記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

2019-04-01から1ヶ月間の記事一覧

さよなら、平成。いらっしゃい、令和。

1989年1月8日から始まり、31年間続いた平成の時代が終わり、2019年5月1日から新しい年号、令和が始まろうとしている。 「あんま気にしてないなぁ…」とか言ってたけど、平成元年に生まれ、初めて、新たな元号を迎えるタイミングが近づいてくると、急にちょっ…

【日刊 太宰治全小説】#120「風の便り」風の便り

【冒頭】拝啓。突然にて、おゆるし下さい。私の名前をご存じでしょうか。 【結句】加納さんは、私と同郷の、千葉の人なのです。頓首。 六月三十日 木戸一郎井原退蔵様 「風(かぜ)の便(たよ)り 風(かぜ)の便(たよ)り」について ・新潮文庫『きりぎりす』所収…

【日刊 太宰治全小説】#119「誰」

【冒頭】イエス其の弟子たちとピリポ・カイザリヤの村々に出でゆき、途にて弟子たちに問いたまう「人々は我を誰と言うか」答えて言う「パプテスマのヨハネ、或人はエリヤ、或人は預言者の一人」また問い給う「なんじらは我を誰と言うか」ペテロ答えて言う「…

【日刊 太宰治全小説】#118「新ハムレット」九

【冒頭】 ハム。「そうか。ポローニヤスが、昨夜が姿を見せぬか。それは少し、へんだね。でも、まあ、たいした事は無かろう。大人には、おとなの世界があるんだ。 【結句】 ハム。「信じられない。僕の疑惑は、僕が死ぬまで持ちつづける。」 「新ハムレット …

【日刊 太宰治全小説】#117「新ハムレット」八

【冒頭】 王。「裏切りましたね、ポローニヤス。子供たちを、そそのかして、あんな愚にも附かぬ朗読劇なんかをはじめて、いったい、どうしたのです。気が、へんになったんじゃないですか? 【結句】 王。「涙。わしのような者の眼からでも、こんなに涙が湧い…

【日刊 太宰治全小説】#116「新ハムレット」七

【冒頭】 ハム。「馬鹿だ!馬鹿だ、馬鹿だ。僕は、大馬鹿だ。いったい、なんの為に生きているのか。朝、起きて、食事をして、うろうろして、夜になれば、寝る。そうして、いつも遊ぶ事ばかり考えている。 【結句】 ポロ。「なに、事件は、これから急転直下で…

【日刊 太宰治全小説】#115「新ハムレット」六

【冒頭】 王妃。「あたたかになりましたね。ことしは、いつもより、春が早く来そうな気がします。 【結句】 オフ。「王妃さま、お言葉が、よくわかりませぬ。でも、オフィリヤの事なら、もう御心配いりません。あたしは、ハムレットさまのお子を育てます。」…

【日刊 太宰治全小説】#114「新ハムレット」五

【冒頭】 ポロ。「ハムレットさま!」 ハム。「ああ、びっくりした。なんだ、ポローニヤスじゃないか。そんな薄暗いところに立って、何をなさっているのです。」 ポロ。「あなたを、お待ち申していました。ハムレットさま!」 【結句】 ハム。「ははん、ホレ…

【日刊 太宰治全小説】#113「新ハムレット」四

【冒頭】 王妃。「私が、王にお願いして、あなたをウイッタンバーグからお呼びするように致しました。ハムレットには、ゆうべ、もう逢いましたでしょうね。どうでしたか?まるで、だめだったでしょう?どうして急に、あんなになったのでしょう。 【結句】 た…

【日刊 太宰治全小説】#112「新ハムレット」三

【冒頭】 ハム。「しばらくだったな。よく来てくれたね。どうだい、ウイッタンバーグは。どんな具合だい。みな相変らずかね。」 【結句】 ホレ。「存じて居ります。ホレーショーは、いつでも、あなたの味方です。」 「新ハムレット 三」について ・新潮文庫…

【日刊 太宰治全小説】#111「新ハムレット」二

【冒頭】 レヤ。「荷造りくらいは、おまえがしてくれたっていいじゃないか。ああ、いそがしい。船は、もう帆に風をはらんで待っているのだ。おい、その哲学小事典を持って来ておくれ。これを忘れちゃ一大事だ。 【結句】 いやな話だねえ。女の子は、これだか…

【日刊 太宰治全小説】#110「新ハムレット」一

【冒頭】 王。「皆も疲れたろうね。御苦労でした。先王が、まことに突然、亡くなって、その涙も乾かぬうちに、わしのような者が位を継ぎ、また此の度はガーツルードと新婚の式を行い、わしとても具合の悪い事でしたが、すべて此のデンマークの為です。 【結…

【日刊 太宰治全小説】#109「新ハムレット」はしがき

【冒頭】 こんなものが出来ました、というより他に仕様が無い。 【結句】 作者の力量が、これだけしか無いのだ。じたばた自己弁解をしてみたところで、はじまらぬ。 昭和一六年、初夏。 「新ハムレット はしがき」について ・新潮文庫『新ハムレット』所収。…

【日刊 太宰治全小説】#108「千代女」

【冒頭】女は、やっぱり、駄目なものなのね。女のうちでも、私という女ひとりが、だめなのかも知れませんけれども、つくづく私は、自分を駄目だと思います。 【結句】きのう私は、岩見先生に、こっそり手紙を出しました。七年前の天才少女をお見捨てなく、と…

【日刊 太宰治全小説】#107「令嬢アユ」

【冒頭】佐野君は、私の友人である。私のほうが佐野君より十一も年上なのであるが、それでも友人である。佐野君は、いま、東京の或(あ)大学の文科に籍を置いているのであるが、あまり出来ないようである。いまに落第するかも知れない。 【結句】令嬢。よっぽ…

【最速レビュー】スガシカオ『労働なんかしないで 光合成だけで生きたい』

衝撃の前作『THE LAST』から早3年。 待望の、スガシカオ 11th Alubum『労働なんかしないで 光合成だけで生きたい』がリリースされた。 前作は、前職を辞めて仕事をしていなかった時期に発売されたことを思い出し、少し感慨に浸ってみる。 最近は、イヤフォン…

【日刊 太宰治全小説】#106「ろまん燈籠」その六

【冒頭】 ――美人であった。その顔は、輝くばかりに美しかった。――と長兄は、大いに興奮して書きつづけた。長兄の万年筆は、実に太い。ソーセージくらいの大きさである。その堂々たる万年筆を、しかと右手に握って胸を張り、きゅっと口を引き締め、まことに立…

【日刊 太宰治全小説】#105「ろまん燈籠」その五

【冒頭】 次男の病床の口述筆記は、短い割に、多少の飛躍があったようである。けれども、さすがに病床の粥腹(かゆばら)では、日頃、日本のあらゆる現代作家を冷笑している高慢無礼の驕児(きょうじ)も、その特異の才能の片鱗を、ちらと見せただけで、思案…

【日刊 太宰治全小説】#104「ろまん燈籠」その四

【冒頭】 三日目。 元日に、次男は郊外の私の家に遊びに来て、近代の日本の小説を片っ端からこきおろし、ひとりで興奮して、日の暮れる頃、「こりゃ、いけない。熱が出たようだ。」と呟き、大急ぎで帰って行った。果せるかな、その夜から微熱が出て、きのう…

【日刊 太宰治全小説】#103「ろまん燈籠」その三

【冒頭】 きょうは二日である。一家そろって、お雑煮を食べてそれから長女ひとりは、すぐに自分の書斎へしりぞいた。純白の毛糸のセエタアの、胸には、黄色い小さな薔薇の造花をつけている。机の前に少し膝を崩して坐り、それから眼鏡をはずして、にやにや笑…

【日刊 太宰治全小説】#102「ろまん燈籠」その二

【冒頭】 たいてい末弟が、よく出来もしない癖に、まず、まっさきに物語る。そうして、たいてい失敗する。けれども末弟は、絶望しない。こんどこそと意気込む。 【結句】 祖母を追い出してから、末弟は、おもむろに所謂、自分の考えなるものを書き加えた。 …

【日刊 太宰治全小説】#101「ろまん燈籠」その一

【冒頭】 八年まえに亡くなった、あの有名な洋画の大家、入江新之助氏の遺家族は皆すこし変っているようである。いや、変調子というのではなく、案外そのような暮しかたのほうが正しいので、かえって私ども一般の家庭のほうこそ変調子になているのかも知れな…

【日刊 太宰治全小説】#100「服装に就いて」

【冒頭】ほんの一時ひそかに凝った事がある。服装に凝ったのである。 【結句】私は今は、いいセルが一枚ほしい。何気なく着て歩ける衣服がほしい。けれども、衣服を買う事に於いては、極端に吝嗇(りんしょく)な私は、これからもさまざまに衣服の事で苦労する…

【日刊 太宰治全小説】#99「清貧譚」

【冒頭】以下に記すのは、かの聊斎志異(りょうさいしい)の中の一篇である。原文は、千八百三十四字、之を私たちの普通用いている四百字詰の原稿用紙に書き写しても、わずかにお四枚半くらいの極(ご)く短い小片に過ぎないのであるが、読んでいるうちに様々の…

【日刊 太宰治全小説】#98「佐渡」

【冒頭】おけさ丸。総噸(トン)数、四百八十八噸。旅客定員、一等、二十名。二等、七十七名。三等、三百二名。賃銀、一等、三円五十銭。二等、二円五十銭。三等、一円五十銭。粁程(キロてい)、六十三粁。新潟出帆、午後二時。佐渡夷(さどえびす)着、午後四時…

【日刊 太宰治全小説】#97「みみずく通信」

【冒頭】無事、大任を果しました。どんな大任だか、君は、ご存じないでしょう。「これから、旅に出ます。」とだけ葉書に書いて教え、どこへ何しに行くのやら君には申し上げていなかった。てれくさかったのです。また、君がそれを知ったら、れいの如く心配し…

【日刊 太宰治全小説】#96「東京八景」

【冒頭】伊豆の南、温泉が湧き出ているというだけで、他には何一つとるところの無い、つまらぬ山村である。戸数三十という感じである。こんなところは、宿泊料も安いであろうという、理由だけで、私はその索漠(さくばく)たる山村を選んだ。昭和十五年、七月…

【日刊 太宰治全小説】#95「乞食学生」第六回

【冒頭】 「青年よ、若き日のうちに享楽せよ!」 と教えし賢者の言葉のままに、 振舞うた我の愚かさよ。 (悔ゆるともいまは詮なし) 見よ!次のペエジにその賢者 素知らぬ顔して、記し置きける、 「青春は空(くう)に過ぎず、しかして、 弱冠は、無知に過…

【日刊 太宰治全小説】#94「乞食学生」第五回

【冒頭】 私は暫く何も、ものが言えなかった。裏切られ、ばかにされている事を知った刹那の、あの、つんのめされるような苦い墜落の味を御馳走されて気持で、食堂の隅の椅子に、どかりと坐った。私と向い合って、熊本君も坐った。やや後れて少年佐伯が食堂の…

【日刊 太宰治全小説】#93「乞食学生」第四回

【冒頭】 ワグネル君、 正直に叫んで、 成功し給え。 しんに言いたい事があるならば、 それをそのまま言えばよい。(ファウスト) 【結句】 「佐伯君は、いけません。悪魔です。」熊本君は、泣くような声で訴えた。「ご存じですか?きのう留置所から出たばか…