記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

【日刊 太宰治全小説】#174「人魚の海」(『新釈諸国噺』)

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【冒頭】

後深草天皇宝治元年三月二十日、津軽の大浦というところに人魚はじめて流れ寄り、其の形は、かしらに細き海藻の如き緑の髪ゆたかに、面は美女の愁(うれ)えを含み、くれないの小さき鶏冠(とさか)その眉間にあり、上半身は水晶の如く透明にして幽かに青く、胸に南天の赤き実を二つ並べ附けたるが如き乳あり、下半身は、魚の形さながらにして金色の花びらとも見まがうこまかき鱗(うろこ)すきまなく並び、尾鰭(おひれ)は黄色くすきとおりて大いなる銀杏(いちょう)の葉の如く、その声は雲雀笛(ひばりぶえ)の歌に似て澄みて爽やかなり、と世の珍しきためしに語り伝えられているが、とかく、北の果の海には、このような不思議の魚も少からず棲息(せいそく)しているようである。

【結句】

女二人は、金内の屍に百右衛門の首級を手向け、ねんごろに父の葬(とむら)いをすませて、私宅へ帰り、門を閉じて殿の御裁きを待ち受け、女ながらも白無垢の衣服に着かえて切腹の覚悟、城中に於いては重役打寄り評議の結果、百右衛門こそ世にめずらしき悪人、武蔵すでに自決の土は、この私闘おかまいなしと定め、殿もそのまま許認し、女ふたりは、天晴れ父の仇(かたき)、主(しゅう)の仇を打ったけなげの者と、かえって殿のおほめにあずかり、八重には、重役の伊村作右衛門末子作之助の入縁仰せつけられて中堂の名跡(みょうせき)をつがせ、召使いの鞠事は、歩行目付(かちめつけ)の戸井市左衛門とて美男の若侍に嫁がせ、それより百日ほど過ぎて、北浦春日明神の磯より深夜城中に注進あり、不思議の骨格が汀(なぎさ)に打ち寄せられています、肉は腐って洗い去られ骨組だけでございますが、上半身はほとんど人間に近く、下半身は魚に違(たが)わず、いかにも無気味のものゆえ、取り敢えず御急報申しあげますとの事、さっそく奉行をつかわし検分させたところが、その奇態の骨の肩先にまぎれもなく、中堂金内の誉(ほま)れの矢の根、八重の家にはその名の如く春が重なったという、此段、信ずる力の勝利を説く。 

 

「人魚の海」(『新釈諸国噺』)について

新潮文庫お伽草紙』所収。

・昭和19年9月上旬頃までに脱稿。

・昭和19年10月1日、『新潮』十月号に発表。

お伽草紙 (新潮文庫)

 

全文掲載(「青空文庫」より)

 
人魚の海 (蝦夷えぞ) 武道伝来記、四十六歳
 
 深草ごふかくさ天皇宝治ほうじ元年三月二十日、津軽の大浦というところに人魚はじめて流れ寄り、の形は、かしらに細き海草のごとき緑の髪ゆたかに、おもては美女のうれえを含み、くれないの小さき鶏冠とさかその眉間みけんにあり、上半身は水晶すいしょうの如く透明にしてかすかに青く、胸に南天の赤き実を二つ並べけたるが如き乳あり、下半身は、魚の形さながらにして金色の花びらとも見まがうこまかきうろこすきまなく並び、尾鰭おひれは黄色くすきとおりて大いなる銀杏いちょうの葉の如く、その声は雲雀笛ひばりぶえの歌に似て澄みてさわやかなり、と世の珍らしきためしに語り伝えられているが、とかく、北の果の海には、このような不思議の魚も少からず棲息せいそくしているようである。むかし、松前まつまえの国の浦奉行うらぶぎょう中堂金内ちゅうどうこんないとて勇あり胆あり、しかも生れつき実直の中年の武士、るとしの冬、お役目にて松前の浦々を見廻みまわり、夕暮ちかく鮭川さけがわという入海いりうみのほとりにたどりつき、そこから便船を求め、きょうのうちに次の港まで行くつもりで相客五、六人と北国の冬には珍らしく空もよく晴れ静かな海を船出して、みぎわから八丁ほど離れたころ、風も無いのに海がにわかに荒れ出して、船は木の葉の如く飜弄ほんろうせられ、客は恐怖のために土色の顔になって、思う女の名を叫び出し、さらばよ、さらばよ、といやらしくもだえて見せる者もあり、おいの中より観音経かんのんぎょうを取出し、さかさとも知らず押しいただき、そのまま開いておろおろ読み上げる者もあり、瓢箪ひょうたんを引き寄せ中に満たされてある酒を大急ぎで口呑くちのみして、これを飲みのこしては死んでも死にきれぬ、からになった瓢箪は浮袋になります、と五寸にも足りぬその小さいひさごを、しさいらしい顔つきで皆に見せびらかす者もあり、なんの意味か、しきりに指先でひたいつばをなすりつけている者もあり、いそがしげに財布を出して金勘定、一両足りぬとつぶやいてあたりの客をいやな眼つきでにらむ者もあり、いのちの瀬戸際せとぎわにも、足がさわったとやらで無用の口論をはじめる者もあり人さまざまに騒ぎ立て、波はいよいよ高く、船は上下に荒く震動し、いまは騒ぐ力も尽き、船頭がまず船底にたおれ伏し、おゆるしなされ、とうめいて死んだようにぐたりとなれば、船中の客、総泣きに泣き伏して、いずれも正体を失い、中堂金内ただひとり、はじめからふなばたを背にしてあぐらをき、黙って腕組して前方を見つめていたが、やがてのさきの海水が金色に変り、五色の水玉噴き散ると見えしと同時に、白波二つにわれて、人魚、かねて物語に聞いていたのと同じ姿であらわれ、頭を振って緑の髪をうしろに払いのけ、水晶の腕で海水を一掻き二掻きするするとへびの如く素早く金内の船に近づき、小さく赤い口をあけて一声爽やかな笛の音。おのれ船路のさまたげと、金内怒って荷物の中より半弓はんきゅうを取出し、神に念じてひょうと射れば、あやまたずかの人魚の肩先に当り、人魚は声もなく波間に沈み、激浪たちまち収まって海面はもとのように静かになり、斜陽おだやかに船中にさし込み、船頭は間抜まぬづらで起き上り、なんだ夢か、と言った。金内は、おのれの手柄てがら矢鱈やたら吹聴ふいちょうするような軽薄な武士でない。黙って微笑ほほえみ、また前のように腕組みして舷によりかかってすわっている。船客もそろそろ土色の顔を挙げ、てれ隠しにけたたましく笑う者あり、せっかくの酒を何の興もなく飲んでしまって、後の楽しみを無くした、と五寸ばかりのひさごをさかさに振って、そればかり愚痴っている者もあり、あるいはまた、さいぜん留守宅の若いおめかけの名を叫んで身悶えしていた八十歳の隠居は、さてもおそろしや、とおもむろに衣紋えもんを取りつくろい、これすなわち登竜のぼりりゅうに違いござらぬ、と断じ、そもそもこの登竜は越中越後えっちゅうえちごの海中に多く見受けられるものにして、夏日に最もしばしばこの事あり、一群の黒雲虚空こくうより下り来れば海水それに吸われるが如く応じて逆巻さかまきのぼり黒雲潮水一柱になり、まなこをこらしてそのすさまじき柱を見れば、はたせるかな、竜の尾頭その中に歴々たりとものの本にござった、また別の一書には、或る人、江戸より船にてのぼりしに東海道興津おきつの沖を過ぎる時に一むらの黒雲虚空よりかの船をさして飛来る、船頭大いに驚き、これは竜のこの舟を巻上げんとするなり、急に髪を切って焼くべしとて船中の人々のこらず頭髪を切って火にくべしに臭気ふんぷんと空にのぼりしかば、かの黒雲たちまちに散りせたりとござったが、愚老もし若かったら、さいぜんただちに頭髪を切るべきに生憎あいにく、と言って禿げた頭を真面目まじめな顔して静かにでた。へえ、そうですか、と観音経は、馬鹿ばかにし切ったような顔で、そっぽを向いて相槌あいづちを打ち、何もかも観音のお力にきまっていますさ、と小声で呟き、殊勝げに瞑目めいもくして南無観世音大菩薩なむかんぜおんだいぼさつとなえれば、やあ、ぜにはあった! と自分のふところの中から足りない一両を見つけて狂喜する者もあり、金内は、ただにこにこして、やがて船はゆらゆら港へはいり、人々やれ命拾いと大恩人の目前にあるも知らず、互いに無邪気に慶祝し合って上陸した。
 中堂金内は、ほどなく松前城に帰着し、上役の野田武蔵のだむさしに、このたびの浦々巡視の結果をつぶさに報告して、それからくつろぎ、よもやまの旅の土産話のついでに、れいの人魚の一件を、少しも誇張するところなく、ありのままに淡々と語れば、武蔵かねて金内の実直の性格を悉知しっちしているゆえ、その人魚の不思議をも疑わず素直に信じ、ひざを打って、それは近頃めずらしい話、ことにもそなたの沈着勇武、さっそくこの義を殿とのの御前にいて御披露ごひろう申し上げよう、と言うと、金内は顔を赤らめ、いやいや、それほどの事でも、と言いかけるのにかぶせて、そうではない、古来ためし無き大手柄、家中かちゅうの若い者どものはげみにもなります、と強く言い切って、まごつく金内をせき立て、共に殿の御前にまかり出ると、折よく御前には家中の重役の面々も居合せ、野田武蔵は大いに勢い附いて、おのおの方もお聞きなされ、世にもめずらしき手柄話、と金内の旅の奇談を逐一語れば、殿をはじめ一座の者、膝をすすめて耳を傾ける中にひとり、青崎百右衛門あおさきひゃくえもんとて、父親の百之丞ひゃくのじょう松前の家老として忠勤をはげんだおかげで、親の歿後ぼつごも、その禄高ろくだかをそっくりいただき何の働きも無いくせに重役のひとりに加えられ、育ちのよいのを鼻にかけて同輩をさげすみ、なりあがり者の娘などはこの青崎の家に迎えれられぬと言って妻をめとらず道楽三昧ざんまいの月日を送って、ことし四十一歳、このごろは欲しいと言ったってだれも娘をやろうとはせぬ有様、みずからの高慢のむくいではあるが、さすがに世の中が面白おもしろくなく、何かにつけて家中の者たちにいや味を言い、身のたけ六尺に近く極度にせて、両手の指は筆の軸のように細く長く、落ちくぼんだ小さい眼はいやらしく青く光って、鼻は大きな鷲鼻わしばなほおはこけて口はへの字型、さながら地獄の青鬼の如き風貌ふうぼうをしていて、一家中のきらわれ者、この百右衛門が、武蔵の物語を半分も聞かぬうちに、ふふん、と笑い、のう玄斎げんさい、と末座に丸くかしこまっている茶坊主ちゃぼうずの玄斎に勝手に話掛け、
「そなたは、どう思うか。こんな馬鹿らしい話を、わざわざ殿へ言上するなんて、ちと不謹慎だとは思わぬか。世に化物なし、不思議なし、さるつらは赤し、犬の足は四本にきまっている。人魚だなんて、子供のお伽噺とぎばなしではあるまいし、いいとしをしたお歴々が、ひたいにはくれないの鶏冠とさかあきれるじゃないか。」と次第に傍若無人の高声になって、「のう、玄斎、よしその人魚とやらの怪しい魚類が北海に住んでいたとしてもさ、そんな古来ためしの無い妖怪ようかいを射とめるには、こちらにも神通力が無くてはかなわぬ。なまなかの腕では退治が出来まい。鳥に羽あり魚にひれありさ。なかなかどうして、飛ぶ小鳥、泳ぐ金魚を射とめるのも容易の事じゃないのに、そんな上半身水晶とやらの化物を退治するのには、まず弓矢八幡大菩薩ゆみやはちまんだいぼさつ頼光らいこう、綱、八郎、田原藤太たわらとうた、みんなのお力をたばにしたくらいの腕前でもなけれや、間に合いますまい。いや、論より証拠、それがしの泉水の金魚、な、そなたも知っているだろう、わずかの浅水をたのしみにひらひら泳ぎまわってござるが、せんだって退屈のあまりすずめの小弓で二百本ばかり射かけてみたが、これにさえ当らぬもの、金内殿も、おおかた海上でにわかの旋風に遭い、動転して、流れ寄る腐木にはっしと射込んだのでなければ、さいわいだがのう。」と、当惑し切ってもじもじしている茶坊主をつかまえて、殿へも聞えよがしの雑言ぞうごん。たまりかねて野田武蔵、ぐいと百石衛門の方に向き直り、
「それは貴殿の無学のせいだ。」と日頃の百右衛門の思い上った横着振りに対する鬱憤うっぷんもあり、みつくような口調で言って、「とかく生半可なまはんか物識ものしりに限って世に不思議なし、化物なし、ともふたも無いような言い方をしてすまし込んでいるものですが、そもそもこの日本の国は神国なり、日常の道理を越えたる不思議の真実、へいとして存す。貴殿のお屋敷の浅い泉水とくらべられては困ります。神国三千年、山海万里のうちにはおのずから異風奇態の生類しょうるいあるまじき事にあらず、古代にも、仁徳にんとく天皇の御時、飛騨ひだに一身両面の人出ずる、天武てんむ天皇御宇ぎょう丹波たんば山家やまがより十二角の牛出ずる、文武もんむ天皇の御時、慶雲けいうん四年六月十五日に、たけ八丈よこ一丈二尺一頭三面の鬼、異国よりきたる、かかる事どもも有るなれば、このたびの人魚、何か疑うべき事に非ず。」と名調子でもって一気にまくし立てると、百右衛門、あおい顔をさらに蒼くして、にやりと笑い、
「それこそ生半可の物識り。それがしは、議論を好まぬ。議論は軽輩、功をあせっている者同志のやる事です。子供じゃあるまいし。青筋たてて空論をたたかわしても、お互い自説を更に深く固執するような結果になるだけのものさ。議論は、つまらぬ。それがしは何も、人魚はこの世に無いと言っているのではござらぬ。見た事が無いと言っているだけの事だ。金内殿もお手柄ついでにその人魚とやらを、御前に御持参になればよかったのに。」と憎らしくうそぶく。武蔵たけり立って膝をすすめ、
「武士には、信の一字が大事ですぞ。手にとって見なければ信ぜられぬとは、さてさて、あわれむべき御心魂。それ心に信無くば、この世に何の実体かあらん。手に取って見れども信ぜずば、見ざるもひとしき仮寝の夢。実体の承認は信より発す。しかして信は、心の情愛を根源とす。貴殿の御心底には一片の情愛なし、信義なし。見られよ、金内殿は貴殿の毒舌に遭い、先刻より身をふるわし、血涙をしぼって泣いてござるわ。金内殿は、貴殿とは違って、うそなど言うじんではござらぬ。日頃の金内殿の実直を、貴殿はよもや知らぬとは申されますまい。」と詰め寄ったが、百右衛門は相手にせず、
「それ、殿がお立ちだ。御不興と見える。」といかめしい口調で言い、御奥へ引上げる城主に向って平伏し、
「やれやれ、馬鹿どもには迷惑いたす。」と小声で呟いて立ち上り、「頭の血のめぐりの悪い事を実直と申すのかも知れぬが、夢や迷信をまことしやかに言い伝え、世をまどわすのは、この実直者に限る。」と言い捨て、ねこの如く足音も無く退出する。他の重役たちも、或いは百右衛門の意地悪を憎み、或いは武蔵の名調子を気障きざなりとしてどっちもどっちだと思い、或いは居眠りをして何の議論やらわけがわからず呆然ぼうぜんとして立ち上って、一人去り二人去り、あとには武蔵と金内だけが残されて、武蔵くやしく歯がみをして、
「おのれ、よくも、ほざいた。金内殿、お察し申す。そなたも武士、すでに御覚悟もあろうが、いついかなる場合も、この武蔵はそなたの味方です。いかにしても、きゃつを、このままでは。」と力めば、金内は、そう言われてなおの事、悲しくうらめしく、しばらくは一言の言葉も出ず、声も無く慟哭どうこくしていた。不仕合せな人は、他人からかばわれ同情されると、うれしいよりは、いっそうわが身がつらく不仕合せに思われて来るものである。東西を失い男泣きに泣いて、いまはわが身の終りと観念し、涙をこぶしでいて顔を挙げ、なおも泣きじゃくりながら、
「かたじけなく存じます。さきほどの百右衛門のかずかずの悪口、聞き捨てになりがたく、金内軽輩ながら、おのれ、まっぷたつと思いながらも、殿の御前なり、忍ぶべからざるを忍んで、ただ、くやし涙にむせていましたが、もはや覚悟のほどがきまりました。ただいまこれより追いけて、かの百右衛門を一刀のもとに切り捨てるのは最もやすい事ですが、それでは家中の人たちは、金内は百右衛門のためにうそを見破られて、くやしさの余り刃傷にんじょうに及んだと言い、それがしの人魚の話もいよいようろんの事になって、御貴殿にも御迷惑をおかけする結果に相成りますから、どうせもう、すたりものになったこの身、死におくれついでに今すこし命ながらえ、鮭川の入海を詮議せんぎして、弓矢八幡お見捨てなく、かの人魚の死骸しがいを見つけた時は、金内の武運もいまだ尽きざる証拠、これを持参して一家中に見せ、しかるのち、百右衛門を心置きなく存分に打ちえ、この身もうれしく切腹の覚悟。」と申せば武蔵は、いじらしさに、もらい泣きして、
「武蔵が無用の出しゃばりして、そなたの手柄てがらを殿に御披露したのが、わるかった。わけもない人魚の論などはじめて、あたら男を死なせねばならぬ。ゆるせ金内、来世は武士に生れぬ事じゃのう。」顔をそむけて立ち上り、「留守は心配ないぞ。」と強く言って広間から退出した。
 金内の私宅には、八重ということし十六になる色白く目鼻立ち鮮やかな大柄な娘と、まりという小柄で怜悧れいりな二十一歳の召使いと二人住んでいるだけで、金内の妻は、その六年前にすでに病歿していた。金内はその日努めて晴れやかな顔をして私宅へ帰り、父はまたすぐ旅に出かける、こんどの旅は少し永いかも知れぬから留守に気を附けよ、とだけ言って、たくわえの金子きんすほとんど全部をふところにねじ込み、逃げるようにして家を出た。
「お父さまは、へんね。」と八重は、父を送り出してから、鞠に言った。
「さようでございます。」鞠は落ちついて同意した、金内は、ひとをあざむく事は、下手である。いくら陽気に笑ってみせても、だめなのである。十六の娘にも、また召使いにも、看破されている。
「お金を、たくさん持って出たじゃないの。」お金の事まで看破されている。
 鞠は、うなずいて、
「容易ならぬ事と存じます。」と、分別顔をして呟いた。
「胸騒ぎがする。」と言って、八重は両袖りょうそでで胸をおおった。
「どのような事が起るかわかりませぬ。見苦しい事の無いように、これからすぐに家の内外うちと綺麗きれいに掃除いたしましょう。」と鞠は素早くたすきをかけた。
 その時、重役の野田武蔵がお供も連れず、平服で忍ぶようにやって来て、
「金内殿は、出かけられましたか。」と八重に小声で尋ねた。
「はい。お金をたくさん持って出かけました。」
 武蔵は苦笑して、
「永い旅になるかも知れぬ。留守中、お困りの事があったら、少しも遠慮なくこの武蔵のところへ相談にいらっしゃい。これは、当座のお小遣い。」と言って、かなりの金子を置いて立ち去る。
 これはいよいよ父の身の上に何か起ったと合点がてんして、八重も武士の娘、その夜から懐剣を固く抱いて帯もとかずに丸くなって寝る。
 一方、人魚をさがしに旅立った中堂金内ちゅうどうこんない、鮭川の入海のほとりにたどり着き、村の漁師をことごとく集めて、所持の金子を残らず与え、役目をもってそちたちに申しつけるのではない、中堂金内一身上の大事、内々の折入っての頼みだ、と物堅く公私の別をあきらかにして、それから少し口ごもり、ほおを赤らめ、ほろ苦く笑って、そちたちは或いは信じないかも知れないが、と気弱く前置きして、過ぎし日の人魚の一件を物語り、金内がいのちに代えての頼みだ、あの人魚の死骸を是非ともこの入海の底から捜し出し、或る男に見せてやらなければこの金内の武士の一分いちぶんが立たぬのだ、この寒空に気の毒だが、そちたちの全力を挙げてあの怪魚の死骸を見つけ出しておくれ、と折から雪の霏々ひひと舞い狂う荒磯で声をからして懇願すれば、漁師の古老たちは深く信じて同情し、若い衆たちは、人魚だなんて本当かなあと疑いながら、それでも少し好奇心にそそられ、とにかく大網を打って、入海の底をさぐって見たけれども、網にはいって来るものは、にしん、たら、かに、いわし、かれいなど、見なれた姿のさかなばかりで、かの怪魚らしいものは更に見当らず、あくる日も、またその翌る日も、村中総出で入海に船を浮べ、寒風に吹きさらされて、網を打ったりもぐったり、さまざま難儀して捜査したが、いずれも徒労に終り、若い衆たちは、はや不平を言い出し、あのさむらいの眼つきを見よ、どうしたって普通でない、気違いだよ、気違いの言う事をまに受けて、この寒空に海にもぐるのは馬鹿々々しい、おれはもう、やめた、あてもない海の人魚を捜すよりは、村の人魚にあたためられたほうが気がきいている、と磯の焚火たきびに立ちはだかり下品な冗談を大声で言ってどっと笑いはやし、金内はひとり悲しく、聞えぬ振りして、一心に竜神りゅうじんに祈念し、あの人魚のうろこ一枚、髪一筋でもいまこの入海から出たならば、それがしの面目はもとより武蔵殿も名誉、共に思うさま百右衛門をののしり、信義の一太刀ひとたち覚えたか、とまっこうみじんに天誅てんちゅうを加え、この胸のうらみをからりと晴らす事が出来るものを、と首を伸ばして入海を見渡す姿のいじらしさに、漁師の古老は思わず涙ぐんでそばに寄り、
「なあに、大丈夫だ。若い衆たちは、あんな事を言っているけれど、おれたちは、たしかにこの海に、おさむらいの射とめた人魚が沈んでいると見込んでいるだ。このあたりの海には、な、昔からいろいろな不思議なさかながいまして、若い衆たちには、わからねえ事だ。おれたちの子供の頃にも、な、この沖に、おきなという大魚があらわれて、偉い騒ぎをしました。嘘でも何でも無い、その大きさは二、三里、いや、もっと大きいかも知れねえ。誰もその全身を見たものがねえのです。そのさかなが現われる時には、海の底が雷のように鳴って風もねえのに大波が起って、くじらなんてやつも東西に逃げ走って、漁の船も、やあれ、おきなが来たぞう、と叫び合って早々に浜にもどり、やがて、おきなが海の上に浮んで、そのさまは、大きな島がにわかに沖にいくつも出来たみたいで、これは、おきなの背中やひれが少しずつ見えたのでして、全体の大きさは、とてもとても、そんなもんじゃありやしねえ。はかり知る事が出来ねえのだ。このおきなは、小さなさかなには見むきもしねえで、もっぱら鯨ばかりたべて生きているのだそうでして、二十ひろ三十尋の鯨をたばにして呑み込んで、その有様は、鯨がいわしを呑むみたいだってんだからすごいじゃねえか。だから鯨は、海の底が鳴れば、さあ大変と東西に散って逃げますだ。おっかないさかなもあったものさ。蝦夷えぞの海には昔から、こんな化物みたいなさかなが、いろいろあっただ。おさむらいの人魚の話だって、おれたちは、ちっとも驚きやしねえ。それはきっと、この入海にいやがったに違いねえのだ。なんの不思議もねえ事だ。二里三里のおきなが泳ぎ廻っていた海だもの、な、いまにおれたちは、きっとその人魚の死骸を見つけて、おさむらいの一分とやらを立てさせてあげますぞ。」と木訥ぼくとつの口調で懸命になぐさめ、金内の肩に積った粉雪を払ってやったりするのだが、金内は、そのように優しくされると尚さら心細くなり、あああ、自分もとうとうこんな老爺ろうやの慈悲を受けるようなはかない身の上の男になったか、この老爺のいたわりの言葉の底には、何だかもう絶望してあきらめているような気配が感ぜられる、とひがみ心さえ起って来て、荒々しく立ち上り、
「たのむ! それがしは、たしかにこの入海で怪しい魚を射とめたのだ。弓矢八幡、誓言する。たのむ。なお一そう精出して、あの人魚の鱗一枚、髪一筋でも捜し当てておくれ。」と言い捨て、積雪をってみぎわまで走って行き、そろそろ帰り支度をはじめている漁師たちの腕をつかんで、たのむ、もういちど、と眼つきをかえて歎願たんがんする。漁師たちは、お金をさきに受け取ってしまっているし、もういい加減に熱意を失いかけている。ほんの申しわけみたいに、岸ちかくの浅いところへ、ざぶりと網を打ったりなどして、そうして、一人二人、姿を消し、いつのまにか磯には犬ころ一匹もいなくなり、日が暮れてあたりが薄暗くなるといよいよ朔風さくふうが強く吹きつけ、眼をあいていられないくらいの猛吹雪になっても、金内は、鬼界きかいしま流人俊寛るにんしゅんかんみたいに浪打際なみうちぎわを足ずりしてうろつき廻り、夜がふけても村へは帰らず、寝床は、はじめから水際近くの舟小屋の中と定めていて、その小屋の中で少しまどろんでは、また、夜の明けぬうちに、汀に飛び出し、流れ寄る藻屑もくずをそれかと驚喜し、すぐにがっかりして泣きべそをかいて、岸ちかくに漂う腐木を、もしやと疑いざぶざぶ海にはいって行って、むなしく引返し、ここへ来てから、ろくろくものも食べずに、ただ、人魚出て来い、出て来いと念じて、次第に心魂朦朧もうろうとして怪しくなり、自分は本当に人魚を見たのかしら、射とめたなんて嘘だろう、夢じゃないか、と無人白皚々はくがいがいの磯に立ってひとり高笑いしてみたり、ああ、あの時、自分も船の相客たちと同様にたわいなく気を失い、人魚の姿を見なければよかった、なまなかに気魂が強くて、この世の不思議を眼前に見てしまったからこんな難儀に遭うのだ、何も見もせず知りもせず、そうしてもっともらしい顔でそれぞれ独り合点して暮している世の俗人たちがうらやましい、あるのだ、世の中にはあの人たちの思いも及ばぬ不思議な美しいものが、あるのだ、けれども、それを一目見たものは、たちまち自分のようにこんな地獄に落ちるのだ、自分には前世から、何か気味悪い宿業しゅくごうのようなものがあったのかも知れない、このうえ生きて甲斐かいない命かも知れぬ、悲惨に死ぬよりほかは無い星の下に生れたのだろう、いっそこの荒磯に身を投じ、来世は人魚に生れ変って、などと、うなだれて汀をふらつき、どうやら死神にとりつかれた様子で、けれども、やはり人魚の事は思い切れず、しらじらと明けはなれて行く海を横目で見て、ああ、せめてあの老漁師の物語ったおきなとかいう大魚ならば、詮議せんぎもひどく容易なのになあ、と真顔でくやしがって溜息ためいきをつき、あたら勇士も、しどろもどろ、既に正気を失い命のほどもここ一両日中とさえ見えた。
 留守宅に於いては娘の八重、あけくれ神仏に祈って、父の無事を願っていたが、三日ち四日経ち、茶碗ちゃわんはわれる、草履の鼻緒は切れる、少しの雪に庭の松の枝が折れる、縁起の悪い事ばかり続いて、とても家の中にじっとして居られなくなり、一夜こっそり武蔵の家をたずねて、父は鮭川の入海のほとりにいるという事を聞いて、その夜のうちに身支度をして召使いの鞠と二人、夜道の雪あかりをたよりに、父の後を追って発足した。或いは民家の軒下に休み、或いは海岸の岩穴に女の主従がひたと寄り添って浪の音を聞きつつ仮寝して、八重のゆたかな頬もせ、つらい雪道をまたもはげまし合っていそいでも、女の足は、はかどらず、ようやく三日目の暮方、よろめいて鮭川の入海のほとりにたどり着いた時には、南無三宝なむさんぼう、父は荒蓆あらむしろの上にあさましい冷いからだを横たえていた。その日の朝、この金内のむくろが、入海の岸ちかくに漂っていたという。頭には海草が一ぱいへばりついて、かの金内が見たという人魚の姿に似ていたという。女の主従は左右より屍に取りつき、言葉も無くただ武者振りついて慟哭して、さすがの荒くれた漁師たちも興覚める思いで眼をそむけた。母に先立たれ、いままた父に捨てられ、八重は人心地ひとごこちも無く泣きに泣いて、やがて覚悟をめ、青い顔を挙げて一言、
「鞠、死のう。」
「はい。」
 と答えて二人、しずかに立ち上った時、戞々かつかつたる馬蹄ばていの響きが聞えて、
「待て、待てえ!」と野田武蔵のたのもしい蛮声。
 馬から降りて金内の屍に頭を垂れ、
「えい、つまらない事になった。ようし、こうなったら、人魚の論もくそも無い。武蔵は怒った。本当に怒った。怒った時の武蔵には理窟りくつも何も無いのだ。道理にはずれていようが何であろうが、そんな事はかまわない。人魚なんて問題じゃない。そんなものはあったって無くったって同じ事だ。いまはただ憎いやつを一刀両断に切り捨てるまでだ。こら、漁師、馬を貸せ。この二人の娘さんが乗るのだ。早く捜して来い!」と八つ当りに呶鳴どなり散らし、勢いあまって、八重と鞠を、はったとにらみ、
「その泣き顔が気に食わぬ。かたきのいるのが、わからんか。これからすぐ馬で城下に引返し、百右衛門の屋敷に躍り込み、首級しるしを挙げて、金内殿にお見せしないと武士の娘とは言わせぬぞ。めそめそするな!」
「百右衛門殿というと、」召使いの鞠は、ひそかにうなずき進み出て、「あの青崎、百右衛門殿の事でしょうか。」
「そうよ、あいつにきまっている。」
「思い当る事がございます。」と鞠は落ちつき、「かねてあの青崎百右衛門殿は、いいとしをしながらお嬢様に懸想けそうして、うるさく縁組を申し入れ、お嬢様は、あのような鷲鼻わしばなのお嫁になるくらいなら死んだほうがいいとおっしゃるし、それで、旦那だんな様も、――」
「そうか、それで事情が、はっきりわかった。きゃつめ、一生独身主義だの、女ぎらいだのと抜かしていながら、かげでは、なあんだ、振られた男じゃないか、だらしがない。いよいよ見下げ果てたやつだ。かなわぬ恋の仕返しに金内殿をいじめるとは、憎さが余って笑止千万!」と早くも朗らかに凱歌がいかを挙げた。
 その夜、武蔵を先登せんとうに女ふたり長刀なぎなたを持ち、百右衛門の屋敷に駈け込み、奥の座敷でおめかけを相手に酒を飲んでいる百右衛門の痩せた右腕を武蔵まず切り落し、百右衛門すこしもひるまず左手で抜き合わすを鞠は踏み込んで両足を払えば百右衛門立膝たてひざになってもさらに弱るところなく、八重をめがけてはげしく切りつけ、武蔵ひやりとして左の肩に切り込めば、百右衛門たまらず仰向けに倒れたが、一向に死なず、へびごとく身をくねらせて手裏剣しゅりけんを鋭く八重に投げつけ、八重はひょいと身をかがめてあやうく避けたが、そのあまりの執念深さに、思わず武蔵と顔を見合せたほどであった。
 めでたく首級を挙げて、八重、鞠の両人は父の眠っている鮭川の磯に急ぎ、武蔵はおのれの屋敷に引き上げて、このたびの刃傷の始中終しちゅうじゅうを事こまかに書きしたため、殿の御許しも無く百右衛門をちゅうした大罪をび、この責すべてわれに在りと書き結び、あしたすぐ殿へこの書状を差上げよと家来に言いつけ、何のためらうところも無く見事に割腹して相果てたとはなかなか小気味よき武士である。女二人は、金内の屍に百右衛門の首級を手向け、ねんごろに父のとむらいをすませて、私宅へ帰り、門を閉じて殿の御裁きを待ち受け、女ながらも白無垢しろむくの衣服に着かえて切腹の覚悟、城中に於いては重役打寄り評議の結果、百右衛門こそ世にめずらしき悪人、武蔵すでに自決の上は、この私闘おかまいなしと定め、殿もそのまま許認し、女ふたりは、天晴あっぱれ父のかたきしゅうの仇を打ったけなげの者と、かえって殿のおほめにあずかり、八重には、重役の伊村作右衛門末子作之助の入縁仰せつけられて中堂の名跡みょうせきをつがせ、召使いの鞠事は、歩行目付かちめつけの戸井市左衛門とて美男の若侍に嫁がせ、それより百日ほど過ぎて、北浦春日明神かすがみょうじんの磯より深夜城中に注進あり、不思議の骨格が汀に打ち寄せられています、肉は腐って洗い去られ骨組だけでございますが、上半身はほとんど人間に近く、下半身は魚にたがわず、いかにも無気味のものゆえ、取りえず御急報申しあげますとの事、さっそく奉行をつかわし検分させたところが、その奇態の骨の肩先にまぎれもなく、中堂金内のほまれの矢の根、八重の家にはその名の如く春がかさなったという、この段、信ずる力の勝利を説く。
(武道伝来記、巻二の四、命とらるる人魚の海)

 

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