記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

斜陽

【日めくり太宰治】2月26日

2月26日の太宰治。 1947年(昭和22年)2月26日。 太宰治 37歳。 朝九時頃、太田静子の大判ノート四冊に書かれていたという日記と「少女時代の断片」とを携帯して大雄山荘を発ち、小田原駅から、静岡県伊豆三津浜に向かい、同日、田中英光が妻…

【日めくり太宰治】2月24日

2月24日の太宰治。 1947年(昭和22年)2月24日。 太宰治 37歳。 夕方、太田静子に案内されて同じ下曽我村の谷津に住む尾崎一雄宅を訪問、午後十時頃、尾崎一雄の義弟に送られて大雄山荘に帰った。 太宰、尾崎一雄宅を訪問 2月21日の記事で…

【日めくり太宰治】2月21日

2月21日の太宰治。 1947年(昭和22年)2月21日。 太宰治 37歳。 「原稿用紙と聖書と辞林」その他を入れたリュックサックを背負って自宅を出発。伊豆へ行く途中、母が逝去して一人暮しをしていた太田静子を、神奈川県足柄下郡下曽我村原の大雄…

【日めくり太宰治】1月6日

1月6日の太宰治。 1947年(昭和22年)1月6日。 太宰治 37歳。 木枯の強く吹くなか、太田静子が三鷹郵便局近くの仕事部屋を訪れた。吉祥寺の「コスモス」の奥座敷に案内して、太田静子に勧めて書き続けさせていた日記を見たいと伝えた。 太宰と日…

【日刊 太宰治全小説】#246「斜陽」八

【冒頭】ゆめ。皆が、私から離れて行く。直治の死のあと始末をして、それから一箇月間、私は冬の山荘にひとりで住んでいた。そうして私は、あのひとに、おそらくはこれが最後の手紙を、水のような気持で、書いて差し上げた。 【結句】ご不快でしょうか。ご不…

【日刊 太宰治全小説】#245「斜陽」七

【冒頭】直治の遺書。姉さん。だめだ。さきに行くよ。 【結句】さようなら。ゆうべのお酒の酔いは、すっかり醒(さ)めています。僕は、素面(しらふ)で死ぬんです。もういちど、さようなら。姉さん。僕は、貴族です。 「斜陽(しゃよう) 七」について ・新潮文…

【日刊 太宰治全小説】#244「斜陽」六

【冒頭】戦闘、開始。 【結句】弟の直治は、その朝に自殺していた。 「斜陽(しゃよう) 六」について ・新潮文庫『斜陽』所収。・昭和22年5月頃に脱稿。・昭和22年9月1日、『新潮』九月号に「斜陽(長篇連載第三回)」として「五」「六」を掲載。斜陽 …

【日刊 太宰治全小説】#243「斜陽」五

【冒頭】私は、ことしの夏、或(あ)る男のひとに、三つの手紙を差し上げたが、ご返事は無かった。 【結句】お死顔は、殆(ほと)んど、変らなかった。お父上の時は、さっと、お顔の色が変ったけれども、お母さまのお顔の色は、ちっとも変らずに、呼吸だけが絶え…

【日刊 太宰治全小説】#242「斜陽」四

【冒頭】お手紙、書こうか、どうしようか、ずいぶん迷っていました。けれども、けさ、鳩(はと)のごとく素直(すなお)に、蛇(へび)のごとく慧(さと)かれ、というイエスの言葉をふと思い出し、奇妙に元気が出て、お手紙を差し上げる事にしました。直治(なおじ)…

【日刊 太宰治全小説】#241「斜陽」三

【冒頭】どうしても、もう、とても、生きておられないような心細さ。これが、あの、不安、とかいう感情なのであろうか。 【結句】不良でない人間があるだろうか、とあのノートブックに書かれていたけれども、そう言われてみると、私だって不良、叔父さまも不…

【日刊 太宰治全小説】#240「斜陽」二

【冒頭】蛇(へび)の卵の事があってから、十日ほど経(た)ち、不吉な事がつづいて起り、いよいよお母さまの悲しみを深くさせ、そのお命を薄くさせた。 【結句】思うと、その日あたりが、私たちの幸福の最後の残り火の光が輝いた頃で、それから、直治(なおじ)が…

【日刊 太宰治全小説】#239「斜陽」一

【冒頭】朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、「あ」と幽(かす)かな叫び声をお挙げになった。 【結句】恋、と書いたら、あと、書けなくなった。 「斜陽(しゃよう) 一」について ・新潮文庫『斜陽』所収。・昭和22年3月6日に脱稿。・昭和…

嬉しい贈り物〜スクランブル読書

太宰さん、事件です! つい最近も、同じ書き出しで書き始めたような気がするのですが、そこはご愛敬。 なんて言ったって、太宰治生誕110周年という記念すべきこの年に、こんなに嬉しい出来事に恵まれるなんて! そもそもの発端は、3月12日付、日本近代文学元…