記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

山崎富栄

【日めくり太宰治】6月27日

6月27日の太宰治。 1947年(昭和22年)6月27日。 太宰治 38歳。 山崎富栄、六月二十七日の日記。 「太宰さんと旅をする」 今日は、1947年(昭和22年)6月27日付の山崎富栄の日記を引用して紹介します。 六月二十七日 太宰さんと旅を…

【日めくり太宰治】6月17日

6月17日の太宰治。 1948年(昭和23年)6月17日。 太宰治 38歳。 六月十五日から六月二十日にかけて、太宰失踪について新聞報道される。 心中事件後の朝日新聞報道 1948年(昭和23年)6月13日未明。太宰が愛人・山崎富栄とともに玉川…

【日めくり太宰治】6月14日

6月14日の太宰治。 1948年(昭和23年)6月14日。 太宰治 38歳。 遺書を発見。美知子、仕事部屋先の鶴巻幸之助、出版雑誌社、友人宛などがあり、三人の子供たちへの蟹(かに)の玩具、友人たちへの遺品、「グッド・バイ」十回分の校正刷と、十三…

【日めくり太宰治】6月13日

6月13日の太宰治。 1948年(昭和23年)6月13日。 太宰治 38歳。 午後十一時半から十四日午前四時頃までの間に、普段着の軽装で山崎富栄と家出、玉川上水に入水した死亡時刻は十四日午後一時頃と推定されている。 太宰と富栄、玉川上水に入水す…

【日めくり太宰治】6月10日

6月10日の太宰治。 1947年(昭和22年)6月10日。 太宰治 37歳。 山崎富栄、六月十日の日記。 太宰、富栄に「別れよう――」 まずは、1947年(昭和22年)6月10日付の山崎富栄の日記を引用します。 六月十日 苦労しています。 三鷹では生…

【日めくり太宰治】6月5日

6月5日の太宰治。 1948年(昭和23年)6月5日。 太宰治 38歳。 六月四日の夕方、自宅から打電して、「新潮」編輯記者野平健一を呼び、ほとんど徹夜して、「如是我聞(にょぜがもん)(四)」を口述筆記させ、六月五日に完成した。 『如是我聞(にょ…

【日めくり太宰治】5月25日

5月25日の太宰治。 1947年(昭和22年)5月25日。 太宰治 37歳。 朝からビールを飲み、午後、画室で太田静子をモデルに絵を描き、それを彼女に渡して桜井浜江宅を辞し、太田静子と別れた。 太田静子の三鷹来訪 今日、紹介するのは、太宰と山崎…

【日めくり太宰治】5月23日

5月23日の太宰治。 1948年(昭和38年)5月23日。 太宰治 38歳。 五月二十三日から二十七日付、山崎富栄の日記。 「修治さんに、憂鬱(ゆううつ)な嫉妬と不安」 今日は、山崎富栄が 1948年(昭和38年)5月23日~5月27日までの5日間…

【日めくり太宰治】5月22日

5月22日の太宰治。 1948年(昭和23年)5月22日。 太宰治 38歳。 山崎富栄、五月二十二日の日記。 「恋している女があるんだ」 まずは、1948年(昭和23年)5月22日付の山崎富栄の日記を引用してみます。 五月二十二日「僕ね、こないだ…

【日めくり太宰治】5月16日

5月16日の太宰治。 1948年(昭和23年)5月16日。 太宰治 38歳。 山崎富栄、五月十六日の日記。 太宰と3人の女性たち まずは、1948年(昭和23年)5月16日付、太宰の愛人・山崎富栄の日記を引用して紹介します。 五月十六日 昨夕、ア…

【日めくり太宰治】5月14日

5月14日の太宰治。 1948年(昭和23年)5月14日。 太宰治 38歳。 末常卓郎(すえつねたくろう)が来訪し、「朝日新聞」への連載小説の執筆条件などについて相談した。 太宰の「朝日新聞」連載小説 1948年(昭和23年)5月14日、朝日新聞…

【日めくり太宰治】5月4日

5月4日の太宰治。 1947年(昭和22年)5月4日。 太宰治 37歳。 山崎富栄、五月三日、五月四日の日記。 富栄、歓びと葛藤と 太宰と山崎富栄が出逢ったのは、1947年(昭和22年)3月27日。 今日は、この出逢いから約1ヶ月が経った、同年5…

【日めくり太宰治】5月1日

5月1日の太宰治。 1947年(昭和22年)5月1日。 太宰治 37歳。 五月一日付、山崎富栄の日記。 富栄、薄ら寒い夜の記憶 今日は、太宰の愛人・山崎富栄の5月1日付の日記を紹介します。 五月一日“単なる友達として異性と遊ぶことすら、現代の若人…

【日めくり太宰治】4月29日

4月29日の太宰治。 1948年(昭和23年)4月29日。 太宰治 38歳。 筑摩書房主古田晁(ふるたあきら)の計らいで、大宮市大門町三丁目百三番地の小野沢清澄方の奥の間の八畳と三畳との二間を借り、三畳の間を仕事部屋として「人間失格」の「第三の…

【日めくり太宰治】4月16日

4月16日の太宰治。 1948年(昭和23年)4月16日。 太宰治 38歳。 山崎富栄が、太田静子宛の手紙を「太宰代理」として代筆。 富栄、太田静子への手紙を代筆 1947年(昭和22年)11月12日、太田静子は、娘・治子さんを出産します。 同月…

【日めくり太宰治】3月28日

3月28日の太宰治。 1948年(昭和23年)3月28日。 太宰治 38歳。 「展望」連載第一回分の「人間失格」百三枚、「第二の手記」までを脱稿し、三月三十一日、帰京。 太宰の近況 ー富栄の日記から 3月8日、9日の記事でも紹介しましたが、太宰は…

【日めくり太宰治】3月27日

3月27日の太宰治。 1947年(昭和22年)3月27日。 太宰治 37歳。 三鷹駅前の屋台で、今野貞子に紹介されて初めて山崎富栄と識り合った。 太宰と富栄の出逢い 今日は、太宰と最期を共にした、山崎富栄との出逢いを紹介します。 富栄は、太宰との…

【日めくり太宰治】3月9日

3月9日の太宰治。 1948年(昭和23年)3月9日。 太宰治 38歳。 太宰の発言が発端となり、山崎富栄と夜通し、語り明かす。 太宰が富栄に告げた言葉 昨日の記事でも取り上げましたが、1948年(昭和23年)のこの頃、太宰は『人間失格』執筆の…

【日めくり太宰治】3月8日

3月8日の太宰治。 1948年(昭和23年)3月8日。 太宰治 38歳。 前日3月7日から、眺望のいい起雲閣別館に滞在。3月8日から、外部との交渉を断って、「人間失格」の執筆に専念した。「山のテッペンでカンヅメには好適」の場所であった。 起雲閣…

【考察】太宰治は、本当に首を絞められたのか?

"太宰治は、本当に首を絞められたのか?" 今回は、ちょっとセンセーショナルなタイトルですが、最後まで読んで頂ければ、タイトルに込めた想いも理解して頂けるのではないかと思っています。 太宰治は今年2019年6月19日に、生誕110周年を迎えます。 太宰を"…