記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

逆行

【日刊 太宰治全小説】#15「逆行」くろんぼ(『晩年』)

【冒頭】くろんぼは檻(おり)の中にはいっていた。檻の中は一坪ほどのひろさであって、まっくらい奥隅に、丸太でつくられた腰掛がひとつ置かれていた。くろんぼはそこに坐(すわ)って、刺繍(ししゅう)をしていた。このような暗闇でどんな刺繍ができるものかと…

【日刊 太宰治全小説】#14「逆行」決闘(『晩年』)

【冒頭】それは外国の真似ではなかった。誇張でなしに、相手を殺したいと願望したからである。けれどもその動機は深遠でなかった。 【結句】私は泥にうつぶして、いまこそおいおい声をたてて泣こう泣こうとあせったけれど、あわれ、一滴の涙も出なかった。 …

【日刊 太宰治全小説】#13「逆行」盗賊(『晩年』)

【冒頭】ことし落第(らくだい)ときまった。それでも試験は受けるのである。甲斐(かい)ない努力の美しさ。われはその心に心をひかれた。 【結句】盗賊は落葉の如(ごと)くはらはらと退却し、地上に舞いあがり、長蛇のしっぽにからだをいれ、みるみるすがたをか…

【日刊 太宰治全小説】#12「逆行」蝶蝶(『晩年』)

【冒頭】老人ではなかった。二十五歳を越しただけであった。けれどもやはり老人であった。 【結句】老人の、ひとのよい無学ではあるが利巧(りこう)な、若く美しい妻は、居並ぶ近親たちの手前、嫉妬(しっと)ではなく頬(ほお)をあからめ、それから匙(さじ)を握…