記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

2019-01-01から1ヶ月間の記事一覧

【日刊 太宰治全小説】#31「虚構の春」下旬・元旦

【冒頭】 月日。 「突然のおたよりお許し下さい。私は、あなたと瓜二つだ。いや、私とあなた、この二人のみに非ず。青年の没個性、自己喪失は、いまの世紀の特徴と見受けられます。 【結句】 「謹賀新年。」「頌春。」「賀春。」「頌春献寿。」 「虚構の春 …

【日刊 太宰治全小説】#30「虚構の春」中旬

【冒頭】 月日。 「拝呈。過刻は失礼。『道化の華』早速一読甚だおもしろく存じ候。無論及第点をつけ申し候。 【結句】 良薬の苦味、おゆるし下さい。おそらくは貴方を理解できる唯一人の四十男、無二の小市民、高橋九拝。太宰治学兄。」 「虚構の春 中旬」…

【日刊 太宰治全小説】#29「虚構の春」師走上旬

【冒頭】月日。 「拝復。お言いつけの原稿用紙五百枚。御入手の趣、小生も安心いたしました。毎度の御引立、あり難く御礼を申しあげます。 【結句】 きょうの君には、それら実相を知らせてあげたい。知ったとたんに、君は、裏の線路に飛び込むだろう。さなく…

【日刊 太宰治全小説】#28「狂言の神」

【冒頭】今は亡(な)き、畏友(いゆう)、笠井(かさい)一(はじめ)について書きしるす。 【結句】 ああ、思いもかけず、このお仕合(しあ)せの結末。私はすかさず、筆を擱(お)く。読者もまた、はればれと微笑(ほほえ)んで、それでも一応は用心して、こっそり小声…

【日刊 太宰治全小説】#27「雌に就いて」

【冒頭】その若草という雑誌に、老い疲れたる小説を発表するのは、いたずらに、奇を求めての仕業でもなければ、読者へ無関心であるということへの証明でもない。このような小説もまた若い読者たちによろこばれるのだと思っているからである。 【結句】 女は…

【日刊 太宰治全小説】#26「ダス・ゲマイネ」

【冒頭】恋をしたのだ。そんなことは、全くはじめてであった。 【結句】「人は誰でもみんな死ぬさ」 「ダス・ゲマイネ」について ・新潮文庫『走れメロス』所収。・昭和10年8月末に脱稿。・昭和10年10月1日、『文藝春秋』十月号に発表。 走れメロス …

【日刊 太宰治全小説】#号外『晩年』について

昭和11年(1936年)6月25日、太宰が27歳の時に、砂子屋書房から出版した処女作品集『晩年』。 口絵写真一葉。初版500部。菊判フランス装。241頁。定価2円。 そこに収められた15編(全25回)が【日刊 太宰治全小説】で全て公開になりました。1編1編、様々な趣…

【日刊 太宰治全小説】#25「めくら草紙」(『晩年』)

【冒頭】太古のすがた、そのままの蒼空(あおぞら)。みんなも、この蒼空にだまされぬがいい。これほど人間に酷薄(こくはく)なすがたがないのだ。おまえは、私に一箇の銅貨をさえ与えたことがなかった。おれは死ぬるともおまえを拝(おが)まぬ。 【結句】いま読…

【日刊 太宰治全小説】#24「陰火」尼(『晩年』)

【冒頭】九月二十九日の夜更(よふ)けのことであった。あと一日がまんをして十月になってから質屋へ行けば、利子がひと月分もうかると思ったので、僕は煙草(たばこ)ものまずにその日いちにち寝てばかりいた。昼のうちにたくさん眠った罰で、夜は眠れないのだ…

【日刊 太宰治全小説】#23「陰火」水車(『晩年』)

【冒頭】橋へさしかかった。男はここで引きかえそうと思った。女はしずかに橋を渡った。男も渡った。 【結句】水車は闇のなかでゆっくりゆっくりまわっていた。女は、くるっと男に背をむけて、また歩きだした。男は煙草(たばこ)をくゆらしながら踏みとどまっ…

【日刊 太宰治全小説】#22「陰火」紙の鶴(『晩年』)

【冒頭】「おれは君とちがって、どうやらおめでたいようである。おれは処女でない妻をめとって、三年間、その事実を知らずにすごした。こんなことは口に出すべきでないかも知れぬ。 【結句】まずこの紙を対角線に沿うて二つに折って、それをまた二つに畳(た…

【日刊 太宰治全小説】#21「陰火」誕生(『晩年』)

【冒頭】二十五の春、そのひしがたの由緒(ゆいしょ)ありげな学帽を、たくさんの希望者の中でとくにへどもどまごつきながら願い出たひとりの新入生へ、くれてやって、帰郷した。 【結句】生れて百二十日目に大がかりな誕生祝いをした。 「陰火(いんか) 誕生(…

【日刊 太宰治全小説】#20「玩具」(『晩年』)

【冒頭】どうにかなる。どうにかなろうと一日一日を迎えてそのまま送っていって暮しているのであるが、それでも、なんとしても、どうにもならなくなってしまう場合がある。 【結句】いまもなお私の耳朶(みみたぶ)をくすぐる祖母の子守歌。「狐の嫁入り、婿(…

【日刊 太宰治全小説】#19「ロマネスク」嘘の三郎(『晩年』)

【冒頭】むかし江戸深川に原宮黄村という男やもめの学者がいた。支那(しな)の宗教にくわしかった。一子があり、三郎と呼ばれた。ひとり息子なのに三郎と名づけるとは流石(さすが)に学者らしくひねったものだと近所の取沙汰(とりざた)であった。 【結句】嘘の…

【日刊 太宰治全小説】#18「ロマネスク」喧嘩次郎兵衛(『晩年』)

【冒頭】むかし東海道三島の宿に、鹿間屋逸平という男がいた。曾祖父(そうそふ)の代より酒の醸造をもって業(なりわい)としていた。酒はその醸造主のひとがらを映すものと言われている。鹿間屋の酒はあくまでも澄み、しかもなかなかに辛口であった。酒の名は…

【日刊 太宰治全小説】#17「ロマネスク」仙術太郎(『晩年』)

【冒頭】むかし津軽の国、神梛木村(かなぎむら)に鍬形惣助(くわがたそうすけ)という庄屋がいた。四十九歳で、はじめて一子を得た。男の子であった。太郎と名づけた。生れるとすぐ大きいあくびをした。 【結句】ちなみに太郎の仙術の奥義は、懐手(ふところで)…

【日刊 太宰治全小説】#16「彼は昔の彼ならず」(『晩年』)

【冒頭】君にこの生活を教えよう。知りたいとならば、僕の家のものほし場まで来るとよい。其処(そこ)でこっそり教えてあげよう。 【結句】それなら君に聞こうよ。空を見あげたり肩をゆすったりうなだれたり木の葉をちぎりとったりしながらのろのろさまよい歩…

【日刊 太宰治全小説】#15「逆行」くろんぼ(『晩年』)

【冒頭】くろんぼは檻(おり)の中にはいっていた。檻の中は一坪ほどのひろさであって、まっくらい奥隅に、丸太でつくられた腰掛がひとつ置かれていた。くろんぼはそこに坐(すわ)って、刺繍(ししゅう)をしていた。このような暗闇でどんな刺繍ができるものかと…

【日刊 太宰治全小説】#14「逆行」決闘(『晩年』)

【冒頭】それは外国の真似ではなかった。誇張でなしに、相手を殺したいと願望したからである。けれどもその動機は深遠でなかった。 【結句】私は泥にうつぶして、いまこそおいおい声をたてて泣こう泣こうとあせったけれど、あわれ、一滴の涙も出なかった。 …

【日刊 太宰治全小説】#13「逆行」盗賊(『晩年』)

【冒頭】ことし落第(らくだい)ときまった。それでも試験は受けるのである。甲斐(かい)ない努力の美しさ。われはその心に心をひかれた。 【結句】盗賊は落葉の如(ごと)くはらはらと退却し、地上に舞いあがり、長蛇のしっぽにからだをいれ、みるみるすがたをか…

【日刊 太宰治全小説】#12「逆行」蝶蝶(『晩年』)

【冒頭】老人ではなかった。二十五歳を越しただけであった。けれどもやはり老人であった。 【結句】老人の、ひとのよい無学ではあるが利巧(りこう)な、若く美しい妻は、居並ぶ近親たちの手前、嫉妬(しっと)ではなく頬(ほお)をあからめ、それから匙(さじ)を握…

【日刊 太宰治全小説】#11「猿面冠者」(『晩年』)

【冒頭】どんな小説を読ませても、はじめの二三行をはしり読みしたばかりで、もうその小説の楽屋裏を見抜いてしまったかのように、鼻で笑って巻を閉じる傲岸不遜(ごうがんふそん)の男がいた。 【結句】男は書きかけの原稿用紙に眼を落してしばらく考えてから…

【日刊 太宰治全小説】#10「道化の華」(『晩年』)

【冒頭】「ここを過ぎて悲しみの市(まち)」友はみな、僕からはなれ、かなしき眼もて僕を眺める。友よ、僕と語れ、僕を笑え。ああ、友はむなしく顔をそむける。友よ、僕に問え。僕はなんでも知らせよう。僕はこの手もて、園を水にしずめた。僕は悪魔の傲慢(ご…

【日刊 太宰治全小説】#9「雀こ」(『晩年』)

【冒頭】長え長え昔噺(むがしこ)、知らへがな。山の中に橡(とち)の木いっぽんあったずおん。そのてっぺんさ、からす一羽来てとまったずおん。 【結句】また、からすあ、があて啼(な)けば、橡の実あ、一つぼたんて落づるずおん。また、からすあ、があて啼けば…

【日刊 太宰治全小説】#8「猿ヶ島」(『晩年』)

【冒頭】はるばると海を越えて、この島に着いたときの私の憂愁(ゆうしゅう)を思い給(たま)え。夜なのか昼なのか、島は深い霧(きり)に包まれて眠っていた。私は眼をしばたたいて、島の全貌(ぜんぼう)を見すかそうと努めたのである。裸の大きい岩が急な勾配(こ…

【日刊 太宰治全小説】#7「地球図」(『晩年』)

【冒頭】ヨワン榎(えのき)は伴天連(バテレン)ヨワン・バッティスタ・シロオテの墓標である。切支丹(キリシタン)屋敷の裏門をくぐってすぐ右手にそれがあった。いまから二百年ほどむかしに、シロオテはこの切支丹屋敷の牢の中で死んだ。彼のしかばねは、屋敷…

【日刊 太宰治全小説】#6「列車」(『晩年』)

【冒頭】一九二五年に梅鉢工場という所でこしらえられたC五一型のその機関車は、同じ工場で同じころ製作された三等客車三輛(りょう)と、食堂車、二等客車、二等寝台車、各々一輛ずつと、ほかに郵便やら荷物やらの貨車三輛と、都合九つの箱に、ざっと二百名…

【日刊 太宰治全小説】#5「魚服記」(『晩年』)

【冒頭】本州の北端の山脈は、ぼんじゅ山脈というのである。せいぜい三四百米(メートル)ほどの丘陵が起伏しているのであるから、ふつうの地図には載っていない。 【結句】やがてからだをくねらせながらまっすぐに滝壺へむかって行った。たちまち、くるくると…

【日刊 太宰治全小説】#4「思い出」三章(『晩年』)

【冒頭】四年生になってから、私の部屋へは毎日のようにふたりの生徒が遊びに来た。私は葡萄酒(ぶどうしゅ)と鯣(するめ)をふるまった。そうして彼等に多くの出鱈目(でたらめ)を教えたのである。 【結句】私たちは、お互いの頭をよせつつ、なお鳥渡(ちょっと)…

【日刊 太宰治全小説】#3「思い出」二章(『晩年』)

【冒頭】いい成績ではなかったが、私はその春、中学校へ受験して合格をした。私は、新しい袴(はかま)と黒い沓下(くつした)とあみあげの靴をはき、いままでの毛布をよして羅紗(ラシャ)のマントを洒落者らしくボタンをかけずに前をあけたまま羽織って、その海…