記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】5月3日

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5月3日の太宰治

  1912年(明治45年)5月3日。
 太宰治 2歳。

 金木村大字金木字朝日山三百七十六番地の津島家の小作人、近村永太郎とトヨとの四女近村タケが、小作米納付の代償に、女中として年季奉公に住み込んだ。

タケさん、修ちゃんの子守りに

 1912年(明治45年)5月3日。
 津島修治太宰治の本名)が、2歳の時のことです。
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■太宰、1歳の頃

 金木村大字金木字朝日山376番地の津島家の小作人、近村太郎とトヨの四女・近村タケ(1898~1983)が、小作米納付の代償に、修治の叔母・キヱの専任女中として年季奉公に住み込みました。
 もともと、タケの実家は五反歩の自作農でしたが、借金の返済ができないまま津島家の小作農に転落し、年貢米の一部として、当初はタケの姉・トセが女中として奉公していましたが、野良仕事が忙しくなったため、タケと交替したそうです。この時、タケは13歳でした。

 タケは、掃除や台所の手伝いなどの雑役もしましたが、主な仕事は、まだよちよち歩きの「修ちゃん」の子守りでした。

 修治は、夜は叔母・キエと寝所をともにしたが、昼間はいつもタケと過ごすようになりました。
 タケが夕飯を食べさせる時、一杯くらい食べると立ってばたばた歩き、階段に腰掛けたり、縁側の踏み台にあがったり、何度も場所替えをして逃げて歩くので、茶碗を持って追いかけました。蔵の石段に座って食べることが多かったといいます。

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■太宰の生家「斜陽館」、蔵の石段 2011年、著者撮影

 天気の良い日は、今日は小川で、明日は野原でと遊び歩き、花を摘み、蜻蛉(かげろう)を追いました。

 修治が3、4歳の頃、タケの実家の菩提寺、修治の生家(現在の斜陽館)近くにある曹洞宗通幻派の雲祥寺に行き、地獄極楽の御絵掛軸「十王曼荼羅」を見て興味を持ち、質問を連発。また、卒塔婆についている鉄の輪(俗称「ごしょぐるま」)を、面白がってよく回したといいます。
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■雲祥寺の「ごしょぐるま」

 雨や雪の日には、家でタケに桃太郎、花咲か爺、金太郎などの昔話を語ってもらいました。修治は、タケの顔を見つめて、真剣に話を聞いていたそうです。タケが同じ話を繰り返しているうちに、修治は話を暗記してしまったといいます。
 タケは、修治のことを、(本が好きで、)「本さえあずけておけば、おとなしくしているふしぎな子だった」と話しています。

 ここで今日は、太宰とタケとの思い出を、タケの書いた『私の背中で』を引用して紹介します。

 私が津島の家に奉公に行ったのは、修ちゃんが三歳だったか四歳だったかの春でした。
 その時はまだブラブラ歩きの時でした。
 修ちゃんの六歳の時、姉さんの愛ちゃんが小学校に入学したので、片田舎で遊ぶ所もあまりないので、絵本をもって毎日の様に学校に連れて行ったものでしたが、その時の愛ちゃん達一年生の先生は三上やゑさんと言うとてもやさしい先生で、生徒の一番うしろにわざわざ一人分机をもうけてくれました。修ちゃんもとても喜んで先生の黒板に書くのをよく注意しており、先生の書いた字が、自分の絵本に書いてあれば家に帰ってから「今日先生がこの字を書いたんだが何という字だ」ときゝ、二三度も教えると覚えてしまう程、物覚えのよい子供でした。翌年も休む事なく学校に行き、学校で式などある時には、自分もよい着物をきて私に連れられて行ったものでした。
 又修ちゃんは、とても素直なおとなしい子供で私が奉公中修ちゃんのために叱られた事がなく過しました。何時も新しい本が入れば通帳をもって本屋に買いに行くのですがそれを覚えており、或る時新しい本を持ってきたのできいたら、一人で通帳を持って行き、買ってきたと言って修ちゃんがお婆様に叱られたので、代わりにあやまりましたが、その時始めて叱られた様なものでした。
 又三四歳の頃は御飯をたべる時最初は飯台に坐ってたべるが、一パイ位たべると立って階段に腰かけたり、縁側の踏台にあがって食べさせてもらうやら、一ヶ所に落ちついて食べる事なく何度も場所替してたべるくせがありました。この様にして七八年奉公し私もひまをもらい実家に帰りましたが、度々遊びに行きましたが私の居るのを知っても何だかきまりわるそうな素振りをしておりました。それから二十幾年振りに昔を忘れず本州の北端まで尋ねてきて、私の隣に坐った修ちゃんは、やはり昔私におんぶされた時の様な素直なおとなしい修ちゃんのように感じました。

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 【了】

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【参考文献】
・『臨時増刊文藝 太宰治讀本』(河出書房、1956年)
三好行雄 編『別冊國文學№7 太宰治必携』(学燈社、1980年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
志村有弘・渡部芳紀 編『太宰治大事典』(勉誠出版、2005年)
・『別冊太陽 太宰治』(平凡社、2009年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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