記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

太田静子

【日めくり太宰治】10月11日

10月11日の太宰治。 1946年(昭和21年)10月11日。 太宰治 37歳。 太田静子に手紙を送る。 金木から「小田静夫」への手紙 1945年(昭和20年)7月31日、太宰は三鷹、そして甲府を経て、故郷・金木へ疎開します。太宰は、翌1946…

【日めくり太宰治】9月7日

9月7日の太宰治。 1941年(昭和16年)9月7日。 太宰治 32歳。 九月上旬頃、太田静子(おおたしずこ)、児玉信子、金子良子などが三鷹の家を訪問。 太宰と太田静子の出逢い 太田静子(おおたしずこ)(1912~1982)は、1912年(大正2年…

【日めくり太宰治】8月7日

8月7日の太宰治。 1938年(昭和13年)8月7日。 太宰治 29歳。 青森駅前通りの成田本店で、母くらから聞いた人の著書『虚構の彷徨、ダス・ゲマイネ』を発見して購い、連絡船の中で読んだという。 著作をめぐる2人の女性の物語 今日は、太宰を取…

【日めくり太宰治】5月25日

5月25日の太宰治。 1947年(昭和22年)5月25日。 太宰治 37歳。 朝からビールを飲み、午後、画室で太田静子をモデルに絵を描き、それを彼女に渡して桜井浜江宅を辞し、太田静子と別れた。 太田静子の三鷹来訪 今日、紹介するのは、太宰と山崎…

【日めくり太宰治】5月23日

5月23日の太宰治。 1948年(昭和23年)5月23日。 太宰治 38歳。 五月二十三日から二十七日付、山崎富栄の日記。 「修治さんに、憂鬱(ゆううつ)な嫉妬と不安」 今日は、山崎富栄が 1948年(昭和38年)5月23日~5月27日までの5日間…

【日めくり太宰治】5月16日

5月16日の太宰治。 1948年(昭和23年)5月16日。 太宰治 38歳。 山崎富栄、五月十六日の日記。 太宰と3人の女性たち まずは、1948年(昭和23年)5月16日付、太宰の愛人・山崎富栄の日記を引用して紹介します。 五月十六日 昨夕、ア…

【日めくり太宰治】4月16日

4月16日の太宰治。 1948年(昭和23年)4月16日。 太宰治 38歳。 山崎富栄が、太田静子宛の手紙を「太宰代理」として代筆。 富栄、太田静子への手紙を代筆 1947年(昭和22年)11月12日、太田静子は、娘・治子さんを出産します。 同月…

【日めくり太宰治】3月9日

3月9日の太宰治。 1948年(昭和23年)3月9日。 太宰治 38歳。 太宰の発言が発端となり、山崎富栄と夜通し、語り明かす。 太宰が富栄に告げた言葉 昨日の記事でも取り上げましたが、1948年(昭和23年)のこの頃、太宰は『人間失格』執筆の…

【日めくり太宰治】2月26日

2月26日の太宰治。 1947年(昭和22年)2月26日。 太宰治 37歳。 朝九時頃、太田静子の大判ノート四冊に書かれていたという日記と「少女時代の断片」とを携帯して大雄山荘を発ち、小田原駅から、静岡県伊豆三津浜に向かい、同日、田中英光が妻…

【日めくり太宰治】2月24日

2月24日の太宰治。 1947年(昭和22年)2月24日。 太宰治 37歳。 夕方、太田静子に案内されて同じ下曽我村の谷津に住む尾崎一雄宅を訪問、午後十時頃、尾崎一雄の義弟に送られて大雄山荘に帰った。 太宰、尾崎一雄宅を訪問 2月21日の記事で…

【日めくり太宰治】2月21日

2月21日の太宰治。 1947年(昭和22年)2月21日。 太宰治 37歳。 「原稿用紙と聖書と辞林」その他を入れたリュックサックを背負って自宅を出発。伊豆へ行く途中、母が逝去して一人暮しをしていた太田静子を、神奈川県足柄下郡下曽我村原の大雄…

【日めくり太宰治】1月6日

1月6日の太宰治。 1947年(昭和22年)1月6日。 太宰治 37歳。 木枯の強く吹くなか、太田静子が三鷹郵便局近くの仕事部屋を訪れた。吉祥寺の「コスモス」の奥座敷に案内して、太田静子に勧めて書き続けさせていた日記を見たいと伝えた。 太宰と日…