記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

惜別

【日刊 太宰治全小説】#191「惜別」八

【冒頭】その大雪の夜から、ひとつきほど経って、たしかあれは明治三十九年のお正月頃の事だったように思う。そのころ、周さんが一週間ばかり教室に顔を見せなかった事があったので、津田氏に聞くと、おなかをこわして寝ているという。それで私は、学校から…

【日刊 太宰治全小説】#190「惜別」七

【冒頭】そう言われて私は、ふっと、数日前の小さい出来事を思い出した藤野先生の時間だ。 【結句】ひとの心理の説明は、その御当人にさえうまく出来ないものらしいし、まして私のような純才無学の者には、他人の気持など、わかりっこないのであるが、しかし…

【日刊 太宰治全小説】#189「惜別」六

【冒頭】私はその翌(あく)る日から、ほとんど毎日かかさず学校に出る事にした。周さんと逢っていろいろ話をしたいばかりに、そんな感心な心掛けになったのである。 【結句】「なあんだ。あなたは、この手紙の差出人を知っているらしいじゃないですか。」「…

【日刊 太宰治全小説】#188「惜別」五

【冒頭】「革命思想。」と先生は、ひとりごとのように低く言って、しばらく黙って居られた。 【結句】「月のいい夜には、時々それを思い出すのです。これがまあ、僕の唯一の風流な追憶でしょう。僕のような俗人でも、月光を浴びると、少しは Sentimental に…

【日刊 太宰治全小説】#187「惜別」四

【冒頭】あの松島の旅館で、当時二十四歳の留学生、周さんは、だいたい以上のような事情を私に打ち明けて聞かせてくれたのであるが、もちろんその夜、周さんがひとりでこんなに長々と清国の現状やら自身の生立ちやらを順序を追って講演したというわけではな…

【日刊 太宰治全小説】#186「惜別」三

【冒頭】その日、私は周さんと一緒に松島の海浜の旅館に泊った。いま考えると、当時の私の無警戒は、不思議なような気もするが、しかし、正しい人というものは、何か安心感を与えてくれるもののようである。 【結句】もう今では自分の進路は、一言で言える。…

【日刊 太宰治全小説】#185「惜別」二

【冒頭】私が東北の片隅のある小さい城下町の中学校を卒業して、それから、東北一の大都会といわれる仙台市に来て、仙台医学専門学校の生徒になったのは、明治三十七年の初秋で、そのとしの二月には露国に対し宣戦の詔勅(しょうちょく)が降り、私の仙台に…

【日刊 太宰治全小説】#184「惜別」一

【冒頭】これは日本の東北地方の某村に開業している一老医師の手記である。 【結句】どうせ、私には名文も美文も書けやしないのだから、くどくど未練がましい申しわけを言うのはもうやめて、ただ「辞ハ達スル而已矣(ノミ)」という事だけを心掛けて、左顧(…