記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】8月11日

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8月11日の太宰治

  1938年(昭和13年)8月11日。
 太宰治 29歳。

 八月十一日付で、井伏鱒二に手紙を送る。

井伏鱒二へのお礼と決意表明

 今日は、太宰が1938年(昭和13年)8月11日に、師匠・井伏鱒二に宛てて書いた手紙を紹介します。この頃は、太宰がこれまでの荒んだ生活を清算し、作家としての再出発を決意した時期でした。

  東京市杉並区天沼一ノ二一三 鎌瀧方より
  山梨県南都留郡河口村御坂峠上天下茶屋
   井伏鱒二

 謹啓
 こちらも二、三日まえから少しずつ暑くなってまいりました。そちらは、いかがでございましょうか。
 ごゆっくり御静養と清純のお仕事と、祈って居ります。何か、東京でのご用がございましたら、御いいつけ下さい。
 私は、毎日、少しずつ小説書きすすめて居ります。もう二、三日でいま書いている小説書きあがる筈で、これを新潮に送り、それからすぐ、文藝春秋に送るのを書こうと存じて居ります。リアルな私小説は、もうとうぶん書きたくなくなりました。フィクションの、あかるい題材をのみ選ぶつもりでございます。
 こんどのお嫁のお話は、私、そのお話だけで、お情どんなにかありがたく、いままで経験したこともなかったあたたかい世間をみせていただいたような気がいたし、もう、井伏さんのお言葉だけで、私は、充分に存じなければなりませぬ。私ごときに、ごめんどう見て下さってもうどんなにか恐縮か存じませぬ。決して、卑屈になっているわけではございません。いつもいつも、お手数おかけいたし、もったいなくてならぬのです。ごめんどうおかけして、お仕事のさまたげ、ばかりして、どうしていいかわかりませぬ。小説が、どんどん売れて偉くなれたら、よいのですが、心持ちにむらがあって心細く、とにかく下手な小説でも書いているよりほかございません。お嫁のお話も、決してお仕事のさまたげにならぬよう、祈って居ります。そのために、井伏さんがいらいらなさったりすることがございますと、私は、どうしていいかわかりません。私は、自分の幸福に、そんな欲深ではございませぬ故、どうか軽い御態度で、必ず片手間にそのお話なさいますよう、お願いいたします。もう、私としては、井伏さんのそのお言葉だけで、ありがたく、感奮して居るのです。このお嫁のお話のことの成否は、私、ちっとも気にせず、仕事をつづけて行きますから、それは固くお約束いたしますから、何卒、井伏さんも気軽くかまえておいで下さいまし。
 てれくさいことを申しあげました。私も九月になったら少しお金も浮びますゆえ、甲州へお伺いしようかなど考えて居りますが、あまり、はっきりは、わかりませぬ。どうも、やりくりが下手で自分ながら腹立たしくなります。けれども、この秋には、なんとかして生活の改善を断行するつもりで居ります。
 くどくど申しあげてごめんなさい。こんどは、うんと快活なおたより申しあげるつもりでございます。
 ゆっくり御静養のほど、重ねてお祈り申しあげます。
          太 宰 治
 井 伏 様

 太宰が、「もう二、三日でいま書いている小説書きあがる筈で、これを新潮に送り」と書いているのは、満願と並び、太宰中期の出発点と称される、姥捨のことです。この小説は、1933年(昭和12年)3月の、太宰と最初の妻・小山初代が起こした水上心中事件がモデルになっています。
 姥捨は、1933年(昭和13年)10月1日付発行の「新潮」十月号に掲載されました。事実がデフォルメされ、書かれている内容すべてが事実そのままという訳ではありませんが、太宰は、執筆中のこの小説について「リアルな私小説は、もうとうぶん書きたくなくなりました」とコメントし、「フィクションの、あかるい題材をのみ選ぶつもりでございます」と書いています。

 姥捨執筆に続いて書かれているのは、「こんどのお嫁のお話」。この「お嫁」とは、翌1934年(昭和14年)1月8日に結婚する津島美知子(旧姓:石原)のことです。

 この「お嫁の話」は、1933年(昭和13年)7月上旬頃、太宰のお目付け役である中畑慶吉北芳四郎が、太宰の結婚相手の世話を井伏に依頼したことに端を発しました。2人からの依頼を受けた井伏は、太宰、伊馬春部と並んで「井伏門の三羽烏(さんばがらす)と呼ばれていた、高田英之助に、太宰の嫁候補を探すよう依頼します。この経緯については、1月4日の記事で紹介しました。

 太宰は、井伏のこのはからいについて、「もう、井伏さんのお言葉だけで、私は、充分に存じなければなりませぬ。私ごときに、ごめんどう見て下さってもうどんなにか恐縮か存じませぬ。決して、卑屈になっているわけではございません。いつもいつも、お手数おかけいたし、もったいなくてならぬのです」と、繰り返し繰り返し感謝の言葉を並べながら、「お嫁のお話のことの成否は、私、ちっとも気にせず、仕事をつづけて行きますから、それは固くお約束いたします」と、作家として生きて行くことの決意の言葉で、手紙を締めくくっています。

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 【了】

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【参考文献】
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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