記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

【日めくり太宰治】3月28日

3月28日の太宰治。 1948年(昭和23年)3月28日。 太宰治 38歳。 「展望」連載第一回分の「人間失格」百三枚、「第二の手記」までを脱稿し、三月三十一日、帰京。 太宰の近況 ー富栄の日記から 3月8日、9日の記事でも紹介しましたが、太宰は…

【日めくり太宰治】3月27日

3月27日の太宰治。 1947年(昭和22年)3月27日。 太宰治 37歳。 三鷹駅前の屋台で、今野貞子に紹介されて初めて山崎富栄と識り合った。 太宰と富栄の出逢い 今日は、太宰と最期を共にした、山崎富栄との出逢いを紹介します。 富栄は、太宰との…

【日めくり太宰治】3月26日

3月26日の太宰治。 1940年(昭和15年)3月26日。 太宰治 30歳。 三月二十五日付発行の「都新聞」に「作家の像(上)」を、三月二十六日付発行の同紙に「作家の像(中)」を、三月二十七日付発行の同紙に「作家の像(下)」をと、連載発表。 『…

【日めくり太宰治】3月25日

3月25日の太宰治。 1930年(昭和5年)3月25日。 太宰治 20歳。 三月二十五日付発行の「帝国大学新聞」第三百三十三号に文学部の合格者氏名が発表される。 太宰、東京帝国大学に合格 3月13日の記事で、太宰の東京帝国大学の入学者選抜試験に…

【日めくり太宰治】3月24日

3月24日の太宰治。 1925年(大正14年)3月24日。 太宰治 15歳。 三月二十四日付で、青森中学校「校友会誌」第三十四号が発行され、「最後の太閤」を津島修治の署名で発表。この頃から、作家になることを願望しはじめて、創作に熱中した。 最初…

【日めくり太宰治】3月23日

3月23日の太宰治。 1937年(昭和12年)3月23日。 太宰治 23歳。 夜十一時頃、井伏鱒二より北芳四郎に電話があり、北芳四郎が井伏鱒二宅を訪問。太宰治と井伏鱒二、北芳四郎(きたよししろう)とが面談した。 水上心中事件の顛末 今日は、3月2…

【日めくり太宰治】3月22日

3月22日の太宰治。 1940年(昭和15年)3月22日。 太宰治 30歳。 三月二十二、三日頃、田中英光(たなかひでみつ)が三鷹に訪れ、初めて対面。 田中英光(たなかひでみつ)との出会い 田中英光(たなかひでみつ)(1913~1949)は、太宰治の…

【日めくり太宰治】3月21日

3月21日の太宰治。 1935年(昭和10年)3月21日。 太宰治 25歳。 三月二十日頃、小田嶽夫が天沼の住居を訪れた時、「太宰治は首にまっ白い包帯をしていた」。 縊死(いし)未遂事件の顛末 長兄・津島文治に東京帝大を卒業できなかったら仕送りを…

【日めくり太宰治】3月20日

3月20日の太宰治。 1933年(昭和12年)3月20日。 太宰治 27歳。 三月二十日前後、初代とともに水上(みなかみ)村谷川温泉に行き、川久保屋に一泊。 太宰治水上心中 3月20日前後、太宰は妻・小山初代(おやまはつよ)とともに、群馬県の水上村…

【日めくり太宰治】3月19日

3月19日の太宰治。 1942年(昭和17年)3月19日。 太宰治 32歳。 小山清(こやまきよし)が旅館に訪れ一泊。 タイミングの悪い小山清 太宰は、1942年(昭和17年)3月10日から3月20日までの10日間、奥多摩御嶽駅前の和歌松旅館に滞…

【日めくり太宰治】3月18日

3月18日の太宰治。 1935年(昭和10年)3月18日。 太宰治 25歳。 夜、井伏鱒二、伊馬鵜平、中村地平、檀一雄、飛島定城(とびしまていじょう)、平岡敏男、吉沢祐五郎などの知友が暗然としていると、十二時前後頃、ふらりと頸部(けいぶ)に赤く太…

【日めくり太宰治】3月17日

3月17日の太宰治。 1946年(昭和21年)3月17日。 太宰治 36歳。 三月上旬、次兄・津島英治の一人息子・津島一雄が、弘前市元寺町の青森師範学校を受験することになり、同行で教職に就いていた小野正文を訪ね、男子部長・築山治三郎に逢った。 …

【日めくり太宰治】3月16日

3月16日の太宰治。 1935年(昭和10年)3月16日。 太宰治 25歳。 街を見下ろす鎌倉八幡宮の裏山で、縊死(いし)を図ったが紐が切れ、未遂に終わった。 鎌倉八幡宮の裏山で縊死未遂 3月14日の記事で紹介しましたが、東京帝国大学が落第と分か…

【日めくり太宰治】3月15日

3月15日の太宰治。 1941年(昭和16年)3月15日。 太宰治 31歳。 「ピノチオ」での阿佐ヶ谷将棋会に出席した。出席者十二名、会後「ピノチオ」で酒宴。 太宰と将棋 阿佐ヶ谷会は、2月5日の「御嶽ハイキング」の記事でも紹介しました。 阿佐ヶ…

【日めくり太宰治】3月14日

3月14日の太宰治。 1935年(昭和10年)3月14日。 太宰治 25歳。 三月、東京帝国大学は落第と決定し、都新聞社の入社試験を受けたが、失敗。 太宰の就職活動 1月24日の記事で、東京帝国大学在学5年目にして取得単位ゼロだった太宰が、大学…

【日めくり太宰治】3月13日

3月13日の太宰治。 1930年(昭和5年)3月13日。 太宰治 20歳。 東京帝国大学の入学者選抜試験を受験。 太宰の東大受験 太宰は、東京帝国大学文学部仏蘭西(フランス)文学科の入学者選抜試験を受けるために上京、本郷区森川町の下宿屋に宿を取っ…

【日めくり太宰治】3月12日

3月12日の太宰治。 1936年(昭和11年)3月12日。 太宰治 26歳。 第二回(昭和十年下半期)芥川龍之介賞決定。該当者なし。済生会芝病院退院「約一ヶ月後再ビ最初ハ船橋ノ某医ニヨリパビナール・アトロピン注射ヲハジメ(皮下)間モナク自ラ注…

【日めくり太宰治】3月11日

3月11日の太宰治。 1947年(昭和22年)3月11日。 太宰治 37歳。 三月、小料理屋「千草(ちぐさ)」が、三鷹町下連雀二百十二番地の野川あやの方の斜め向かいの下連雀二百十二番地で店を始め、店の夫婦(鶴巻幸之助、増田静江)と旧知の間柄であ…

【日めくり太宰治】3月10日

3月10日の太宰治。 1945年(昭和20年)3月10日。 太宰治 35歳。 陸軍記念日の零時少し前から、本所、深川、下谷、浅草、城東など東京市中下町の各区に、マリアナ基地を発進したアメリカ空軍機B29約百五十機の、焼夷弾による大襲撃があった…

【日めくり太宰治】3月9日

3月9日の太宰治。 1948年(昭和23年)3月9日。 太宰治 38歳。 太宰の発言が発端となり、山崎富栄と夜通し、語り明かす。 太宰が富栄に告げた言葉 昨日の記事でも取り上げましたが、1948年(昭和23年)のこの頃、太宰は『人間失格』執筆の…

【日めくり太宰治】3月8日

3月8日の太宰治。 1948年(昭和23年)3月8日。 太宰治 38歳。 前日3月7日から、眺望のいい起雲閣別館に滞在。3月8日から、外部との交渉を断って、「人間失格」の執筆に専念した。「山のテッペンでカンヅメには好適」の場所であった。 起雲閣…

【日めくり太宰治】3月7日

3月7日の太宰治。 1943年(昭和18年)3月7日。 太宰治 33歳。 三月六日、七日。四谷の音楽スタジオで、阿部合成(あべごうせい)の個展が開かれた。その下見に阿部合成夫妻、山岸外史と会場に行き、その直後山岸外史から絶交状が送られてきて、四…

【日めくり太宰治】3月6日

3月6日の太宰治。 1943年(昭和18年)3月6日。 太宰治 33歳。 三月六日、七日。四谷の音楽スタジオで、阿部合成(あべごうせい)の個展が開かれた。その下見に阿部合成夫妻、山岸外史と会場に行き、その直後山岸外史から絶交状が送られてきて、四…

【日めくり太宰治】3月5日

3月5日の太宰治。 1937年(昭和12年)3月5日。 太宰治 27歳。 三月上旬。小館善四郎(こだてぜんしろう)が、帝国美術学校に卒業作品を提出するために上京、提出後、久富邦夫と碧雲荘(へきうんそう)に立ち寄り、「初代の手料理」で酒盃を傾けた。…

【日めくり太宰治】3月4日

3月4日の太宰治。 1923年(大正12年)3月4日。 太宰治 13歳。 東京市神田区小川町三十三番地佐野病院に入院中であった父源右衛門の容態が険悪となり、午後四時、ついに不帰の客となった。享年五十三歳。貴族院議員在任わずか四か月目の出来事で…

【日めくり太宰治】3月3日

3月3日の太宰治。 1946年(昭和21年)3月3日。 太宰治 36歳。 金木文化会(会長一戸正三)発表会に出席、「文化とは何んぞや」と題して祝辞を述べた。「文化とは優である。優とは人を憂うと書くが、それが文化だ」と語ったという。「会には役場…

【日めくり太宰治】3月2日

3月2日の太宰治。 1939年(昭和14年)3月2日。 太宰治 29歳。 三月二日付発行の「国民新聞」に「短篇小説コンクール(17)」として「黄金風景 (上)」を、三月三日付発行の同紙に同じく「(17)」として「黄金風景(下)」を発表。 結婚後…

【日めくり太宰治】3月1日

3月1日の太宰治。 1940年(昭和15年)3月1日。 太宰治 30歳。 三月一日付発行の「月刊文章」三月号に「女の決闘(中篇)連載第三回」として「第三」を、同日付発行の「婦人画報」三月号に「老(アルト)ハイデルベルヒ」を、同日付発行の「知性」…

【日めくり太宰治】2月29日

2月29日の太宰治。 1948年(昭和23年)2月29日。 太宰治 38歳。 午後、平岡敏男と古谷綱正が「千草」に居る太宰治を訪れた。 酒だけが俺を生かしておいてくれる 2020年の今年は、4年に一度の閏年(うるうどし)。 1909年(明治42年)…

【日めくり太宰治】2月28日

2月28日の太宰治。 1942年(昭和17年)2月28日。 太宰治 32歳。 木村庄助(きむらしょうすけ)が亀島の健康道場を退院した。 ひばりのモデル・木村庄助 木村庄助(きむらしょうすけ)(1921~1943)は、太宰の長篇小説『パンドラの匣』の…