記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】12月7日

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12月7日の太宰治

  1930年(昭和5年)12月7日。
 太宰治 21歳。

 十二月上旬の恢復(かいふく)後、自殺幇助(ほうじょ)罪容疑で警察の引致取調べを受けた。

太宰、自殺幇助(ほうじょ)罪に問われる

 1930年(昭和5年)11月28日夜半、太宰と銀座裏のカフェー「ホリウッド」の女給・田部(たなべ)あつみは、神奈川県鎌倉腰越町小動崎(こゆるぎがさき)の海岸東側突端の畳岩の上で、2人で睡眠剤カルモチンを嚥下(えんげ)。翌11月29日の午前8時頃、畳岩の上にいた2人は、漁に出ようとしていた漁師に発見されます。太宰は昏睡状態、あつみは既に絶命していました。

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■田部あつみ(17歳)

 太宰は1人、七里ヶ浜にある「恵風園療養所」東第一病棟第二号室に収容されます。
 恵風園に入院中の太宰は、静かでおとなしく、いつもなにか物思いに耽っている様子だったといいます。太宰が恵風園に入院していたのは、体力恢復(かいふく)の期間を含めて、約10日間でした。

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■「恵風園療養所」全景 1930年(昭和5年)秋頃に撮影。

 太宰は恢復(かいふく)後、自殺幇助(ほうじょ)罪容疑で警察の引致取調べを受けます。
 取調べに当たった鎌倉署の警部補・村田義道は、津島家(太宰の実家)の小作人の子息。太宰の三兄・津島圭治と金木第一尋常小学校の同級生で、傍島正守(そばじままさもり)の教え子でした。傍島は、太宰の従姉・フミと結婚しており、太宰も教え子の1人でした。
 また、警視庁出入りの洋服屋で、太宰の東京でのお目付け役を言いつけられていた北芳四郎(きたよししろう)の奔走があったり、横浜地方裁判所で事件を担当した検事が、太宰の父の生家・松木家の縁戚にあたる宇野洋三郎だったこともあり、「厭世による心中自殺」と判断され、起訴猶予となりました。

 その後、あつみとの心中事件は、道化の華』『狂言の神』『火の鳥』『人間失格など、数々の太宰作品のモチーフになります。

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■北芳四郎(奥) 手前に座っているのは井伏鱒二。1939年(昭和14年)撮影。

 起訴猶予処分となった太宰は、北、四姉・小舘きやう、上京中だった傍島に身柄を引き取られ、ひとまず、東京府荏原郡大崎町下大崎の北の自宅に身を寄せました。
 その後、三兄・圭治に伴われて、青森県南津軽郡碇ヶ関(いかりがせき)村の碇ヶ関温泉へと向かい、柴田旅館に逗留しました。

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碇ヶ関温泉 柴田旅館

 旅館の前を平川が流れ、後ろは田んぼ、すぐ向かいには長さ約100メートルの小高い山があったそうです。雨戸は閉じられたままで、廊下のきしむ音が寒々とした印象を強めました。
 ここに滞在して1週間後、太宰は、階下の奥の十畳間で、太宰の母・津島夕子(たね)と津島家の縁戚・豊田太左衛門(太宰が中学時代に下宿していた)の立会いのもと、小山初代と仮祝言を挙げます。豊田は、津島家と小山家の結納の際に津島家の名代を務めていました。
 太宰と初代との仮祝言について、「芸者を津島家に入れるわけにはいかない」と主張する祖母・津島イシの反対で、入籍は行われませんでした。

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■小山初代

 さらに10日ほど柴田旅館に滞在したあと、太宰は単身上京。再び、北の自宅に身を寄せました。
 初代が上京するのは、翌1931年(昭和6年)2月。初代の上京を前に、太宰と長兄・文治は会談し、「」を交わしました。この「」では、理由なく東京帝国大学を退学したり、刑事上のことで検事の起訴を受けたり、金銭を浪費したり、社会主義運動に関係しないことを条件に、生活費として120円(現在の貨幣価値に換算すると、約260,000~280,000円)ずつ支給すると書かれていました。

 【了】

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【参考文献】
・長篠康一郎『太宰治七里ヶ浜心中』(広論社、1981年)
・長篠康一郎『太宰治文学アルバム ー女性篇ー』(広論社、1982年)
・山内祥史 編『太宰治に出会った日』(ゆまに書房、1998年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
・HP「日本円貨幣価値計算機
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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