏のコロッケ。マグロの刺身。イカの刺身。支那(シナ)そば。ウナギ。よせな…

【日刊 太宰治全小説】#267「グッド・バイ」行進(二)

【冒頭】 馬子(まご)にも衣裳(いしょう)というが、ことに女は、その装(よそお)い一つで、何が何やらわけのわからぬくらいに変(かわ)る。元来(がんらい)、化け物なのかも知れない。 【結句】 「引受けてくれるね?」「バカだわ、あなたは。まるでなってやしな…

【日刊 太宰治全小説】#266「グッド・バイ」行進(一)

【冒頭】 田島は、やってみる気になった。しかし、ここにも難関がある。 【結句】 声の悪いのは、傷だが、それは沈黙を固く守らせておればいい。使える。 「グッド・バイ 行進(こうしん)(一)」について ・新潮文庫『グッド・バイ』所収。・昭和23年5月…

【日刊 太宰治全小説】#265「グッド・バイ」変心(二)

【冒頭】 田島は、泣きべその顔になる。思えば、思うほど、自分ひとりの力では、到底、処理の仕様が無い。金ですむ事なら、わけないけれども、女たちが、それだけで引下るようにも思えない。 【結句】 おぼれる者のワラ。田島は少し気が動いた。 「グッド・…

【日刊 太宰治全小説】#264「グッド・バイ」変心(一)

【冒頭】 文壇(ぶんだん)の、或(あ)る老大家が亡(な)くなって、その告別式の終り頃(ごろ)から、雨が降りはじめた。早春の雨である。 【結句】 大男の文士は口をゆがめて苦笑し、「それは結構だが、いったい、お前には、女が幾人あるんだい?」 「グッド・バ…

【日刊 太宰治全小説】#263「グッド・バイ」作者の言葉

【冒頭】 唐詩選(とうしせん)の五言絶句の中に、人生別離の一句があり、私の或(あ)る先輩はこれを「サヨナラ」ダケガ人生ダ、と訳した。 【結句】 題して「グッド・バイ」現代の紳士淑女(しんししゅくじょ)の、別離百態と言っては大袈裟(おおげさ)だけれども…

【日刊 太宰治全小説】#262「人間失格」あとがき

【冒頭】この手記を書き綴(つづ)った狂人を、私は、直接には知らない。けれども、この手記に出て来る京橋のスタンド・バアのマダムともおぼしき人物を、私はちょっと知っているのである。 【結句】「私たちの知っている葉(よう)ちゃんは、とても素直で、よく…

【日刊 太宰治全小説】#261「人間失格」第三の手記 二

【冒頭】堀木と自分。互いに軽蔑(けいべつ)しながら附き合い、そうして互いに自(みずか)らをくだらなくして行く、それがこの世の所謂(いわゆる)「交友」というものの姿だとするなら、自分と堀木の間柄も、まさしく「交友」に違いありませんでした。 【結句】…

【日刊 太宰治全小説】#260「人間失格」第三の手記 一

【冒頭】竹一の予言の、一つは当り、一つは、はずれました。惚(ほ)れられるという、名誉で無い予言のほうは、あたりましたが、きっと偉い絵画(えか)きになるという、祝福の予言は、はずれました。 【結句】自分にとって、「世の中」は、やはり底知れず、おそ…

【日刊 太宰治全小説】#259「人間失格」第二の手記

【冒頭】海の、波打際、といってもいいくらいに海にちかい岸辺に、真黒い樹肌の山桜の、かなり大きいのが二十本以上も立ちならび、新学年がはじまると、山桜は、褐色の粘っこいような嫩葉(わかば)と共に、青い海を背景にして、その絢爛(けんらん)たる花をひ…

【日刊 太宰治全小説】#258「人間失格」第一の手記

【冒頭】恥の多い生涯を送って来ました。 【結句】つまり、自分は、女性にとって、恋の秘密を守れる男であったというわけなのでした。 「人間失格(にんげんしっかく) 第一の手記」について ・新潮文庫『人間失格』所収。・昭和23年3月28日に脱稿。・昭…

【日刊 太宰治全小説】#257「人間失格」はしがき

【冒頭】私は、その男の写真を三葉(さんよう)、見たことがある。 【結句】私はこれまで、こんな不思議な男の顔を見た事が、やはり、いちども無かった。 「人間失格(にんげんしっかく) はしがき」について ・新潮文庫『人間失格』所収。・昭和23年3月28…

【日刊 太宰治全小説】#256「家庭の幸福」

【冒頭】「官僚(かんりょう)が悪い」という言葉は、所謂(いわゆる)「清く明るくほがらかに」などという言葉と同様に、いかにも間が抜けて陳腐(ちんぷ)で、馬鹿らしくさえ感ぜられて、私には「官僚(かんりょう)」という種属の正体はどんなものなのか、また、…

【日刊 太宰治全小説】#255「桜桃」

【冒頭】子供より親が大事、と思いたい。 【結句】しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢(きょせい)みたいに呟(つぶや)く言葉は、子供よりも親が大事。 「桜桃(おうとう)」につい…

【日刊 太宰治全小説】#254「渡り鳥」

【冒頭】 晩秋の夜、音楽会もすみ、日比谷公会堂から、おびただしい数の烏(からす)が、さまざまの形をして、押し合い、もみ合いしながらぞろぞろ出て来て、やがておのおのの家路に向って、むらむらぱっと飛び立つ。 【結句】 無帽蓬髪(むぼうほうはつ)、ジャ…

【日刊 太宰治全小説】#253「女類」

【冒頭】 僕(二十六歳)は、女をひとり、殺した事があるんです。実にあっけなく、殺してしまいました。 【結句】 「男類、女類、猿類、いや、女類、男類、猿類の順か、いや、猿類、男類、女類かな? いや、いや、猿類、女類、男類の順か。ああ、痛(いて)え…

【日刊 太宰治全小説】#252「眉山」

【冒頭】 これは、れいの飲食店閉鎖の命令が、未だ発せられない前のお話である。新宿辺も、こんどの戦火で、ずいぶん焼けたけれども、それこそ、ごたぶんにもれず最も早く復興したのは、飲み食いをする家であった。帝都座の裏の若松屋という、バラックではな…

【日刊 太宰治全小説】#251「美男子と煙草」

【冒頭】 私は、独りで、きょうまでたたかって来たつもりですが、何だかどうにも負けそうで、心細くてたまらなくなりました。けれども、まさか、いままで軽蔑(けいべつ)しつづけて来た者たちに、どうか仲間にいれて下さい、私が悪うございました、と今さら頼…

【日刊 太宰治全小説】#250「酒の追憶」

【冒頭】 酒の追憶とは言っても、酒が追憶するという意味ではない。酒についての追憶、もしくは、酒についての追憶ならびに、その追憶を中心にしたもろもろの過去の私の生活形態についての追憶、とでもいったような意味なのであるが、それでは、題名として長…

【日刊 太宰治全小説】#249「饗応夫人」

【冒頭】 奥さまは、もとからお客に何かと世話を焼き、ごちそうするのが好きなほうでしたが、いいえ、でも、奥さまの場合、お客をすきというよりは、お客におびえている、とでも言いたいくらいで、玄関のベルが鳴り、まず私が取次ぎに出まして、それからお客…

【日刊 太宰治全小説】#248「犯人」

【冒頭】 なんという平凡。わかい男女の恋の会話は、いや、案外おとなどうしの恋の会話も、はたで聞いては、その陳腐(ちんぷ)、きざったらしさに全身鳥肌の立つ思いがする。けれども、これは、笑ってばかりもすまされぬ。おそろしい事件が起った。 【結句】 …

【日刊 太宰治全小説】#247「おさん」

【冒頭】たましいの、抜けたひとのように、足音も無く玄関から出て行きます。 【結句】気の持ち方を、軽くくるりと変えるのが真の革命で、それさえ出来たら、何のむずかしい問題もない筈(はず)です。自分の妻に対する気持一つ変える事が出来ず、革命の十字架…