記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

【日めくり太宰治】10月30日

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10月30日の太宰治

  1940年(昭和15年)10月30日。
 太宰治 31歳。

 十月三十一日付発行の「現代文学」十一月号に「パウロの混乱」を発表。

パウロの混乱』

 今日は、太宰のエッセイパウロの混乱』を紹介します。
 パウロの混乱』は、1940年(昭和15年)10月31日付発行(11月号)の「現代文学」第三巻第九号の「随筆」欄に発表されました。初出誌本文の末尾には「(十月一日)」とありますが、執筆の日付と思われます。
 この欄には、ほかに「性格の不平均」(徳永直)、「トーマス・マン」(フリッツ・シュトリヒ)、「峠」(真杉静枝)、「昨今」(川崎長太郎)が掲載されていました。

パウロの混乱』

 先日、竹村書房は、今官一(こんかんいち)君の第一創作集「海鴎(かいおう)の章」を出版した。装幀瀟酒(しょうしゃ)な美本である。今君は、私と同様に、津軽の産である。二人逢うと、葛西善蔵(かさいぜんぞう)氏の碑を、郷里に建てる事に就いて、内談する。もう十年経って、お互い善蔵氏の半分も偉くなった時に建てようという内談のだから、気の永い計画である。今君も、これまでずいぶん苦しい生活をして来たようである。この「海鴎(かいおう)の章」に依って報いられるものがあるように祈っている。

 

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葛西善蔵(かさいぜんぞう)(1887〜1928) 青森県弘前市出身の小説家。自身の貧困や病気といった人生の辛苦や酒と女、人間関係の不調和を描き、「私小説の神様」と呼ばれた。

 

 今君は、此の雑誌(現代文学)に、パウロの事を書いていたようであるが、今君の聖書に就いての知識は、ほんものである。四福音書に就いては、不勉強な私でも、いくらかは知っているような気がしているのだけれども、ロマ書、コリント前・後書、ガラテヤ書など所謂パウロの四大基本書簡の研究までは、なかなか手がとどかないのである。甚だ、いい加減に読んでいる。こんど、今君の勉強に刺戟されて、一夜、清窓浄机を装って、勉強いたした。

 

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パウロ パウロは、初期キリスト教使徒で、新約聖書の著者の一人。はじめはイエスの信徒を迫害していたが、回心してキリスト教の信徒となり、ヘレニズム世界に伝道を行った。写真は、レンブラントの描いたパウロ

 

「義人は信仰によりて生くべし。」パウロは、この一言にすがって生きていたように思う。パウロは、神の子ではない。天才でもなければ、賢者でもない。肉体まずしく、訥弁(とつべん)である。失礼ながら、今官一君の姿を、ところどころに於いて思い浮べた。四書簡の中で、コリント後書が最も情熱的である。謂わば、ろれつが廻らない程に熱狂的である。しどろもどろである。訳文の古拙なせるばかりでも無いと思う。
「わが誇るは盆なしと(いえど)も止むを得ざるなり、(ここ)に主の顕示(しめし)と黙示とに及ばん。我はキリストにある一人の人を知る。この人、十四年前に第三の天にまで取り去られたり(肉体にてか、わら知らず、肉体を離れてか、わら知らず、神しり給う)われは(かく)のごとき人を知る(肉体にてか、肉体の外にてか、われ知らず、神しり給う)かれパラダイスに取り去られていい得ざる(ことば)、人の語るまじき(ことば)を聞けり。われ(かく)のごとき人のために誇らん、然れど我が為には弱き事のほか誇るまじ。もし自ら誇るとも我が言うところ誠実(まこと)なれば、愚かなる者とならじ。然れど之を()めん。恐らくは人の我を見、われに聞くところに過ぎて我を思うことあらん。我は我が蒙りたる黙示の鴻大(こうだい)なるによりて高ぶることの莫からんために肉体に一つの(とげ)を与えらる、即ち高ぶること莫からんために我を撃つサタンの使なり。われ之がために三度まで之を去らしめ給わんことを主に求めたるに、言いたまう、『わが恩恵なんじに足れり、わが能力(ちから)は、弱きうちに全うせらるればなり。』然ればキリストの能力(ちから)の我を庇わんために、寧ろ大いに喜びて我が微弱(よわき)を誇らん。この故に我はキリストの為に、微弱、恥辱、艱難(なやみ)、迫害、苦難に遭うことを喜ぶ、そは我、よわき時に強ければなり。」と言ってみたが、まだ言い足りず、「われ汝らに強いられて愚かになれり、我は汝らに誉めらるべかりしなり。我は数うるに足らぬ者なれども、何事にもかの大使徒たちに劣らざりしなり。」と愚痴に似た事をさえ、附け加えている。そうして、おしまいには、群集に、ごめんなさい、ごめんなさいと、あやまっている。まるで、滅茶苦茶である。このコリント後書は、神学者たちにとって、最も難解なものとせられている様であるが、私たちには、何だか、一ばんよくわかるような気がする。高揚と卑屈の、あの美しい混乱である。他の本で読んだのだが、パウロは、当時のキリスト党から、ひどい個人攻撃を受けたそうである。
 一、彼の風采上らず、その言語野卑なり。例えば(その(ふみ)は重く、かつ強し。その逢うときの容貌(かたち)は弱く、(ことば)(いや)し。)と言われ、パウロは無念そうに、(我は何事にも、かの大使徒たちに劣らずと思う。われ言葉に(つたな)けれども知識には然らず、凡ての事にて全く之を汝らに(あらわ)せり。われ汝らを高うせんために自己(みずから)(ひく)うし、(あたい)なくして神の福音を伝えたるは罪なりや。)と反問している。
 二、横暴なり。破壊的なり。
 三、自家広告が上手で、自分のことばかり言っている。
 四、臆病なり。弱い男なり。意気揚らず。
 五、不誠実、悪巧(わるだくみ)をする。狡猾であり、詭計を以て掠め取るということ。
 六、彼の病気。癲癇(てんかん)ではないか。(肉体に一つの(とげ)を与えらる云々。)
 七、彼が約束を守らぬということ。
 その他、到れり尽せりの人身攻撃を受けたようである。(塚本虎二氏の講義に拠る。)
 今官一君が、いま、パウロの事を書いているのを知り、私も一夜、手垢の附いた聖書を取り出して、パウロの書簡を読み、なぜだか、しきりに今官一君に声援を送りたくなった次第である。

 

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■太宰と今官一

 【了】

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【参考文献】
・『太宰治全集 11 随想』(筑摩書房、1999年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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