記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

太宰に乾杯!

【日刊 太宰治全小説】#160「作家の手帖」

【冒頭】 ことしの七夕は、例年になく心にしみた。七夕は女の子のお祭である。女の子が、織機のわざをはじめ、お針など、すべて手芸に巧みになるように織女星にお祈りをする宵である。 【結句】 女が、戦争の勝敗の鍵を握っている、というのは言い過ぎであろ…

【日刊 太宰治全小説】#158「右大臣実朝」十

【冒頭】 公暁(くぎょう)禅師さまは、その翌年の建保五年六月に京都よりお帰りになり、天海大さまのお計いに依って鶴岳宮の別当に任ぜられました前の別当職、定暁僧都さまはそのとしの五月に御腫物(はれもの)をわずらい、既におなくなりになっていたので…

【日刊 太宰治全小説】#157「右大臣実朝」九

【冒頭】 御耽溺(ごたんでき)とは申しても、下衆(げす)の者たちのように正体を失うほどに酔いつぶれ、奇妙な事ばかり大声でわめきちらし、婦女子をとらえてどうこうというような、あんなものかとお思いになると、とんでもない間違いでございまして、将軍…

【日刊 太宰治全小説】#156「右大臣実朝」八

【冒頭】 五月二日、酉剋に至って和田四郎左衛門尉義直さまが討死をなされ、男の義直さまを何ものにも代えがたくお可愛がりになっていた老父義盛さまは、その悲報をお聞きになって、落馬せんばかりに驚き、人まえもはばからず身を震わせて号泣し、あれが死ん…

【日刊 太宰治全小説】#155「右大臣実朝」七

【冒頭】 いきおいの赴くところ、まことに、やむを得ないものと見えます。五月二日の夕刻、和田左衛門尉義盛さまは一族郎党百五十騎を率いて反旗をひるがえし、故右大将家幕府御創業このかた三十年、この鎌倉の地にはじめての大兵乱が勃発いたしました。 【…

【日刊 太宰治全小説】#154「右大臣実朝」六

【冒頭】 いったいにあの相州さまは、奇妙に人に憎まれるお方でございました。 【結句】 胤長さまのお屋敷は、さらに左衛門尉義盛さまからお取り上げに相成り、相州さまがあずかる事になって、和田さま御一族がそのお屋敷に移り住んで居られたのを、相州さま…

【日刊 太宰治全小説】#153「右大臣実朝」五

【冒頭】 さて、つづく建暦三年、このとしは十二月六日に建保と改元になりましたが、なにしろ、事の多いとしでございました。正月一日から地震がございまして、はなはだ縁起の悪い気持が致しましたが、果して陰謀やら兵乱やら、御所の炎上、また大地震、落雷…

【日刊 太宰治全小説】#152「右大臣実朝」四

【冒頭】 あくる建暦二年の二月に、私は、はじめて二所詣のお供をさせていただきました。承元元年正月以来五年振りのお詣りでございましたが、承元元年には将軍家は十六歳、その時には私はまだ御所の御奉公にあがっていませんでしたので、このたびはそれこそ…

【日刊 太宰治全小説】#151「右大臣実朝」三

【冒頭】 将軍家が二十歳におなりになった承元五年は、三月九日から建暦元年と改元になりましたが、このとしは、しばしば大地震があったり、ちかくに火事が起ったり、夏には永いこと雨が続いて洪水になったり、また将軍家の御健康もすぐれ給わずとかくおひき…

【日刊 太宰治全小説】#150「右大臣実朝」二

【冒頭】 下々の口さがない人たちは、やれ尼御台(あまみだい)が専横の、執権相模守義時が陰険のと騒ぎ立てていた事もあったようでございますが、私たちの見たところでは、尼御台さまも相州さまも、それこそ竹を割ったようなさっぱりした御気性のお方でした…

【日刊 太宰治全小説】#149「右大臣実朝」一

【冒頭】 おたずねの鎌倉右大臣さまに就いて、それでは私の見たところ聞いたところ、つとめて虚飾を避けてありのまま、あなたにお知らせ申し上げます。 【結句】 天真爛漫とでも申しましょうか。心に少しでも屈託があったら、こんな和歌などはとても作れるも…

【日刊 太宰治全小説】#146「赤心」

【冒頭】建保元年癸酉。三月六日、天霽。 【結句】山ハサケ海ハアセナム世ナリトモ君ニフタ心ワガアラメヤモ 源 実朝 「赤心(せきしん)」について ・新潮文庫『地図』所収。・昭和18年3月下旬から4月上旬頃までに脱稿。・昭和18年2月1日、『新潮』五…

【日刊 太宰治全小説】#145「鉄面皮」

【冒頭】安心し給え、君の事を書くのではない。 【結句】無理カモ知レマセヌガとまた、うつむいて、低く呟くようにおっしゃって、ソレダケガ生キル道デス 「鉄面皮(てつめんぴ)」について ・新潮文庫『ろまん燈籠』所収。・昭和18年3月上旬頃に脱稿。・昭…

【日刊 太宰治全小説】#142「禁酒の心」

【冒頭】私は禁酒をしようと思っている。このごろの酒は、ひどく人間を卑屈にするようである。 【結句】なんとも酒は、魔物である。 「禁酒(きんしゅ)の心(こころ)」について ・新潮文庫『ろまん燈籠』所収。・昭和17年11月30日までに脱稿。・昭和17…

【日刊 太宰治全小説】#141「花火」(のち「日の出前」に改題)

【冒頭】 昭和のはじめ、東京の一家庭に起った異常な事件である。 【結句】 「いいえ」少女は眼を挙げて答えた。「兄さんが死んだので、私たちは幸福になりました」 「花火」について ・新潮文庫『きりぎりす』所収。 ・昭和17年8月末頃に脱稿。 ・昭和1…

【日刊 太宰治全小説】#140「小さいアルバム」

【冒頭】 せっかくおいで下さいましたのに、何にもおかまい出来ず、お気の毒に存じます。文学論も、もう、あきました。なんの事はない、他人の悪口を言うだけの事じゃありませんか。文学も、いやになりました。こんな言いかたは、どうでしょう。「かれは、文…

【日刊 太宰治全小説】#139「正義と微笑」十一

【冒頭】 八月二十四日。木曜日。 曇り。地獄の夏。気が狂うかも知れぬ。いやだ、いやだ。何度、自殺を考えたか分からぬ。三味線が、ひけるようになりましたよ。踊りも出来ます。毎日、毎日、午前十時から午後四時まで。演技道場は、地獄の谷だ!学校は止め…

【日刊 太宰治全小説】#138「正義と微笑」十

【冒頭】 七月五日。水曜日。 晴れ。夕、小雨。きょう一日の事を、ていねいに書いてみよう。僕はとても落ちついている。すがすがしいくらいだ。心に、なんの不安も無い。全力をつくしたのだ。あとは、天の父におまかせをする。爽やかな微笑が湧く。本当に、…

【日刊 太宰治全小説】#137「正義と微笑」九

【冒頭】 五月十一日。木曜日。 曇。風強し。きょうは、やや充実した日だった。きのうの僕は幽霊だったが、きょうは、いくぶん積極的な生活人だった。学校の聖書の講義が面白かった。 【結句】 ダンテは、地獄の罪人たちの苦しみを、ただ、見て、とおったそ…

【日刊 太宰治全小説】#136「正義と微笑」八

【冒頭】 五月九日。火曜日。 晴れ。きょうも学校を休む。大事な日なんだから仕方が無い。ゆうべは夢ばかり見ていた。着物の上に襦袢を着た夢を見た。あべこべである。へんな形であった。不吉な夢であった。さいさきが悪いと思った。 【結句】 いずれを見て…

【日刊 太宰治全小説】#135「正義と微笑」七

【冒頭】 五月三日。水曜日。 晴れ。学校を休んで、芝の斎藤氏邸に、トボトボと出かける。トボトボという形容は、決して誇張ではなかった。実に、暗鬱な気持であった。 【結句】 こんな事でどうする。あすは、いや、もう十二時を過ぎているから、きょうだ、…

【日刊 太宰治全小説】#134「正義と微笑」六

【冒頭】 四月二十九日。土曜日。 日本晴れ。今日は天長節である。兄さんも僕も、きょうは早く起きた。静かな、いいお天気である。兄さんの説に依ると、昔から、天長節は必ずこんなに天気がいい事にきまっているのだそうである。僕はそれを、単純に信じたい…

【日刊 太宰治全小説】#133「正義と微笑」五

【冒頭】 四月二十六日。水曜日。 晴れ。夕刻より小雨。学校へ行ったら、きのうもやはり、靖国神社の大祭で休みだったという事を聞いて、なあんだと思った。つまり、きのうと、おとといと二日つづいて休みだったのだ。そうと知ったら、もっと安心して、らく…

【日刊 太宰治全小説】#132「正義と微笑」四

【冒頭】 四月五日。水曜日。 大風。けさの豪壮な大風は、都会の人には想像も出来まい。ひどいのだ。ハリケーンと言いたいくらいの凄い西風が、地響き立てて吹きまくる。 【結句】 このごろの兄さんは、とてもこわい。 夜は寝ながら、テアトロを読みちらした…

【日刊 太宰治全小説】#131「正義と微笑」三

【冒頭】 一月五日。木曜日。 曇天。風強し。きょうは、何もしなかった。 【結句】 僕は、ひと眠りしてから、また起きて、この日記をしたためた。この三日間の出来事を、一つも、いつわらずに書いたつもりだ。一生涯、この三日間を忘れるな! 「正義と微笑」…

【日刊 太宰治全小説】#130「正義と微笑」二

【冒頭】 四月二十日。火曜日。 晴れ、といっても、日本晴れではない。だいたい晴れ、というようなところだ。 【結句】 さて、明日からは高邁(こうまい)な精神と新鮮な希望を持って前進だ。十七歳になったのだ。僕は神さまに誓います。明日は、六時に起き…

【日刊 太宰治全小説】#129「正義と微笑」一

【冒頭】 四月十六日。金曜日。 すごい風だ。東京の春は、からっ風が強くて不愉快だ。埃が部屋の中にまで襲来し、机の上はざらざら、頬ぺたも埃だらけ、いやな気持だ。これを書き終えたら、風呂へはいろう。背中にまで埃が忍び込んでいるような気持で、やり…

【日刊 太宰治全小説】#128「待つ」

【冒頭】 省線のその小さい駅に、私は毎日、人をお迎えにまいります。誰とも、わからぬ人を迎えに。 【結句】 その小さい駅の名は、わざとお教え申しません。お教しえせずとも、あなたは、いつか私を見掛ける。 「待つ」について ・新潮文庫『新ハムレット』…

【日刊 太宰治全小説】#127「水仙」

【冒頭】「忠直卿行状記」という小説を読んだのは、僕が十三か、四のときの事で、それっきり再読の機会を得なかったが、あの一篇の筋書だけは、二十年後のいまもなお、忘れずに記憶している。奇妙にかなしい物語であった。 【結句】静子夫人は、草田氏の手許…

【日刊 太宰治全小説】#126「律子と貞子」

【冒頭】 大学生、三浦憲治君は、ことしの十二月に大学を卒業し、卒業と同時に故郷へ帰り、徴兵検査を受けた。極度の近視眼のため、丙種でした、恥ずかしい気がします、と私の家へ遊びに来て報告した。 【結句】 三浦君は、結婚の問題に於いても、やっぱり極…