記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

2019-03-01から1ヶ月間の記事一覧

【日刊 太宰治全小説】#90「乞食学生」第一回

【冒頭】 一つの作品を、ひどく恥ずかしく思いながらも、この世の中に生きてゆく義務として、雑誌社に送ってしまった後の、作家の苦悶に就いては、聡明な諸君にも、あまり、おわかりになっていない筈である。その原稿在中の重い封筒を、うむと決意して、投函…

【日刊 太宰治全小説】#89「リイズ」

【冒頭】杉野君は、洋画家である。いや、洋画家と言っても、それを職業としているのでは無く、ただいい画(え)をかきたいと毎日、苦心しているばかりの青年である。おそらくは未だ、一枚の画も、売れた事は無かろうし、また、展覧会にさえ、いちども入選した…

【日刊 太宰治全小説】#88「きりぎりす」

【冒頭】おわかれ致します。あなたは、嘘ばかりついていました。私にも、いけない所が、あるのかも知れません。けれども、私は、私のどこが、いけないのか、わからないの。私も、もう二十四です。 【結句】この世では、きっと、あなたが正しくて、私こそ間違…

【日刊 太宰治全小説】#87「一燈」

【冒頭】 芸術家というものは、つくずく困った種族である。鳥籠一つを、必死にかかえて、うろうろしている。その鳥籠を取りあげられたら、彼は舌を嚙んで死ぬだろう。なるべくなら、取りあげないで、ほしいのである。 【結句】 あのように純一な、こだわらず…

【日刊 太宰治全小説】#86「失敗園」

【冒頭】(わが陋屋(ろうおく)には、六坪ほどの庭があるのだ。愚妻は、ここに、秩序も無く何やらかやら一ぱい植えたが、一見するに、すべて失敗の様子である。それら恥ずかしき身なりの植物たちが小声で囁き、私はそれを速記する。その声が、事実、聞えるの…

【日刊 太宰治全小説】#85「盲人独笑」

【冒頭】葛原勾当(くずはらこうとう)日記を、私に知らせてくれた人は、劇作家伊馬鵜平君である。堂々七百頁ページ近くの大冊である。 【結句】かきならす。おとをだに聞かば。このさとに。わがすむことを。きみや知るらむ。(勾当) 「盲人独笑(もうじんどく…

【日刊 太宰治全小説】#84「古典風」

【冒頭】 美濃十郎は、伯爵美濃英樹の嗣子である。二十八歳である。 一夜、美濃が酔いしれて帰宅したところ、家の中は、ざわめいている。家の中は、ざわめいている。さして気にもとめずに、廊下を歩いていって、母の居間のまえにさしかかった時、どなた、と…

嬉しい贈り物〜スクランブル読書

太宰さん、事件です! つい最近も、同じ書き出しで書き始めたような気がするのですが、そこはご愛敬。 なんて言ったって、太宰治生誕110周年という記念すべきこの年に、こんなに嬉しい出来事に恵まれるなんて! そもそもの発端は、3月12日付、日本近代文学元…

【日刊 太宰治全小説】#83「女の決闘」第六

【冒頭】いよいよ、今回で終りであります。一回、十五、六枚ずつにて半箇年間、つまらぬ事ばかり書いて来たような気が致します。私にとっては、その間に様々の思い出もあり、また自身の体験としての感懐も、あらわにそれと読者に気づかれ無いように、こっそ…

【日刊 太宰治全小説】#82「女の決闘」第五

【冒頭】決闘の次第は、前回に於いて述べ尽しました。けれども物語は、それで終っているのではありません。 【結句】次回に於いて、すべてを述べます。 「女(おんな)の決闘(けっとう) 第五」について ・新潮文庫『新ハムレット』所収。・昭和15年2月下旬…

【日刊 太宰治全小説】#81「女の決闘」第四

【冒頭】決闘の勝敗の次第をお知らせする前に、この女ふたりが拳銃を構えて対峙した可憐陰惨、また奇妙でもある光景を、白樺の幹の蔭にうずくまって見ている、れいの下等の芸術家の心懐に就いて考えてみたいと思います。 【結句】女房は真っ直ぐに村役場に這…

【日刊 太宰治全小説】#80「女の決闘」第三

【冒頭】女学生は一こと言ってみたかった。「私はあの人を愛していない。あなたはほんとに愛しているの。」それだけ言ってみたかった。 【結句】人は俗世の借金で自殺することもあれば、また概念の無形の恐怖から自殺することだってあるのです。決闘の次第は…

【日刊 太宰治全小説】#79「女の決闘」第二

【冒頭】前回は、「その下に書いた苗字を読める位に消してある。」というところ迄でした。その一句に、匂わせて在る心理の微妙を、私は、くどくどと説明したくないのですが、読者は各々勝手に味わい楽しむがよかろう。なかなか、ここは、いいところなのであ…

【日刊 太宰治全小説】#78「女の決闘」第一

【冒頭】一回十五枚ずつで、六回だけ、私がやってみることにします。こんなのは、どうだろうかと思っている。たとえば、ここに、鷗外の全集があります。 【結句】この文句の次に、出会う筈の場所が明細に書いてある。名前はコンスタンチェとして、その下に書…

【日刊 太宰治全小説】#77「走れメロス」

【冒頭】メロスは激怒した。 【結句】勇者は、ひどく赤面した。 「走(はし)れメロス」について ・新潮文庫『走れメロス』所収。・昭和15年3月23、24日頃までに脱稿。・昭和15年5月1日、『新潮』五月号に発表。 走れメロス (新潮文庫) 全文掲載…

【日刊 太宰治全小説】#76「善蔵を思う」

【冒頭】――はっきり言ってごらん。ごまかさずに言ってごらん。冗談も、にやにや笑いも、止(よ)し給え。嘘でないものを、一度でいいから、言ってごらん。――君の言うとおりにすると、私は、もういちど牢屋へ、はいって来なければならない。もういちど入水をや…

【日刊 太宰治全小説】#75「誰も知らぬ」

【冒頭】誰も知ってはいないのですが、――と四十一歳の安井夫人は少し笑って物語る。――可笑(おか)しなことがございました。私が二十三歳の春のことでありますから、もう、かれこれ二十年も昔の話でございます。 【結句】あなたには、おわかりでしょうか。まる…

【日刊 太宰治全小説】#74「老ハイデルベルヒ」

【冒頭】八年まえの事でありました。当時、私は極めて懶惰(らんだ)な帝国大学生でありました。一夏を、東海道三島の宿で過したことがあります。五十円を故郷の姉から、これが最後だと言って、やっと送って戴(いただ)き、私は学生鞄に着更の浴衣やらシャツや…

【日刊 太宰治全小説】#73「駈込み訴え」

【冒頭】申し上げます。申し上げます。旦那さま。あの人は、酷い。酷い。はい。厭(いや)です。悪い人です。ああ。我慢ならない。生かして置けねえ。 【結句】はい。有難う存じます。はい、はい。申しおくれました。私の名は、商人のユダ。へっへ。イスカリオ…

【日刊 太宰治全小説】#72「女人訓戒」(「短片集」改題)

【冒頭】 辰野隆(たつの ゆたか)先生の「仏蘭西文学の話」という本の中に次のような興味深い文章がある。 【結句】 教訓。「女性は、たしなみを忘れてはならぬ。」 「女人訓戒」について ・新潮文庫『津軽通信』所収。 ・昭和14年11月25日頃に脱稿。…

【日刊 太宰治全小説】#71「春の盗賊」

【冒頭】あまり期待してお読みになると、私は困るのである。これは、そんなに面白い物語では無いかも知れない。どろぼうに就いての物語には、違いないのだけど、名の有る大どろぼうの生涯を書き記すわけでは無い。私一個人の貧しい経験談に過ぎぬのである。 …

【日刊 太宰治全小説】#70「鷗」

【冒頭】鷗(かもめ)というのは、あいつは、唖(おし)の鳥なんだってね、と言うと、たいていの人は、おや、そうですか、そうかも知れませんね、と平気で首肯するので、かえってこっちが狼狽(ろうばい)して、いやまあ、なんだか、そんな気がするじゃないか、と…

【日刊 太宰治全小説】#69「兄たち」(「美しい兄たち」改題)

【冒頭】父がなくなったときは、長兄は大学を出たばかりの二十五歳、次兄は二十三歳、三男は二十歳、私が十四歳でありました。兄たちは、みんな優しく、そうして大人びていましたので、私は、父に死なれても、少しも心細く感じませんでした。 【結句】父に早…

【日刊 太宰治全小説】#68「俗天使」

【冒頭】 晩ごはんを食べていて、そのうちに、私は箸(はし)と茶碗を持ったまま、ぼんやり動かなくなってしまって、家の者が、どうなさったの、と聞くから、私は、あ、厭(あ)きちゃったんだ、ごはんを、たべるのが厭きちゃったんだ、とそう言って、そのこ…

【日刊 太宰治全小説】#67「皮膚と心」

【冒頭】ぷつッと、ひとつ小豆(あずき)粒に似た吹出物が、左の乳房の下に見つかり、よく見ると、その吹出物のまわりにも、ぱらぱら小さい赤い吹出物が霧を噴きかけたように一面に散点していて、けれども、そのときは、痒(かゆ)くも、なんともありませんでし…

【日刊 太宰治全小説】#66「おしゃれ童子」

【冒頭】子供のころから、お洒落のようでありました。 【結句】彼のような男は、七十歳になっても、八十歳になっても、やはり派手な格子縞(こうしじま)のハンチングなど、かぶりたがるのではないでしょうか。外面の瀟洒(しょうしゃ)と典雅だけを現世の唯一の…

【日刊 太宰治全小説】#65「デカダン抗議」

【冒頭】1人の遊蕩の子を描写して在るゆえを以て、その小説を、デカダン小説と呼ぶのは、当るまいと思う。私は何時(いつ)でも、謂わば、理想小説を書いて来たつもりなのである。 【結句】私は、たしかにかの理想主義者にちがいない。嘲うことのできる者は、…

【日刊 太宰治全小説】#64「ア、秋」

【冒頭】 本職の詩人ともなれば、いつどんな注文があるか、わからないから、常に詩材の準備をして置くのである。 「秋について」という注文が来れば、よし来た、と「ア」の部の引き出しを開いて、愛、青、赤、アキ、いろいろのノオトがあって、そのうちの、…

【太宰散歩】三鷹での出会い ー『太宰婚』、太宰治文学サロンー

あさ、眼をさましたときの気持ちは、うぅ…寒い。 2019年3月3日、日曜日。あいにくの雨天。 ぶるっと身震いをしてから、ごそごそ布団から抜け出して、エアコンのスイッチをオン。 暖かい日が続いていましたが、久し振りに10°を下回り、体感温度は4°の予報。う…

【日刊 太宰治全小説】#63「畜犬談」

【冒頭】私は、犬に就いては自信がある。いつの日か、必ず喰いつかれるであろうという自信である。私は、きっと噛まれるにちがいない。自信があるのである。 【結句】家内は、やはり浮かぬ顔をしていた。 「畜犬談(ちくけんだん)」について ・新潮文庫『き…