記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

【日刊 太宰治全小説】#198「パンドラの匣」三

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【冒頭】

拝啓(つかまつ)(そうろう)。九月になると、やっぱり違うね。風が、湖面を渡って来たみたいに、ひやりとする。虫の音も、めっきり、かん高くなって来たじゃないか。

【結句】

その時から、どうも僕はへんだ。つまらない女なんだけれどもね。
 九月七日

 

パンドラの匣」について

新潮文庫パンドラの匣』所収。
・昭和20年11月9日頃に脱稿。
・昭和20年10月22日付「河北新報」と「東奥日報」に連載開始。「東奥日報」は10月29日付「パンドラの匣」第八回で連載中断。「河北新報」は翌21年1月7日付まで、64回連載、完結。


パンドラの匣 (新潮文庫)

 

全文掲載(「青空文庫」より)  

 

鈴虫




 拝啓つかまつそうろう。九月になると、やっぱり違うね。風が、湖面を渡って来たみたいに、ひやりとする。虫の音も、めっきり、かん高くなって来たじゃないか。ぼくは君のように詩人ではないのだから、秋になったからとて、別段、断腸の思いも無いが、きのうの夕方、ひとりの若い助手さんが、窓の下の池のほとりに立って、僕のほうを見て笑って、
「つくしにね、鈴虫が鳴いてるって言ってやって。」
 そんな言葉を聞くと、この人たちには秋がきびしくみているのだという事がわかって、ちょっと息がつまった。この助手さんは、僕と同室の西脇にしわきつくし殿に、前から好意を寄せているらしいのだ。
「つくしは、いないよ。ついさっき、事務所へ行った。」と答えてやったら、急に不機嫌ふきげんになり、言葉まですこぶるぞんざいに、
「あらそう。いなくたっていいじゃないの。ひばりは鈴虫がきらいなの?」と妙な逆襲の仕方をして来たので、僕はわけがわからず、実にまごついた。
 この若い助手さんには、どうも不可解なところが多く、僕は前から、このひとに最も気をつけて来ているのだ。綽名あだなはマア坊。
 ついでに、きょうはほかの助手さんたちの綽名も紹介しましょう。こないだの手紙に、ここの助手さんたちは、油断のならぬところがあって、男のひとたちに片端から辛辣しんらつの綽名を呈上していると言ったが、しかし、また塾生のほうだって負けずに、助手さんたち全部を綽名で呼んでいるのだから、まあ、アイコみたいなものだ。けれども、塾生たちの案出した綽名は、そこは何といっても、やっぱり女性に対するいたわりもあるらしく、いくぶんお手やわらかに出来ている。三浦正子だから、マア坊。なんという事もない。竹中静子だから、竹さん、なんてのはもっとも気がきかない。平凡きわまる。また、眼鏡をかけている助手さんは、出目金でめきんとでもいうようなところなのに、遠慮して、キントト。せているから、うるめ。さびしそうな顔をしているから、ハイチャイ。このへんは、まあ、いいほうかも知れないが、どうも少し遠慮している。ひどく、ぶ器量なくせに、パーマネントも物凄ものすごく、眼蓋まぶたを赤く塗ったりして、奇怪な厚化粧をしているから、孔雀くじゃく。ばかにして、孔雀とつけたのだろうが、つけられた当人はかえって大いに得意で、そうよ、あたしは孔雀よ、といよいよ自信を強くしたかも知れない。ちっとも諷刺ふうしがきいていない。僕ならば、天女とつける。そうよ、あたしは天女よ、とはまさか思えまい。その他、となかい、こおろぎ、たんてい、たまねぎなど、いろいろあるが、みんな陳腐だ。ただひとり、カクランというのがあって、これはちょっと、うまくつけたものだと思う。顔のはばが広くほっぺたが真っ赤に光っている助手さんがあって、いかにも赤鬼のお面を聯想れんそうさせるのだが、さすがに、そこは遠慮して避けて、鬼の霍乱かくらんというわけで、カクランだ。着想が上品である。
「カクラン。」
「なんだい。」すまして答える。
「がんばれよ。」
「ようし来た。」と元気なものだ。霍乱に頑張がんばられては、かなわない。このひとに限らず、ここの助手さんたちは、少し荒っぽいところがあるけれども、本当は気持のやさしい、いいひとばかりのようだ。


 塾生たちに一ばん人気のあるのは、竹中静子の、竹さんだ。ちっとも美人ではない。丈が五尺二寸くらいで、胸部のゆたかな、そうして色の浅黒い堂々たる女だ。二十五だとか、六だとか、とにかく相当としとっているらしい。けれども、このひとの笑い顔には特徴がある。これが人気の第一の原因かも知れない。かなり大きな眼が、笑うとかえって眼尻めじりり上って、そうして針のように細くなって、歯がまっしろで、とても涼しく感ぜられる。からだが大きいから、看護婦の制服の、あの白衣がよく似合う。それから、たいへん働き者だという事も、人気の原因の一つになっているかも知れない。とにかく、よく気がきいて、きりきりしゃんと素早く仕事を片づける手際てぎわは、かっぽれの言い草じゃないけれど、「まったく、日本一のおかみさんだよ。」摩擦の時など、他の助手さんたちは、塾生と、無駄口むだぐちをきいたり、流行歌を教え合ったり、善く言えば和気藹々わきあいあいと、悪く言えばのろのろとやっているのに、この竹さんだけは、塾生たちが何を言いかけても、少し微笑ほほえんであいまいに首肯うなずくだけで、シャッシャとあざやかな手つきで摩擦をやってしまっている。しかも摩擦の具合いは、強くも無し弱くも無し、一ばん上手で、そうして念いりだし、いつも黙って明るく微笑んで愚痴も言わず、つまらぬ世間話など決してしないし、他の助手さんたちから、ひとり離れて、すっと立っている感じだ。このちょっとよそよそしいような、孤独の気品が、塾生たちにとって何よりの魅力になっているのかも知れない。何しろ、たいへんな人気だ。越後獅子えちごじしの説にると、「あの子の母親は、よっぽどしっかりした女に違いない」という事である。あるいは、そうかも知れない。大阪の生れだそうで、竹さんの言葉には、いくらか関西なまりが残っている。そこがまた塾生たちにとって、たまらぬいいところらしいが、僕は昔から、身体からだの立派な女を見ると、大鯛おおだいなんかを思い出し、つい苦笑してしまって、そうして、ただそのひとを気の毒に思うばかりで、それ以上は何の興味も感じないのだ。気品のある女よりも、僕には可愛かわいらしい女のほうがよい。マア坊は、小さくて可愛らしいひとだ。僕は、やっぱり、あのどこやら不可解なマア坊に一ばん興味がある。
 マア坊は、十八。東京の府立の女学校を中途退学して、すぐここへ来たのだそうである。丸顔で色が白く、まつげの長い二重瞼ふたえまぶたの大きい眼の眼尻が少しさがって、そうしていつもその眼を驚いたみたいにまんまるく※(「目+爭」、第3水準1-88-85)って、そのため額にしわが出来て狭い額がいっそう狭くなっている。滅茶苦茶めちゃくちゃに笑う。金歯が光る。笑いたくて笑いたくて、うずうずしているようで、なに? と眼をぐんと大きく※(「目+爭」、第3水準1-88-85)って、どんな話にでも首をつっ込んで来て、たちまち、けたたましく笑い、からだを前こごみにして、おなかをとんとんたたきながら笑いむせんでいるのだ。鼻が丸くてこんもり高く、薄い下唇したくちびるが上唇より少し突き出ている。美人ではないが、ひどく可愛い。仕事にもあまり精を出さない様子だし、摩擦も下手くそだが、何せピチピチして可愛らしいので、竹さんに劣らぬ人気だ。


 君、それにつけても、男って可笑おかしなものだね。そんなに好きでもない女の人には、カクランだの、ハイチャイだの、ばかにしたような綽名をどしどしつけるが、いいひとに対しては、どんな綽名も思いつかず、ただ、竹さんだのマア坊だのという極めて平凡な呼び方しか出来ないのだからね。おやおや、きょうは、ばかに女の話ばかりする。でも、きょうは、なぜだか、他の話はしたくないのだ。きのうの、マア坊の、
「つくしにね、鈴虫が鳴いてるって言ってやって。」
 という可憐かれんな言葉に酔わされて、まだその酔いがめずにいるのかも知れない。いつもあんなに笑い狂っているくせに、マア坊も、本当は人一倍さびしがりの子なのかも知れない。よく笑うひとは、よく泣くものじゃないのか。なんて、どうも僕はマア坊の事になると、何だか調子が変になる。そうして、マア坊は、どうやら西脇つくし殿を、おしたい申しているのだから、かなわない。いま僕は、この手紙を、昼食を早くすましていそいで書いているのだが、隣の「白鳥の間」から、塾生たちの笑い声にまじって、かん高い、派手な、マア坊の笑い声がはっきり聞えて来る。いったい、何を騒いでいるのだろう。みっともない。白痴じゃないか。なんて、きょうの僕は、どうも少し調子が変だ。いろいろ、もっと、書きたい事もあったのだけれど、どうも隣室の笑い声が気になって、書けなくなった。ちょっと休もう。
 やっと、どうやら、お隣の騒ぎも、しずまったようだから、も少し書きつづける事にしよう。どうもあの、マア坊ってのは、わからないひとだ。いや、なに、別に、こだわるわけでは無いがね、十七八の女って、皆こんなものなのかしら。善いひとなのか悪いひとなのか、その性格に全然見当がつかない。僕はあのひととうたんびに、それこそあの杉田玄白がはじめて西洋の横文字の本をひらいて見た時と同じ様に、「まことに艫舵ろだなき船の大海に乗出せしがごとく、茫洋ぼうようとして寄るべなく、ただあきれにあきれて居たるまでなり」とでもいうべき状態になってしまう、と言えば少し大袈裟おおげさだが、とにかく多少、たじろぐのは事実だ。どうも気になる。いまも僕は、あのひとの笑い声のために手紙を書くのを中断せられ、ペンを投げてベッドに寝ころんでしまったのだが、どうにも落ちつかなくてがたくなって来て、寝ころびながらお隣の松右衛門殿に訴えた。
「マア坊は、うるさいですね。」そう僕が口をとがらせて言ったら、松右衛門殿は、お隣りのベッドに泰然とあぐらをかいて爪楊子つまようじを使いながら、うむと首肯うなずき、それからタオルで鼻の汗をゆっくりぬぐって、
「あの子の母親が悪い。」と言った。
 なんでも母親のせいにする。
 でも、マア坊も、或いは意地の悪い継母なんかに育てられた子なのかも知れない。陽気にはしゃいでいるけれども、どこかに、ふっと淋しい影が感ぜられる。なんて、どうもきょうの僕は、マア坊を、よっぽど好いているらしい。
「つくしにね、鈴虫が鳴いてるって言ってやって。」
 その時から、どうも僕はへんだ。つまらない女なんだけれどもね。
九月七日

 

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