記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】12月11日

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12月11日の太宰治

  1937年(昭和12年)12月11日。
 太宰治 28歳。

 十二月十日付発行の「日本学藝新聞」に「こ(ママ)い顔して/創作余談」(後「創作余談」と改題)を発表した。

『創作余談』

 今日は、太宰のエッセイ『創作余談』を紹介します。
 『創作余談』は、1937年(昭和12年)12月6日脱稿。同年12月10日発行の「日本学藝新聞」第四十七号の第四面に「こわい顔して――創作余談」と題して発表されました。この面には、ほかに『読書法日記(十五)ポー賛否』(戸坂潤)、「榊山潤著 上海戦線」(逸見広)が掲載されていました。

『創作余談』

 創作余談、とでもいったものを、と編集者からの手紙にはしるされて在った。それは多少、てれくさそうな語調であった。そう言われて、いよいよてれくさいのは、作者である。この作者は、未だほとんど無名にして、創作余談とでもいったものどころか、創作それ自体をさえ見失いかけ、追いかけ、思案し、背中むけ、あるいは起き直り、読書、たちまち憤激、巷を彷徨、歩きながら詩一篇などの、どうにもお話にならぬ甘ったれた文学書生の状態ゆえ、創作余談、はいそうですか、と、れいの先生らしい苦心談もっともらしく書き綴る器用の真似はできぬのである。
 できるようにも思うのであるが、私は、わざと、できぬ、という。無理にも、そう言う。文壇常識を破らなければいけないと頑固に信じているからである。常識は、いいものである。これには従わなければいけない。けれども常識は、十年ごとに飛躍する。私は、人の世の諸現象の把握については、ヘエゲル先生を支持する。
 ほんとうは、マルクスエンゲルス両先生を、と言いたいところでもあろうが、いやいや、レニン先生を、と言いたいところでもあろうが、この作者、元来、言行一致ということに奇妙なほどこだわっている男で、いやいや、そう言ってもいけない、この作者、元来、悲惨を愛する趣味家であって、安心立命の境地を目して、すべて崩壊の前提となし、ああ、あとの言葉は、諸兄のうち、心ある者、つづけ給え。
 このように、作者は、ものぐさである。ずるい。煮ても焼いても食えない境地にまで達しているようである。憎いか?
 憎いことはないだろう。私は、いまのこの世の中に最も適した表現を以て、諸兄に話しかけているだけなのである。私は、いまのこの現実を愛する。冗談から駒の出る現実を。
 判るかね? 不愉快かね?
 君自身、おのれの不愉快な存在であることに気づかなければいけない。君は、無力だ。
 非難は、自身の弱さから。いたわりは、自身の強さから。恥じるがいい。
 自己弁解でない文章を読みたい。
 作家というものは、ずいぶん見栄坊であって、自分のひそかに苦心した作品など、苦心しなかったようにして誇示したいものだ。
 私は、私の最初の短篇集『晩年』二百四十一頁を、たった三夜で書きあげた、といったら、諸兄は、どんな顔をするだろう。また、あれには十年たっぷりかかりまして、と殊勝らしく伏眼でいったら、諸兄は、どんな顔をするだろう。そこの態度を、はっきりきめていただきたい。天才の奇蹟か、もしくは犬馬の労か。
 合い憎のことには、私の場合、犬馬の労もなにも、興ざめの言葉で恐縮であるが、人糞の労、汗水流して、やっと書き上げた二百なにがしの頁であった。それも、決して独力で、とは言わない。数十二人の知恵ある先賢に手をとられ、ほとんど、いろはから教えたたかれて、そうして、どうやら一巻、わななくわななく取りまとめた。
 面白いかね?
 すこし冗談いいすぎたようである。私は、いま、机のまえに端座して、謂わば、こわい顔して、この一文をしたためている。この一文にとりかかるため、私は、三夜、熟考した筈である。世間の常識ということについて考えていた。私たちは、全く、次の時代の作家である。それは信じなければいけない。そう在るべく努力してみなければいけない。意の在るところの一端は、諸兄にも通じたように思う。
 私は、このごろ、アレキサンダア・デュマの作品を読んでいる。

 

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 【了】

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【参考文献】
・『太宰治全集 11 随想』(筑摩書房、1999年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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