記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】5月9日

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5月9日の太宰治

  1937年(昭和12年)5月9日。
 太宰治 27歳。

 この頃、大いに男女交歓しようと、檀一雄、伊馬鵜平などとともに発起し、「青春五月党(さつきとう)」と称する遊誼(ゆうぎ)団体を作った。五月九日、その団体で、檀一雄、伊馬鵜平、塩月(たけし)、高橋幸雄、堀内剛二、猪口富士男と、檀一雄の妹寿美の友人達、女子美術の学生などとともに石神井池畔に遊んだ。

太宰、石神井にて合コンす

 1937年(昭和12年)春頃、「大いに男女交歓しよう」という目的で、檀一雄伊馬鵜平(のちの伊馬春部)と共に「青春五月党(さつきとう)を結成します。

 同年5月9日、青春五月党の第一回総会が、石神井公園で開催されます。メンバーは、太宰、檀、伊馬を筆頭に、塩月赳、高橋幸雄、堀内剛二、猪口富士男と檀の妹・寿美、寿美の友人達の総勢12人。今でいう、合コンです。太宰、27歳の春。

 太宰は、この年の3月に妻・小山初代と心中未遂を起こした後、初代と離別していました。この時の経緯については、3月23日の記事で紹介しました。

 青春五月党の結成は、落ち込んでいた太宰を元気づけてやろう!という、檀や伊馬の思いやりからだったのかもしれません。

 この日の様子を、檀が『小説 太宰治で回想しているので、引用して紹介します。

 船橋の頃の不健康は、失せてしまって、太宰は例のユーモラスでチャーミングな快活を取り戻していた。もっとも、心の楽屋裏の方は、私は知らない。太宰と私と伊馬と発起して、「青春五月党」というのを結成した。
 例のヤケクソからである。私の妹の友人を呼び集めた。女子美術の生徒達である。それから高橋幸雄、堀内剛二、猪口富士男等を呼んできた。
 女達にめいめい弁当を作らせ、桜がちょうど終った頃、大はしゃぎで、石神井の池畔に出掛けていった。
 素晴しい五月の太陽だった。もうブヨがうるさくつきまとってきた。荻窪から石神井まで徒歩で抜け、三宝寺池畔の茶店の藤影に、縁台を据えた。

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石神井公園三宝寺池厳島神社 2019年6月、著者撮影。

 当日は荻窪から石神井まで徒歩で抜け」とあります。当時、太宰は荻窪碧雲荘(へきうんそう)に住んでいたため、荻窪集合で石神井までハイキングしたものと思われます。
 ちなみに、「荻窪駅石神井公園」は、4.3キロメートル。徒歩だと約55分の道のりです。

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■碧雲荘 東京都杉並区天沼にありましたが、2016年、約2億円をかけて大分県由布市湯布院町に移築され、現在はブックカフェゆふいん文学の森となっています。2015年6月、著者撮影。

 さて、引用を続けます。

 美人がいた。武田明子という名前だったことまで覚えている。しかし、少女達はみんな、甲斐々々しい背広姿の高橋幸雄に誘われて、ボートの方に降りていった。太宰と私と伊馬鵜平だけが、縁台の上に、置きざりになるのである。
 「もう駄目だね、我々は」と、伊馬。
 「こりゃ、ひでえ。全く駄目だ。もう、こうなったら、立派になる以外はない。(ひげ)をはやすさ。やけくそだ。カイゼル髭だ。伊馬君も檀君も、思い思い、立てたがいいよ。こりゃ、ひでえ。ワッ」
 と、太宰は例の叫び声をあげながら、酒をあおった。
 「もうこうなったら、坐禅(ざぜん)だ。達磨(だるま)だ。面壁九年だ」
 太宰は縁台の上に、結跏(けっか)を組んで、また酒をあおるのである。
 「そうだ、檀君。男は、女じゃねえや。ワァひでえ。意味をなさん。ナンセンスだ。自分ながら、驚いたね」
 この日の大はしゃぎの太宰を思い出す。私と太宰は、池畔で何枚も写真を撮ってもらって、やがて池をグルリと廻り、いつまでもボートを漕いでいる、高橋や少女達を呼びかえした。

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■太宰と伊馬

 やがて、少女達と別れて、荻窪の裏の畑地を、三人で歩いた、モヤモヤと(あだ)めいた夕暮れのことを覚えている。
 太宰は饒舌(しゃべ)らなかった。私と伊馬の後ろから、とぼとぼついて来ていたが、折々、ちょうど、かすかに光り始めた星などを、いぶかしそうに仰ぎ見たりしていた。が、私達が振り返って、しばらく待つと、あわてて微笑を浮かべながらやってきて、
 「ナポリを見てから、死ぬ」
 畔の溝を一つト跳びこし、ワハハハと、夕暮に金歯を(ひら)めかせながら、意味もなくそう笑った。

  どうやら、石神井での太宰の合コンは失敗に終わってしまったようです。ちなみに、第二回総会は行われなかったそうです。

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■「青春五月党」第一回総会、集合写真

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■集合写真撮影場所 この場所で、集合写真が撮影されました。2019年6月、著者撮影。


石神井公園での太宰の合コンについては、2019年6月30日に「ちいくタイム練馬」主催で開催された、パネル展&文学史トーク「太宰と檀と三島由紀夫と練馬・石神井公園」、文学史ウォーク「石神井公園文学散歩」の参加ルポを書いています。記事には書ききれなかったエピソードも紹介しています!

 【了】

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【参考文献】
檀一雄『小説 太宰治』(岩波現代文庫、2000年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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