記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

2019-07-01から1ヶ月間の記事一覧

【日刊 太宰治全小説】#212「貨幣」

【冒頭】私は七七八五一号の百円紙幣です。あなたの財布の中の百円紙幣をちょっと調べてみて下さいまし。或(ある)いは私はその中に、はいっているかも知れません。 【結句】仲間はみんな一様に黙って首肯(うなず)きました。 「貨幣(かへい)」について ・新潮…

【日刊 太宰治全小説】#211「嘘」

【冒頭】「戦争が終ったら、こんどはまた急に何々主義だの、あさましく騒ぎまわって、演説なんかしているけれども、私は何一つ信用できない気持です。主義も、思想もへったくれも要らない。男は嘘をつく事をやめて、女は慾(よく)を捨てたら、それでもう日本…

【日刊 太宰治全小説】#210「親という二字」

【冒頭】 親という二字と無筆の親は言い。この川柳は、あわれである。「どこへ行って、何をするにしても、親という二字だけは忘れないでくれよ。」「チャンや。親という字は一字だよ。」「うんまあ、仮りに一字が三字であってもさ。」この教訓は、駄目である…

【日刊 太宰治全小説】#209「庭」

【冒頭】 東京の家は爆弾でこわされ、甲府市の妻の実家に移転したが、この家が、こんどは焼夷弾(しょういだん)でまるやけになったので、私と妻と五歳の女児と二歳の男児と四人が、津軽の私の生れた家に行かざるを得なくなった。 【結句】 兄は、けさは早く起…

【日刊 太宰治全小説】#208「パンドラの匣」十三

【冒頭】 謹啓。きょうは、かなしいお知らせを致します。もっとも、かなしいといっても、恋しいという字にカナしいと振仮名をつけたみたいな、妙な気持のカナしさだ。 【結句】 「私はなんにも知りません。しかし、伸びて行く方向に陽(ひ)が当るようです。」…

【日刊 太宰治全小説】#207「パンドラの匣」十二

【冒頭】 昨日の御訪問、なんとも嬉しく存じました。その折には、また僕には花束。竹さんとマア坊には赤い小さな英語の辞典一冊ずつのお土産。いかにも詩人らしい、親切な思いつきで、殊(こと)にも、竹さんとマア坊にお土産を持って来てくれたのは有難(あり…

【日刊 太宰治全小説】#206「パンドラの匣」十一

【冒頭】 御返事をありがとう。先日の「嵐の夜の会談」に就いての僕の手紙が、たいへん君の御気に召したようで、うれしいと思っている。 【結句】 もっとも君は、既に、君の周囲に於いて、さらにすぐれた清潔の美果を味っているかも知れないが。 十月二十日 …

【日刊 太宰治全小説】#205「パンドラの匣」十

【冒頭】 拝啓。ひどい嵐だったね。野分(のわき)というものなのかしら。これでは、アメリカの進駐軍もおどろいているだろう。 【結句】 男って、いいものだねえ。マア坊だの、竹さんだの、てんで問題にも何もなりゃしない。以上、地獄の燈火と題する道場便り…

【日刊 太宰治全小説】#204「パンドラの匣」九

【冒頭】 一昨日は、どうも、つくし殿の名文に圧倒され、ペンが震えて文字が書けなくなり、尻切とんぼのお手紙になって失礼しました。 【結句】 マア坊の夢は悪い夢で、早く忘れてしまいたいが、竹さんの夢は、もしこれが夢であったら、永遠に醒(さ)めずにい…

【日刊 太宰治全小説】#203「パンドラの匣」八

【冒頭】 僕がいつも君に、こんな下手な、つまらぬ手紙を書いて、時々ふっと気まりの悪いような思いに襲われ、もうこんな、ばかばかしい手紙なんか書くまいと決意する事も再三あったが、しかし、きょう或るひとの実に偉大な書翰(しょかん)に接し、上には上が…

【日刊 太宰治全小説】#202「パンドラの匣」七

【冒頭】 さっそくの御返事、たのしく拝読しました。高等学校へはいると、勉強もいそがしいだろうに、こんなに長い御手紙を書くのは、たいへんでしょう。 【結句】 僕はみんなを愛している。きざかね。 九月二十六日 「パンドラの匣」について ・新潮文庫『…

【日刊 太宰治全小説】#201「パンドラの匣」六

【冒頭】 こないだから、女の事ばかり書いて、同室の諸先輩に就いての報告を怠っていたようだから、きょうは一つ「桜の間」の塾生たちの消息をお伝え申しましょう。 【結句】 冗談、失礼。朝夕すずしくなりました。常に衛生、火の用心とはここのところだ。僕…

【日刊 太宰治全小説】#200「パンドラの匣」五

【冒頭】 さっそくの御返事、なつかしく拝読しました。こないだ、僕は、「死よいものだ」などという、ちょっと誤解を招き易(やす)いようなあぶない言葉を書き送ったが、それに対して君は、いちぶも思い違いするところなく、正確に僕の感じを受取ってくれた様…

【日刊 太宰治全小説】#199「パンドラの匣」四

【冒頭】 きのうは妙な手紙で失敬。季節のかわりめには、もの皆があたらしく見えて、こいしく思われ、つい、好きだ好きだ、なんて騒ぎ出す始末になるのだ。なあに、そんなに好いてもいないんだよ。すべて、この初秋という季節のせいなのだ。 【結句】 それは…

【日刊 太宰治全小説】#198「パンドラの匣」三

【冒頭】 拝啓仕(つかまつ)り候(そうろう)。九月になると、やっぱり違うね。風が、湖面を渡って来たみたいに、ひやりとする。虫の音も、めっきり、かん高くなって来たじゃないか。 【結句】 その時から、どうも僕はへんだ。つまらない女なんだけれどもね。 …

【日刊 太宰治全小説】#197「パンドラの匣」二

【冒頭】 きょうはお約束どおり、僕のいまいるこの健康道場の様子をお知らせしましょう。 【結句】 まずは当道場の概説くだんの如しというところだ。失敬。 九月三日 「パンドラの匣」について ・新潮文庫『パンドラの匣』所収。・昭和20年11月9日頃に…

【日刊 太宰治全小説】#196「パンドラの匣」一

【冒頭】 君、思い違いしちゃいけない。僕は、ちっとも、しょげてはいないのだ。 【結句】 僕の事に就いては、本当に何もご心配なさらぬように。では、そちらもお大事に。 昭和二十年八月二十五日 「パンドラの匣」について ・新潮文庫『パンドラの匣』所収…

【日刊 太宰治全小説】#195「舌切雀」(『お伽草紙』)

【冒頭】 私はこの「お伽草子」という本を、日本の国難打開のために敢闘している人々の寸暇における慰労のささやかな玩具として恰好のものたらしむべく、このごろ常に微熱を発している不完全のからだながら、命ぜられては奉公の用事に出勤したり、また自分の…

【日刊 太宰治全小説】#194「カチカチ山」(『お伽草紙』)

【冒頭】 カチカチ山の物語に於ける兎は少女、そうしてあの惨めな敗北を喫する狸は、その兎の少女を恋している醜男(ぶおとこ)。これはもう疑いを容れぬ儼然(げんぜん)たる事実のように私には思われる。これは甲州、富士五湖の一つの河口湖畔、いまの船津…

【日刊 太宰治全小説】#193「浦島さん」(『お伽草紙』)

【冒頭】 浦島太郎という人は、丹後の水江とかいうところに実在していたようである。丹後といえば、いまの京都府の北部である。あの北海岸の某寒村に、いまもなお、太郎をまつった神社があるとかいう話を聞いた事がある。私はその辺に行ってみた事が無いけれ…

【日刊 太宰治全小説】#192「瘤取り」(『お伽草紙』)

【冒頭】 このお爺さんは、四国の阿波、剣山のふもとに住んでいたのである。というような気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。 【結句】 性格の悲喜劇というものです。人間生活の底には、いつも、この問題が流れています。 「瘤取り」(『お伽…

【日刊 太宰治全小説】#191「惜別」八

【冒頭】その大雪の夜から、ひとつきほど経って、たしかあれは明治三十九年のお正月頃の事だったように思う。そのころ、周さんが一週間ばかり教室に顔を見せなかった事があったので、津田氏に聞くと、おなかをこわして寝ているという。それで私は、学校から…

【日刊 太宰治全小説】#190「惜別」七

【冒頭】そう言われて私は、ふっと、数日前の小さい出来事を思い出した藤野先生の時間だ。 【結句】ひとの心理の説明は、その御当人にさえうまく出来ないものらしいし、まして私のような純才無学の者には、他人の気持など、わかりっこないのであるが、しかし…

【日刊 太宰治全小説】#189「惜別」六

【冒頭】私はその翌(あく)る日から、ほとんど毎日かかさず学校に出る事にした。周さんと逢っていろいろ話をしたいばかりに、そんな感心な心掛けになったのである。 【結句】「なあんだ。あなたは、この手紙の差出人を知っているらしいじゃないですか。」「…

【日刊 太宰治全小説】#188「惜別」五

【冒頭】「革命思想。」と先生は、ひとりごとのように低く言って、しばらく黙って居られた。 【結句】「月のいい夜には、時々それを思い出すのです。これがまあ、僕の唯一の風流な追憶でしょう。僕のような俗人でも、月光を浴びると、少しは Sentimental に…

【日刊 太宰治全小説】#187「惜別」四

【冒頭】あの松島の旅館で、当時二十四歳の留学生、周さんは、だいたい以上のような事情を私に打ち明けて聞かせてくれたのであるが、もちろんその夜、周さんがひとりでこんなに長々と清国の現状やら自身の生立ちやらを順序を追って講演したというわけではな…

【日刊 太宰治全小説】#186「惜別」三

【冒頭】その日、私は周さんと一緒に松島の海浜の旅館に泊った。いま考えると、当時の私の無警戒は、不思議なような気もするが、しかし、正しい人というものは、何か安心感を与えてくれるもののようである。 【結句】もう今では自分の進路は、一言で言える。…

【日刊 太宰治全小説】#185「惜別」二

【冒頭】私が東北の片隅のある小さい城下町の中学校を卒業して、それから、東北一の大都会といわれる仙台市に来て、仙台医学専門学校の生徒になったのは、明治三十七年の初秋で、そのとしの二月には露国に対し宣戦の詔勅(しょうちょく)が降り、私の仙台に…

【日刊 太宰治全小説】#184「惜別」一

【冒頭】これは日本の東北地方の某村に開業している一老医師の手記である。 【結句】どうせ、私には名文も美文も書けやしないのだから、くどくど未練がましい申しわけを言うのはもうやめて、ただ「辞ハ達スル而已矣(ノミ)」という事だけを心掛けて、左顧(…

【日刊 太宰治全小説】#183「竹青」

【冒頭】むかし湖南の何とやら群邑(ぐんゆう)に、魚容(ぎょよう)という名の貧書生がいた。どういうわけか、昔から書生は貧という事にきまっているようである。この魚容君など、氏育ち共に賤(いや)しくなく、眉目清秀(びもくせいしゅう)、容姿また閑…