記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】1月26日

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1月26日の太宰治

  1939年(昭和14年)1月26日。
 太宰治 29歳。

 一月末頃。上京し、有明(ありあけしづ)(通称淑子(しづこ)、二十一歳)という「若い未知の愛読者」から送られて来ていた、伊東屋の大判ノートに認められた日記を持ち帰った。有明淑は、当時東京市板橋区練馬春日町二丁目二千二十八番地に居住し、母と二人暮らしをしながら、イトウ洋裁研究所に通っていた。日記は、昭和十三年有明淑二十歳の時のもので、四月三十日から書き始め、「八月八日、余白がなくなったときこれを太宰治宛郵送した」もので、宛先は昭和十二年六月一日付発行の『虚構の彷徨、ダス・ゲマイネ』の「著者略歴」に付記されていた「現住所、東京市杉並区天沼ニの二三八 碧雲荘(へきうんそう)」であったようだ。この日記によって、二月、八十枚の「女生徒」を執筆脱稿した。現存するこのノートには、「所々、太宰が〇印をつけたり、表紙裏に、細字でぎっしり、メモを書き入れたりしてゐる」。「女生徒」の標題は、「当時、机辺に在った」岩波文庫本『女生徒』(桜田佐訳、昭和十三年九月一日付初版発行)から採った。

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■碧雲荘(2015年6月14日、移築前に荻窪で撮影)。現在は湯布院に移築、泊れるブックカフェ「ゆふいん文学の森」として営業しています。

『女生徒』誕生の舞台裏

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 女生徒は、1939年(昭和14年)4月1日付の「文学界」四月号に発表され、同年7月20日付に砂子屋書房から刊行された短篇集「女生徒」に収録されました。5月1日の起床から就寝までの少女の1日を描いた作品ですが、実は作品の題材となった日記が存在します。

 日記を書いたのは、太宰作品の愛読者・有明(ありあけしづ)(1919~1981)。
 東京市板橋区練馬(現在、練馬は練馬区として独立していますが、1947年8月1日までは板橋区練馬区は東京23区で最も若い区になります)で、微生物学者・有明文吉の次女として生まれました。1936年(昭和11年)に成女(せいじょ)高等女学校(現在の成女高等学校)を卒業した後、イトウ洋裁学校に通学。この頃から太宰文学に親しみはじめ、自分でも文章を書き始め、1938年(昭和13年)4月30日から8月8日まで、大学ノートに日記を綴ります。

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 同年9月、裏表紙の内側までびっしりと書かれた日記を、有明は太宰宛に郵送します。太宰は、この日記を1日の出来事に組み替えて、『女生徒』を書き上げました。

 『女生徒』の成立過程については、津島美知子が著書『回想の太宰治で詳しく書いているので、引用してみます。

 「女生徒」は若い女性の愛読者の日記に拠っている。
 練馬に住み洋裁教室に通っていたS子さん(大正八年生まれ)は昭和十三年四月三十日から日記を伊東屋の大判ノートブックに書きはじめ、八月八日、余白が無くなったときこれを太宰治宛郵送した。宛名は「虚構の彷徨」(太宰の二番目の著書、昭和十二年新潮社発行)の「著者略歴」に附記されていた「杉並区天沼の碧雲荘方」であった。しかし太宰はその前年碧雲荘を出て鎌滝方に移り、十三年九月から甲州御坂峠、寿館と転居していたので、十四年二月、御崎町の家から上京したとき、ようやくこの日記を入手した。
 それはちょうど前からの書下ろし出版の約束と新しい原稿の依頼とが重なっているときだったから、彼はこの日記を思いがけず得たことを天佑(てんゆう)と感じ、早速この日記をもとにして小説を書き始めた。S子さんの日記は走り書きで大変読み辛いが、太宰は一読のもとに「可憐で、魅力的で、高貴でもある」(川端康成氏の「女生徒」評から)魂をさっとつかみとって八十枚の中篇小説に仕立て、傍にあった岩波文庫のフラビエ著「女生徒」から題名を借用して「文学界」の十四年四月号に発表した。
 S子さんの日記は春から夏までであるが、太宰の「女生徒」は初夏の一日の朝から夜までで、書き出しと終りの部分は全くS子さんの日記には無い。

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■「有明淑の日記」1ページ目。
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■「有明淑の日記」裏表紙の内側。

 太宰は、有明女生徒の掲載紙と単行本「女生徒」を贈呈。受け取った有明は、感激したそうです。

 【了】

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【参考文献】
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・『資料集 第一輯 有明淑の日記』(青森県近代文学館、2000年)
志村有弘・渡部芳紀 編『太宰治大事典』(勉誠出版、2005年)
・津島美知子『回想の太宰治』(講談社文芸文庫、2008年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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