記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

【日めくり太宰治】7月12日

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7月12日の太宰治

  1933年(昭和8年)7月12日。
 太宰治 24歳。

 七月十二日付で、久保隆一郎(くぼたかいちろう)に手紙を送る。

久保隆一郎への手紙

 今日は、1933年(昭和8年)7月12日付で、太宰が友人・久保隆一郎(くぼたかいちろう)(1906~1998)に宛てて書いた手紙を紹介します。
 久保は、愛媛県生まれ。久保(たかし)ペンネームで活躍した児童文学作家で、川端康成に師事していました。
 太宰たちとともに、同人誌「青い花」に参加し、作品『白い時間』を発表しました。以後、児童図書出版社に勤め、児童文学の道に入ります。主な作品に『ビルの山ねこ』小学館文学賞受賞)、『赤い帆の舟』日本児童文学者協会賞受賞)、『海はいつも新しい』『少年の石』『少年の旅ギリシアの星』『小学生一番鳥』『火の海の貝』(サンケイ出版文化賞推薦)などがあります。
 1933年(昭和8年)4月初旬に太宰と出会い、終戦直前まで続いたという2人の交流のきっかけについては、1月22日の記事で紹介しました。

 それでは、手紙を見ていきます。

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■久保隆一郎

  東京市杉並区天沼一ノ一三六 飛島方より
  長野県下高井郡穂波村角間(かくま)温泉 越後屋
   久保隆一郎宛

 久保君
 お葉書二回ありがとう。お葉書に依りわずかに君の旅情をしのぶことを得た。なかなかいいところらしいね。
 プーシュキン短篇集をお読みになられた由、敬意を表する。山師トマを読みました。感想は後日。
 今日の短歌四首、まずまず。
 けものの塚の小さかりけりが少し好きです。「海豹(かいひょう)」はごたごたしています。私は、やめようと思っています。いやなこと(ばか)りであります。 旅に出たくてたまらない。

 小説を書いていますか。期待しています。力作を掲げて帰京しわれわれをあっと言わせて下さい。

 「思い出」は完結しました。別封でお送りいたします。乞高評。

 昨日も今官一と君の噂をいたしました。

  久保が滞在していた角間温泉越後屋は、宮本武蔵三国志で有名な作家・吉川英治(1892~1962)が、執筆のために1年以上もの長逗留をしていたという旅館です。明治期に建てられたという、切妻木造3階建ての建物です。

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越後屋旅館 長野県下高井郡山ノ内町佐野2436-1

 太宰が「やめようと思っています。いやなこと(ばか)りであります」と書く海豹(かいひょう)とは、参加していた同人誌のことです。
 1933年(昭和8年)3月に創刊。太宰は、「海豹(かいひょう)」に魚服記思い出を発表。最終的に同人誌「海豹(かいひょう)」は、無名の新人・太宰治を文壇へ送り出して、1933年(昭和8年)11月に発行の第九号で廃刊となりました。

 筑摩書房刊行の太宰治全集 12 書簡』には、太宰が久保に宛てた手紙が、1933年(昭和8年)4月26日付のものから、1945年(昭和20年)4月22日付のものまで、全部で28通も収録されています。28通の太宰からの返信を見てみると、久保側から太宰に、定期的にコンタクトを取っている様子が見て取れます。

 【了】

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【参考文献】
・『太宰治全集 12 書簡』(筑摩書房、1999年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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