記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

2019-06-01から1ヶ月間の記事一覧

【日刊 太宰治全小説】#181「遊興戒」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 むかし上方の山粋人、吉郎兵衛、六右衛門、甚太夫とて、としは若し、家に金あり、親はあまし、男振りもまんざらでなし、しかも、話にならぬ阿呆というわけでもなし、三人さそい合って遊び歩き、そのうちに、上方の遊びもどうも手ぬるく思われて来て…

【日刊 太宰治全小説】#180「粋人」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 「ものには堪忍という事がある。この心掛けを忘れてはいけない。ちっとは、つらいだろうが我慢をするさ。夜の次には、朝が来るんだ。冬の次には春が来るさ。きまり切っているんだ。 【結句】 台所では、婆と蕾が、「馬鹿というのは、まだ少し脈のあ…

【日刊 太宰治全小説】#179「赤い太鼓」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 むかし都の西陣に、織物職人の家多く、軒をならべておのおの織物の腕を競い家業にはげんでいる中に、徳兵衛とて、名こそ福徳の人に似ているが、どういうものか、お金が残らず肝を冷やしてその日暮し、晩酌も二合を越えず、女房と連添うて十九年、他…

【日刊 太宰治全小説】#178「女賊」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 後柏原天皇大永年間、陸奥(みちのく)一円にかくれなき瀬越の何がしという大賊、仙台名取川の上流、笹谷峠の附近に住み、往来の旅人をあやめて金銀荷物押領し、その上、山賊にはめずらしく吝嗇の男で、むだ使いは一切つつしみ、三十歳を少し出たば…

【日刊 太宰治全小説】#177「義理」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 義理のために死を致す事、これ弓馬の家のならい、むかし摂州伊丹に神崎式部という筋目正しき武士がいた。 【結句】 式部うつむき涙を流し、まことに武士の義理ほどかなしき物はなし、ふるさとを出(い)でし時、人も多きに我を択(えら)びて頼むと…

【日刊 太宰治全小説】#176「裸川」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 鎌倉山の秋の夕ぐれをいそぎ、青砥左衛門尉藤綱、駒をあゆませて滑川(なめりがわ)を渡り、川の真中に於いて、いささか用の事ありて腰の火打袋を取出し、袋の口をあけた途端に袋の中の銭十文ばかり、ちゃぼりと川浪にこぼれ落ちた。 【結句】 「下…

【日刊 太宰治全小説】#175「破産」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 むかし美作(みまさか)の国に、蔵合(ぞうごう)という名の大長者があって、広い屋敷には立派な蔵が九つも立ち並び、蔵の中の金銀、夜な夜な呻き出して四隣の国々にも隠れなく、美作の国の人たちは自分の金でも無いのに、蔵合のその大財産を自慢し…

【日刊 太宰治全小説】#174「人魚の海」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 後深草天皇宝治元年三月二十日、津軽の大浦というところに人魚はじめて流れ寄り、其の形は、かしらに細き海藻の如き緑の髪ゆたかに、面は美女の愁(うれ)えを含み、くれないの小さき鶏冠(とさか)その眉間にあり、上半身は水晶の如く透明にして幽…

【日刊 太宰治全小説】#173「猿塚」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】むかし筑前の国、大宰府の町に、白坂徳右衛門とて代々酒屋を営み大宰府一の長者、その息女お蘭の美形ならびなく、七つ八つの頃から見る人すべて瞠若(どうじゃく)し、おのれの鼻垂れの娘の顔を思い出してやけ酒を飲み、町内は明るく浮き浮きして、こ…

【日刊 太宰治全小説】#172「大力」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】むかし讃岐の国、高松に丸亀屋とて両替屋を営み四国に名高い歴々の大長者、その一子に才兵衛とて生れ落ちた時から骨太く眼玉はぎょろりとしてただならぬ風貌の男児があったが、三歳にして手足の筋骨いやに節くれだち、無心に物差しを振り上げ飼猫の…

【日刊 太宰治全小説】#171「貧の意地」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】むかし江戸品川、藤茶屋のあたり、見るかげも無き草の庵(いおり)に、原田内助というおそろしく髭(ひげ)の濃い、眼の血走った中年の大男が住んでいた。 【結句】落ちぶれても、武士はさすがに違うものだと、女房は可憐に緊張して勝手元へ行き、お酒の…

【太宰治】対談:著書と資料をめぐって

太宰治が今年で生誕110周年を迎えるのに合わせ、青森県五所川原市、同弘前市、東京都三鷹市、山梨県甲府市など、太宰にゆかりのある地で、様々な催しが行われています。特に6月は、太宰の誕生月であり、玉川上水に投身した太宰の遺体が発見された日でも…

【桜桃忌2019】太宰治 生誕110周年によせて

6月19日。今日は、桜桃忌です。 1948年の6月13日、太宰治は愛人の山崎富栄さんとともに東京三鷹市の玉川上水に入水自殺しました。没年38歳。しかし、入水後に雨が降ったため、なかなか遺体が上がらず、見つかったのが6日後の6月19日。この日…

【日刊 太宰治全小説】#170「津軽」五 西海岸

【冒頭】前にも幾度となく述べて来たが、私は津軽に生れ、津軽に育ちながら、今日まで、ほとんど津軽の土地を知っていなかった。 【結句】さて、古聖人の獲麟(かくりん)を気取るわけでもないけれど、聖戦下の新津軽風土記も、作者のこの獲友の告白を以て、ひ…

【日刊 太宰治全小説】#169「津軽」四 津軽平野

【冒頭】「津軽」本州の東北端日本海方面の古称。 【結句】兄は黙って歩き出した。兄は、いつでも孤独である。 「津軽」について ・新潮文庫『津軽』所収。・昭和19年7月末までに脱稿。・昭和19年11月15日、「新風土記叢書7」として小山書店から刊…

【日刊 太宰治全小説】#168「津軽」三 外ヶ浜

【冒頭】Sさんの家を辞去してN君の家へ引上げ、N君と私は、さらにまたビールを飲み、その夜はT君も引きとめられてN君の家に泊る事になった。三人一緒に奥の部屋に寝たのであるが、T君は翌朝早々、私たちのまだ眠っているうちにバスで青森へ帰った。 【…

【日刊 太宰治全小説】#167「津軽」二 蟹田

【冒頭】 津軽半島の東海岸は、昔から外ヶ浜と呼ばれて船舶の往来の繁盛だったところである。青森市からバスに乗って、この東海岸を北上すると、後潟(うしろがた)、蓬田(よもぎた)、蟹田(かにた)、平舘(たいらだて)、一本木、今別、等の町村を通過し、義経の…

【日刊 太宰治全小説】#166「津軽」一 巡礼

【冒頭】「ね、なぜ旅に出るの?」「苦しいからさ」 【結句】「私は、あした蟹田へ行きます。あしたの朝、一番のバスで行きます。Nさんの家で逢いましょう」「病院の方は?」「あしたは日曜日です」「なあんだ、そうか。早く言えばいいのに」私たちには、ま…

【日刊 太宰治全小説】#165「津軽」序編

【冒頭】或るとしの春、私は、生れてはじめて本州北端、津軽半島を凡そ三週間ほどかかって一周したのであるが、それは、私の三十幾年の生涯に於いて、かなり重要な事件の一つであった。私は津軽に生れ、そうして二十年間、津軽に於いて育ちながら、金木、五…

【考察】太宰治は、本当に首を絞められたのか?

2019年、生誕110年を迎える人気作家・太宰治。愛人・山崎富栄さんと玉川上水で心中した太宰ですが、その死の真相は明らかになっていません。 富栄さんに首を絞められて殺されたとも言われる太宰。 ”太宰治は、本当に首を絞められたのか?”考察します。

【日刊 太宰治全小説】#164「東京だより」

【冒頭】 東京は、いま、働く少女で一ぱいです。朝夕、工場の行き帰り、少女たちは二列縦隊に並んで産業戦士の歌を合唱しながら東京の街を行進します。ほとんどもう、男の子と同じ服装をしています。でも、下駄の鼻緒が赤くて、その一点にだけ、女の子の匂い…

【日刊 太宰治全小説】#163「雪の夜の話」

【冒頭】あの日、朝から、雪が降っていたわね。 【結句】兄さんは、ぶっとふくれて隣りの六畳間に引込みました。 「雪(ゆき)の夜(よ)の話(はなし)」について ・新潮文庫『ろまん燈籠』所収。・昭和19年3月末頃までに脱稿。・昭和19年5月1日、『少女の…

【日刊 太宰治全小説】#162「散華」

【冒頭】玉砕という題にするつもりで原稿用紙に、玉砕と書いてみたが、それはあまりに美しい言葉で、私の下手な小説の題などには、もったいない気がして来て、玉砕の文字を消し、題を散華と改めた。 【結句】 御元気ですか。 遠い空から御伺いします。 無事…

【日刊 太宰治全小説】#161「佳日」

【冒頭】これは、いま、大日本帝国の自存自衛のため、内地から遠く離れて、お働きになっている人たちに対して、お留守の事は全く御安心下さい、という朗報にもなりはせぬかと思って、愚かな作者が、どもりながら物語るささやかな一挿話である。 【結句】かれ…

【日刊 太宰治全小説】#160「作家の手帖」

【冒頭】 ことしの七夕は、例年になく心にしみた。七夕は女の子のお祭である。女の子が、織機のわざをはじめ、お針など、すべて手芸に巧みになるように織女星にお祈りをする宵である。 【結句】 女が、戦争の勝敗の鍵を握っている、というのは言い過ぎであろ…

【日刊 太宰治全小説】#159「不審庵」

【冒頭】拝啓。暑中の御見舞いを兼ね、いささか老生日頃の愚衷など可申述候(もうしのぶべくそうろう)。 【結句】というお手紙を、私はそれから数日後、黄村先生からいただいた。 「不審庵(ふしんあん)」について ・新潮文庫『津軽通信』所収。・昭和18年9…

【日刊 太宰治全小説】#158「右大臣実朝」十

【冒頭】 公暁(くぎょう)禅師さまは、その翌年の建保五年六月に京都よりお帰りになり、天海大さまのお計いに依って鶴岳宮の別当に任ぜられました前の別当職、定暁僧都さまはそのとしの五月に御腫物(はれもの)をわずらい、既におなくなりになっていたので…

【日刊 太宰治全小説】#157「右大臣実朝」九

【冒頭】 御耽溺(ごたんでき)とは申しても、下衆(げす)の者たちのように正体を失うほどに酔いつぶれ、奇妙な事ばかり大声でわめきちらし、婦女子をとらえてどうこうというような、あんなものかとお思いになると、とんでもない間違いでございまして、将軍…

【日刊 太宰治全小説】#156「右大臣実朝」八

【冒頭】 五月二日、酉剋に至って和田四郎左衛門尉義直さまが討死をなされ、男の義直さまを何ものにも代えがたくお可愛がりになっていた老父義盛さまは、その悲報をお聞きになって、落馬せんばかりに驚き、人まえもはばからず身を震わせて号泣し、あれが死ん…

【日刊 太宰治全小説】#155「右大臣実朝」七

【冒頭】 いきおいの赴くところ、まことに、やむを得ないものと見えます。五月二日の夕刻、和田左衛門尉義盛さまは一族郎党百五十騎を率いて反旗をひるがえし、故右大将家幕府御創業このかた三十年、この鎌倉の地にはじめての大兵乱が勃発いたしました。 【…