記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】1月16日

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1月16日の太宰治

  1939年(昭和14年)1月16日。
 太宰治 29歳。

 石原家の母くらと二人で、二十円を半分ずつ出し合い、末広(すえひろ)と菓子とを添えて、斎藤文二郎宅へ正式にお礼に行った。

結婚のお礼回り

 妻・美知子の母親・くらと一緒に、今回の縁談で仲人を果たしてくれた斎藤宅へお礼に行きます。

 ちなみに、お菓子と一緒に持って行ったという末広(すえひろ)とは、扇子(せんす)のこと。
 お見合いの時の結納品に用いられる一対の扇子で、慶事に着用する着物の帯に挟み入れる扇子も「末広」と呼ぶそうです。末広がりの形状をしていることから付けられた名称のようで、今回の場合は、縁談の仲介をした関係者への引き出物として、扇子とお菓子を用いた、ということになります。

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 太宰は、今日この時の様子を、上京後に太宰の面倒を見ていた津島家出入りの呉服商中畑慶吉なかはたけいきち宛の封書(1月17日付)に記しています。

  甲府市御崎町五六より
  青森県五所川原町旭町 中畑慶吉宛

 拝啓
 お手紙 ありがたく拝誦仕りました
 祝言の夜のお言葉 身にしみて 忘れては居りませぬ
 奮闘いたします 成功 不成功は天運にも よることと存じますが しかし いまは健康も充分ですし とにかく猛奮闘してみせます
 一日も早く 故郷の母上はじめ 皆さまと 晴れて対面 致したく存じます
 きょう十六日、私と 石原氏母堂と 二人 正式に仲人の斎藤氏宅へお礼にまいりました
 その際、二十円、私と石原氏と半分ずつ出し合い、末広とお菓子を添えて、ほんのお礼の印として 差し出しました
 もっとお礼したかったのですが 私も お小使いの中から 工面するより他なく 石原氏と相談して十円ずつ出し合い、包んで、石原氏の母堂のお名前と 私の名前とを書いて 差し出しました
 もう これで たいてい こちらの挨拶は きれいにすみました
 おかげさまでございます 思いもかけず 立派に式をして下され 私も肩身が広うございます いくら お礼を言っても とても足りませぬ
 立派にご期待におむくいしたく、決意するところ ございます
 新しいふとんも 井伏様より 送っていただき用いて居ります
 ほんとうに どんなにか いろいろ御世話になったことで ございましょう
 三月には 甲府へおいで下さる由、いまから楽しみにて、二人指折り数えてお待ちして居ります
 家賃は安くても 八畳 三畳 一畳 小綺麗で 日当りよく いい家です
 静かで 仕事できますゆえ 何卒ご安心下さい
 石原氏 御家族のこと、別紙に 御母堂に書いていただきました
 いま お家に居られるかたは、母堂、冨美子姉様、妹愛子さん、弟明君の四人だけです
 他に、三女 うた子姉様は、東京市板橋区上板橋町七ノ四四〇四山田貞一氏に嫁ぎ、山田氏は帝大工科出身の技師で、こんどの私たちの結婚をも、よく理解下され、ひとかたならぬ お世話下さいました
 次女は 京城帝国大学の講師 小林英夫氏に嫁ぎ、先年 男児ひとり残して なくなられた由にて、美知子は四女です、
 なお、いま生きていたら私と同年の筈の長男、左源太氏は、東京帝大医学部在学中に病没なされた由です
 大体以上の如くでございます
 今宵 寒さきびしく 手先こごえ 乱筆 読みにくいことと存じますが 何卒 御判読ねがいます
 美知子も一生懸命でございますゆえ 全く御安心下さい
 末筆ながら 奥様には くれぐれも よろしく
                       修 治 拝
 中 畑 様

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甲府市水門町の石原家にて。前列左から太宰、母くら、後列左より妹愛子、美知子、弟明、姉冨美子。

 太宰と美知子の結婚については、先に公開している以下の記事でも紹介しています。

 ちなみに、封書の最後に出て来る「板橋在住の山田氏」とは、短篇集女生徒の装丁絵を描いた山田貞一です。

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■1939年(昭和14年)1月8日、井伏鱒二夫妻の媒酌で井伏家において挙式。前列右から井伏鱒二、太宰、妻・美知子、井伏夫人・節代。後列右から北芳四郎、山田貞一(美知子の三姉・宇多子の夫)、中畑慶吉、1人おいて宇多子。

 【了】

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【参考文献】
・『太宰治全集 12 書簡』(筑摩書房、1999年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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