記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】5月19日

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5月19日の太宰治

  1930年(昭和5年)5月19日。
 太宰治 20歳。

 五月中旬、井伏鱒二神田区須田町の作品社事務室で逢った。

師匠・井伏鱒二との出会い

 1930年(昭和5年)5月中旬。太宰は、神田区須田町にある「作品社」の事務室に、井伏鱒二(1898~1993)を訪ねます。のちに、太宰の師となる井伏ですが、このときが初対面でした。
 太宰が、はじめて井伏の作品を読んだのは、1923年(大正12年)、青森中学1年生のときでした。夏休みに三兄・津島圭治が東京から持ち帰った同人雑誌の中から、井伏の『幽閉』(のちに改稿され山椒魚として発表)を発見して読み、「埋もれたる無名不遇の天才を発見した」と思い、「坐っておられないくらいに興奮した」といいます。青森中学時代の太宰については、5月2日の記事で紹介しています。

 太宰は、弘前高校時代に刊行した同人誌「細胞文芸」への寄稿も依頼しています。 

 太宰と井伏が、初めて顔を合わせたのは、太宰が『幽閉』を読んでから7年後のこと。太宰と井伏のファーストコンタクトを、井伏がエッセイ『あの頃の太宰君』で回想しているので、引用して紹介します。

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井伏鱒二 1928年(昭和3年)頃、荻窪駅構内で。

 私は太宰君の幼少年の頃のことは知らないが、初期の「思い出」という作品が事実ありのままの記録だと小館保さんという人が云っている。小館さんは子供のころ(ほとん)ど太宰君と一緒に暮して来た人だそうである。私が太宰君に初めて会ったのは昭和五年か六年頃のことで、太宰君が大学にはいった年の初夏であった。私に手紙をよこし、会ってくれなければ自殺すると私を威かくして、私たちの「作品社」の事務所へ私を訪ねて来た。ふところから短篇を二つ取出して、いま読んでくれと云うので読んでみると、そのころ私と中村正常が合作で「婦人サロン」に連載していた「ペソコ・ユマ吉」という読物に似た原稿であった。「これは君、よくない傾向だ。もし小説を書くつもりなら、つまらないものを読んではいけない。古典を読まなくっちゃいけない」と私は注意した。外国語が得意なのかと訊くと、一向に駄目だと答えるので、それでは翻訳でプーシキンを読めと勧めた。それから漢詩プルーストを読めと勧めた。そのころ私は「オネーギン」を読みかけていたが、三分の一も読まないで止していた。また漢詩プルーストを読もうと思っていたが、漢詩は二頁か三頁か読み、プルーストも五頁か六頁を読むだけで投げだしていた。自分で読もうとして読まなかったので他人に勧めてみたわけである。そう云う当人の私は、とうとうプルーストプーシキンも読まなかったが、太宰君は「オネーギン」を読んですっかり魅了され、再読三読した後で「思い出」の執筆に取りかかった。それと並行して月に二篇か三篇の割で短篇の習作をした。

 

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■太宰の「天沼の家」碧雲荘(へきうんそう) 太宰が、1936年(昭和11年)11月~1937年(昭和12年)6月まで、小山初代と住んだアパートは、東京都杉並区天沼にありましたが、2015年(平成27年)に杉並区が高齢者福祉施設整備のために敷地を取得。所有者との間で建物の撤去について合意されていましたが、「荻窪の歴史文化を育てる会」による保存活動が行われ、2016年に、約2億円をかけて大分県由布市湯布院町に移築。現在はブックカフェゆふいん文学の森となっています。2015年5月、著者撮影。

思い出」は三光町にいるとき書きはじめ、天沼に移ってから脱稿した。天沼の家は私の家と近いので、太宰君はよく将棋を指しに来るようになった。私もよく訪ねて行って将棋を指した。しかし太宰君は大して将棋は好きではない。好きなのは小説を書くことである。小説に()かれたようなものであった。いつ訪ねて行っても、小説を読むか書くかしているところのような気配であった。将棋は、おつきあいで指すのである。しかし棋力は急速に進歩した。初めのうち、私が角落ちで手易く勝てたのに、太宰君が大学を止すころには平手で私の負けになるようなこともあった。(もっと)も太宰君は大学に六年いた。しかし殆ど教室には出なかったので、卒業の口答試問のときに教師の名前を問われても返答することができなかった。これは太宰君の主任教授であった辰野さんから聞いた話である。

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■井伏宅で将棋を指す太宰と井伏 1940年(昭和15年)撮影。


●「太宰と将棋」については、3月15日の記事で紹介しています!太宰の「可憐なと言いたい心理作戦」とは!?

 【了】

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【参考文献】
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・公益財団法人神奈川文学振興会 編『生誕105年 太宰治展 ―語りかける言葉―』(県立神奈川文学館、2014年)
井伏鱒二太宰治』(中公文庫、2018年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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