2019-02-01から1ヶ月間の記事一覧
【冒頭】桜が散って、このように葉桜のころになれば、私は、きっと思い出します。ーーとその老夫人は物語る。 【結句】私は、そう信じて安心しておりたいのでございますけれども、どうも、年とって来ると、物慾(ぶつよく)が起り、信仰も薄らいでまいって、…
【冒頭】 その夜、ああ、知っているものが見たら、ぎょっとするだろう。須々木乙彦は、生きている。生きて、ウイスキイを呑んでいる。 【結句】 ばかだ、ばかだ。ひとのめかけになるなんて。ばかだ。死ね!僕が殺してやる。」 「未完」 「火の鳥」について …
【冒頭】 高野さちよは、そのひとつきほどまえ、三木と同棲をはじめていた。数枝いいひと、死んでも忘れない、働かなければ、あたし、死ぬる、なんにも言えない、鷗(かもめ)は、あれは、唖(おし)の鳥です、とやや錯乱に似た言葉を書き残して、八重田和枝…
【冒頭】 成功であった。劇団は、「鷗座(かもめざ)」。劇場は、築地小劇場。狂言は、チェホフの三人姉妹。女優、高野幸代は、長女オリガを、見事に演じた。 【結句】 助七に、ぐんと脊中を押され、青年は、よろめき、何かあたたかい人間の真情をその脊中に…
【冒頭】 高野さちよを野薔薇としたら、八重田数枝は、あざみである。 【結句】 とにかく、この子が女優になるというし、これは、ひとつ、後援会でも組織せずばなるまい。 「火の鳥」について ・新潮文庫『新樹の言葉』所収。 ・昭和13年11月末から12…
【冒頭】 東京では、昭和六年の元旦に、雪が降った。未明より、ちらちら降りはじめ、昼ごろまでつづいた。ひる少しすぎ、戸山が原の雑木の林の陰に、外套の襟を立て、無帽で、煙草をふかしながら、いらいら歩きまわっている男が在った。 【結句】 ばりばりと…
【冒頭】 さちよは、ふたたび汽車に乗った。須々木乙彦のことが新聞に出て、さちよもその情婦として写真まで掲載され、とうとう故郷の伯父が上京し、警察のものが中に入り、さちよは伯父と一緒に帰郷しなければならなくなった。 【結句】 三木朝太郎は、くる…
【冒頭】 男は、何人でも、います。そう答えてやりたかった。おのれは醜いと恥じているのに、人から美しいと言われる女は、そいつは悲惨だ。 【結句】 青年は陰鬱(いんうつ)に堪えかねた。 「火の鳥」について ・新潮文庫『新樹の言葉』所収。 ・昭和13…
【冒頭】 高野さちよは、奥羽の山の中に生れた。祖先の、よい血が流れていた。 【結句】 このひとは、なんにも知らないのだ。私たちが、どんなにみじめな、くるしい生活をしているのか、このお坊ちゃんには、なんにもわかっていないのだ。そう思ったら、微笑…
【冒頭】 昔の話である。須々木乙彦は古着屋へはいって、君のところに黒の無地の羽織はないか、と言った。 【結句】 須々木乙彦は、完全に、こと切れていた。 女は、生きた。 「火の鳥」について ・新潮文庫『新樹の言葉』所収。 ・昭和13年11月末から1…
【冒頭】 兄妹、五人あって、みんなロマンスが好きだった。 【結句】 兄妹五人、ぎょっとして立ち上がった。 母は、ひとり笑い崩れた。 「愛と美について」について ・新潮文庫『新樹の言葉』所収。 ・昭和14年3月上旬から中旬までの間頃に脱稿。 ・昭和…
【冒頭】 祝言の夜ふけ、新郎と新婦が将来のことを語り合っていたら、部屋の襖(ふすま)のそとでさらさら音がした。ぎょっとして、それから二人こわごわ這い出し、襖をそっとあけてみると、祝い物の島台に飾られてある伊勢海老が、まだ生きていて、大きな髭…
【冒頭】 甲府は盆地である。四辺、皆、山である。小学生のころ、地理ではじめて、盆地という言葉に接して、訓導からさまざまに説明していただいたが、どうしても、その実景を、想像してみることができなかった。甲府へ来て見て、はじめて、なるほどと合点で…
【冒頭】 あの、私は、どんな小説を書いたらいいのだろう。私は、物語の洪水の中に住んでいる。役者になれば、よかった。私は、私の寝顔をさえスケッチできる。 私が死んでも、私の死顔を、きれいにお化粧してくれる、かなしいひとだって在るのだ。Kが、それ…
【冒頭】私の数ある悪徳の中で、最も顕著の悪徳は、怠惰である。これは、もう、疑いをいれない。よほどのものである。 【結句】夜の次には、朝が来る。 「懶惰(らんだ)の歌留多(かるた)」について ・新潮文庫『新樹の言葉』所収。・昭和12年10月から12…
【冒頭】あさ、眼をさますときの気持ちは、面白い。かくれんぼのとき、押入れの真暗い中に、じっと、しゃがんで隠れていて、突然、でこちゃんに、がらっと襖(ふすま)をあけられ、日の光がどっと来て、でこちゃんに、「見つけた!」と大声で言われて、まぶし…
【冒頭】私は子供のときには、余り質(たち)のいい方ではなかった。女中をいじめた。私は、のろくさいことは嫌いで、それゆえ、のろくさい女中を殊(こと)にもいじめた。お慶は、のろくさい女中である。 【結句】負けた。これは、いいことだ。そうでなければ、…
【冒頭】ことさらに、月見草を選んだわけは、富士には月見草がよく似合うと、思い込んだ事情があったからである。 【結句】富士を見ると、甲府の富士は、山々のうしろから、三分の一ほど顔を出している。酸漿(ほおずき)に似ていた。 「続(ぞく)、富嶽百景(ふ…
【冒頭】富士の頂角、広重の富士は八十五度、文晃(ぶんちょう)の富士も八十四度くらい、けれども、陸軍の実測図によって東西及南北に断面図を作ってみると、東西縦断は頂角、百二十四度となり、南北は百十七度である。広重、文晃に限らず、たいていの絵の富…
【冒頭】くるしさは、忍従の夜。あきらめの朝。この世とは、あきらめの努めか。わびしさの堪えか。わかさ、かくて、日に虫食われゆき、仕合せも、陋巷(ろうこう)の内に、見つけし、となむ。 【結句】あの夜の女工さんは、あのいい声のひとであるか、どうかは…
【冒頭】そのとき、「いいの。あたしは、きちんと仕末いたします。はじめから覚悟していたことなのです。ほんとうに、もう」変った声で呟いたので、「それはいけない。おまえの覚悟というのは私にわかっている。ひとりで死んでゆくつもりか、でなければ、身…
【冒頭】これは、いまから、四年まえの話である。 【結句】年つき経つほど、私には、あの女性の姿が美しく思われる。あれは、お医者さんの奥さんのさしがねかも知れない。 「満願(まんがん)」について ・新潮文庫『走れメロス』所収。・昭和13年7月下旬頃…
【冒頭】言えば言うほど、人は私を信じて呉れません。逢うひと、逢うひと、みんな私を警戒いたします。ただ、なつかしく、顔を見たくて訪ねていっても、なにしに来たというような目つきでもって迎えて呉れます。たまらない思いでございます。 【結句】私たち…
昭和12年(1936年)6月1日。新潮社から「新選純文学叢書」の一冊として、太宰2冊目の作品集『虚構の彷徨 ダス・ゲマイネ』が刊行されました。 処女作品集『晩年』の刊行から約1年後。パビナール中毒による東京武蔵野病院への入院や最初の妻・初代さんとの心…
【冒頭】十三日。 なし。十四日。 なし。十五日。 かくまで深き、十六日。 なし。十七日。 なし。十八日。 ものかいて扇ひき裂くなごり哉 ふたみにわかれ十九日。 十月十三日より、板橋区のとある病院にいる。 【結句】この日、午後一時半、退院。 「HUMAN(…
【冒頭】 こんな話を聞いた。たばこ屋の娘で、小さく、愛くるしいのがいた。男は、この娘のために、飲酒をやめようと決心した。娘は、男のその決意を聞き、「うれしい。」と呟いて、うつむいた。うれしそうであった。 【結句】 これは、かの新人競作、幻燈の…
有名な太宰のフレーズ「生れて、すみません。」がエピグラフに掲げられた短篇。
【冒頭】「書きたくないことだけを、しのんで書き、困難と思われる形式だけを、えらんで創り、デパートの紙包さげてぞろぞろ路ゆく小市民のモラルの一切を否定し、十九歳の春、わが名は海賊の王、チャイルド・ハロルド、清らなる一行の詩の作者、たそがれ、…
【冒頭】太宰イツマデモ病人ノ感覚ダケニ興ジテ、高邁ノ精神ワスレテハイナイカ、コンナ水族館ノめだかミタイナ、片仮名、読ミニククテカナワヌ、ナドト佐藤ジイサン、言葉ハ怒リ、内心ウレシク、ドレドレ、ト眼鏡カケナオシテ、エエト、ナニナニ? 【結句】…