記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。

【日刊 太宰治全小説】#202「パンドラの匣」七

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【冒頭】

さっそくの御返事、たのしく拝読しました。高等学校へはいると、勉強もいそがしいだろうに、こんなに長い御手紙を書くのは、たいへんでしょう。

【結句】

僕はみんなを愛している。きざかね。
 九月二十六日
 

パンドラの匣」について

新潮文庫パンドラの匣』所収。
・昭和20年11月9日頃に脱稿。
・昭和20年10月22日付「河北新報」と「東奥日報」に連載開始。「東奥日報」は10月29日付「パンドラの匣」第八回で連載中断。「河北新報」は翌21年1月7日付まで、64回連載、完結。


パンドラの匣 (新潮文庫)

 

全文掲載(「青空文庫」より)  

 

コスモス




 さっそくの御返事、たのしく拝読いたしました。高等学校へはいると、勉強もいそがしいだろうに、こんなに長い御手紙を書くのは、たいへんでしょう。これからは、いちいちこんな長い御返事の必要はありません。勉強のさまたげになるのではないかと、それが気になります。
 竹さんに、あんな事を言うとはけしからぬとのおしかり。おそれいりました。けれども、「もう僕は君をお見舞いに行けなくなった」というお言葉には賛成いたしかねます。君も、ずいぶん気が小さい。こだわらずに、竹さんに軽く挨拶あいさつ出来るようでなければ、新しい男とは言えません。色気を捨てる事ですね。詩三百、思いよこしま無し、とかいう言葉があったじゃありませんか。天真爛漫らんまんを心掛けましょう。こないだお隣りの越後獅子えちごじしに、
「僕の友だちで、詩の勉強をしている男があるんですが、」と言いかけたら、越後は即座に、
「詩人は、きざだ。」と乱暴極まる断定を下したので、僕は少しむっとして、
「でも、詩人は言葉を新しくすると昔から言われているじゃありませんか。」と言い返した。越後獅子は、にやりと笑って、
「そう。こんにちの新しい発明が無ければいけない。」と無雑作に答えたが、越後も、ちょっと、あなどりがたい事を言うと思った。賢明な君の事だから、すでにお気づきの事と思いますが、どうか、これからは、詩の修行はもとより、何につけても、君の新しい男としての真の面目を見せて下さるよう、お願いします。なんて、妙に思いあがった、先輩ぶった言い方をしましたが、なに、竹さんなんかの事は気にするな、というだけの事なんだ。勇気を出して、当道場を訪問して、竹さんをひとめ見るといい。現物を見ると、君の幻想は、たちまち雲散霧消する。何せもうただ立派で、そうして大鯛おおだいなんだからね。それにしても君は、ずいぶん竹さんに打ち込んだものだね。僕があれほど、マア坊の可愛かわいらしさを強調して書いてやっても、「マア坊とやらいう女性などは、出来そこないの映画女優ごとく」なんておっしゃって、一向にみとめてはくれず、ひたすら竹さん竹さんなんだから恐れいりました。しばらく竹さんに就いての御報告はひかえようと思う。この上、君に熱をあげられて、寝込まれでもしたら大変だ。
 きょうは一つ、かっぽれさんの俳句でも御紹介しましょうか。こんどの日曜の慰安放送は、塾生たちの文芸作品の発表会という事になって、和歌、俳句、詩に自信のある人は、あすの晩までに事務所に作品を提出せよとの事で、かっぽれは、僕たちの「桜の間」の選手として、お得意の俳句を提出する事になり、二、三日前から鉛筆を耳にはさみ、ベッドの上に正坐せいざして首をひねり、真剣に句を案じていたが、けさ、やっとまとまったそうで、十句ばかり便箋びんせんに書きつらねたのを、同室の僕たちに披露ひろうした。まず、固パンに見せたけれども、固パンは苦笑して、
「僕には、わかりません。」と言って、すぐにその紙片を返却した。次に、越後獅子に見せて御批評をうた。越後獅子は背中を丸めて、その紙片をねらうようにつくづくと見つめ、
「けしからぬ。」と言った。
 下手だとか何とか言うなら、まだしも、けしからぬという批評はひどいと思った。


 かっぽれは、あおざめて、
「だめでしょうか。」とお伺いした。
「そちらの先生に聞きなさい。」と言って越後は、ぐいと僕の方をあごでしゃくった。
 かっぽれは、僕のところに便箋を持って来た。僕は不風流だから、俳句の妙味などてんでわからない。やっぱり固パンのように、すぐに返却しておゆるしを乞うべきところでもあったのだが、どうも、かっぽれが気の毒で、何とかなぐさめてやりたく、わかりもしない癖に、とにかくその十ばかりの句を拝読した。そんなにまずいものではないように僕には思われた。月並とでもいうのか、ありふれたような句であるが、これでも、自分で作るとなると、なかなか骨の折れるものなのではあるまいか。
 乱れ咲く乙女心の野菊かな、なんてのは少しへんだが、それでも、けしからぬと怒るほどの下手さではないと思った。けれども、最後の一句に突き当って、はっとした。越後獅子が憤慨したわけも、よくわかった。

露の世は露の世ながらさりながら

 誰やらの句だ。これは、いけないと思った。けれども、それをあからさまに言って、かっぽれに赤恥をかかせるような事もしたくなかった。
「どれもみな、うまいと思いますけど、この、最後の一句ほかのと取りかえたら、もっとよくなるんじゃないかな。素人しろうと考えですけど。」
「そうですかね。」かっぽれは不服らしく、口をとがらせた。「その句が一ばんいいと私は思っているんですがね。」
 そりゃ、いいはずだ。俳句の門外漢の僕でさえ知っているほど有名な句なんだもの。
「いい事は、いいに違いないでしょうけど。」
 僕は、ちょっと途方に暮れた。
「わかりますかね。」かっぽれは図に乗って来た。「いまの日本国に対する私のまごころも、この句には織り込まれてあると思うんだが、わからねえかな。」と、少し僕を軽蔑けいべつするような口調で言う。
「どんな、まごころなんです。」と僕も、もはや笑わずに反問した。
「わからねえかな。」と、かっぽれは、君もずいぶんトンマな男だねえ、と言わんばかりに、まゆをひそめ、「日本のいまの運命をどう考えます。露の世でしょう? その露の世は露の世である。さりながら、諸君、光明を求めて進もうじゃないか。いたずらに悲観するなかれ、といったような意味になって来るじゃないか。これがすなわち私の日本に対するまごころというわけのものなんだ。わかりますかね。」
 しかし、僕は内心あっけにとられた。この句は、君、一茶いっさが子供に死なれて、露の世とあきらめてはいるが、それでも、悲しくてあきらめ切れぬという気持の句だった筈ではなかったかしら。それを、まあ、ひどいじゃないか。きれいに意味をひっくりかえしている。これが越後の所謂いわゆる「こんにちの新しい発明」かも知れないが、あまりにひどい。かっぽれのまごころには賛成だが、とにかく古人の句を盗んで勝手な意味をつけて、もてあそぶのは悪い事だし、それにこの句をそのまま、かっぽれの作品として事務所に提出されては、この「桜の間」の名誉にもかかわると思ったので、僕は、勇気を出して、はっきり言ってやった。


「でも、これとよく似た句が昔の人の句にもあるんです。盗んだわけじゃないでしょうけど、誤解されるといけませんから、これは、他のと取りかえたほうがいいと思うんです。」
「似たような句があるんですか。」
 かっぽれは眼を丸くして僕を見つめた。その眼は、溜息ためいきが出るくらいに美しく澄んでいた。盗んで、自分で気がつかぬ、という奇妙な心理も、俳句の天狗てんぐたちには、あり得る事かも知れないと僕は考え直した。実に無邪気な罪人である。まさに思い邪無しである。
「そいつは、つまらねえ事になった。俳句には、時々こんな事があるんで、こまるのです。何せ、たった十七文字ですからね。似た句が出来るわけですよ。」どうも、かっぽれは、常習犯らしい。「ええと、それではこれを消して、」と耳にはさんであった鉛筆で、あっさり、露の世の句の上に棒を引き、「かわりに、こんなのはどうでしょう。」と、僕のベッドの枕元まくらもとの小机で何やら素早くしたためて僕に見せた。

コスモスや影おどるなりほしむしろ

「けっこうです。」僕は、ほっとして言った。下手でも何でも、盗んだ句でさえなければ今は安心の気持だった。「ついでに、コスモスの、と直したらどうでしょう。」と安心のあまり、よけいの事まで言ってしまった。
「コスモスの影おどるなり乾むしろ、ですかね。なるほど、情景がはっきりして来ますね。偉いねえ。」と言って僕の背中をぽんとたたいた。「すみに置けねえや。」
 僕は赤面した。
「おだてちゃいけません。」落ちつかない気持になった。「コスモスや、のほうがいいのかも知れませんよ。僕には俳句の事は、全くわからないんです。ただ、コスモスの、としたほうが、僕たちには、わかりやすくていいような気がしたものですから。」
 そんなもの、どっちだっていいじゃないか、と内心の声は叫んでもいた。
 けれども、かっぽれは、どうやら僕を尊敬したようである。これからも俳句の相談に乗ってくれと、まんざらお世辞だけでもないらしく真顔で頼んで、そうして意気揚々と、れいの爪先つまさき立っておしりを軽く振って歩く、あの、音楽的な、ちょんちょん歩きをして自分のベッドに引き上げて行き、僕はそれを見送り、どうにも、かなわない気持であった。俳句の相談役など、じっさい、文句入りの都々逸どどいつ以上に困ると思った。どうにも落ちつかず、閉口の気持で、僕は、
「とんでもない事になりました。」と思わず越後に向って愚痴を言った。さすがの新しい男も、かっぽれの俳句には、まいったのである。
 越後獅子は黙って重く首肯した。
 けれども話は、これだけじゃないんだ。さらに驚くべき事実が現出した。
 けさの八時の摩擦の時には、マア坊が、かっぽれの番に当っていて、そうして、かっぽれが彼女に小声で言っているのを聞いてびっくりした。
「マア坊の、あの、コスモスの句、な、あれは悪くねえけど、でも、気をつけろ。コスモスや、てのはまずいぜ、コスモスの、だ。」
 おどろいた。あれは、マア坊の句なのだ。


 そういえば、あの句にはちょっと女の感覚らしいものがあった。とすると、あの、乱れ咲く乙女心の野菊かな、とかいう変な句も、くさい。やっぱりあれも、マア坊か誰か助手さんの作った句なのではあるまいか。何だか、あの十の俳句がことごとくあやしくなって来た。実に、ひどいひとだ。本当に、あきれるばかりだ。あの露の世の句にしても、また、このコスモスの句にしても、これは「桜の間」の名誉にかかわる、などと大袈裟おおげさな事は言わずとも、かっぽれさんの人格問題として、これは、いったい、どんな事になるのだろうと、はらはらしたが、でも、それからまた、かっぽれとマア坊との間に交された会話を聞いて安心し、たいへんいい気持になったのだ。
「コスモスの句って、どんなの? わすれてしまったわ。」マア坊は、のんびりしている。
「そうかい。それじゃ、おれの句だったかな?」あっさりしている。
「カクランの句じゃない? あなたはいつか、カクランと俳句の交換だか何だか、こっそりやってたわね。わあい、だ。」
「してみると、カクランの句かな?」落ちついたものである。淡泊と言おうか、軽快と言おうか、形容の言葉に窮するくらいだ。「カクランの句にしては、うますぎるよ。きゃつ、盗みやがったな。」すでにここにいたっては、天衣無縫とでもいうより他は無い。「こんど、おれは、あの句を出すんだ。」
「慰安放送? あたしの句も一緒に出してよ。ほら、いつか、あなたに教えてあげたでしょう? 乱れ咲く乙女心の、という句。」
 果してしかりだ。しかし、かっぽれは、一向に平気で、
「うん。あれは、もう、いれてあるんだ。」
「そう。しっかりやってね。」
 僕は微笑した。
 これこそは僕にとって、所謂いわゆる「こんにちの新しい発明」であった。この人たちには、作者の名なんて、どうでもいいんだ。みんなで力を合せて作ったもののような気がしているのだ。そうして、みんなで一日を楽しみ合う事が出来たら、それでいいのだ。芸術と、民衆との関係は、元来そんなものだったのではなかろうか。ベートーヴェンに限るの、リストは二流だのと、所謂その道の「通人」たちが口角あわをとばして議論している間に、民衆たちは、その議論を置き去りにして、さっさとめいめいの好むところの曲目に耳を澄まして楽しんでいるのではあるまいか。あの人たちには、作者なんて、てんで有りがたくないんだ。一茶が作っても、かっぽれが作っても、マア坊が作っても、その句が面白おもしろくなけりゃ、無関心なのだ。社交上のエチケットだとか、または、趣味の向上だなんて事のために無理に芸術の「勉強」をしやしないのだ。自分の心にふれた作品だけを自分流儀で覚えて置くのだ。それだけなんだ。僕は芸術と民衆との関係に就いて、ただいま事新しく教えられたような気がした。
 きょうの手紙は、妙に理窟りくつっぽくなったけれども、でも、まあ、こんなかっぽれの小さい挿話そうわでも、君の詩の修行にいて何か「新しい発明」にでも役立ってくれたら、と思って、この手紙を破らずにこのまま差し上げる事にしました。
 僕は、流れる水だ。ことごとくの岸をでて流れる。
 僕はみんなを愛している。きざかね。

九月二十六日

 

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