記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

新釈諸国噺

【日刊 太宰治全小説】#182「吉野山」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 拝啓。その後は、ごぶさたを申して居ります。までたく御男子御出生の由、大慶に存じます。いよいよ御家運御隆昌(ごりゅうしょう)の兆(きざし)と、おうらやましく思います。御一家いきいきと御家業にはげみ、御夕食後の御団欒(ごだんらん)はま…

【日刊 太宰治全小説】#181「遊興戒」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 むかし上方の山粋人、吉郎兵衛、六右衛門、甚太夫とて、としは若し、家に金あり、親はあまし、男振りもまんざらでなし、しかも、話にならぬ阿呆というわけでもなし、三人さそい合って遊び歩き、そのうちに、上方の遊びもどうも手ぬるく思われて来て…

【日刊 太宰治全小説】#180「粋人」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 「ものには堪忍という事がある。この心掛けを忘れてはいけない。ちっとは、つらいだろうが我慢をするさ。夜の次には、朝が来るんだ。冬の次には春が来るさ。きまり切っているんだ。 【結句】 台所では、婆と蕾が、「馬鹿というのは、まだ少し脈のあ…

【日刊 太宰治全小説】#179「赤い太鼓」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 むかし都の西陣に、織物職人の家多く、軒をならべておのおの織物の腕を競い家業にはげんでいる中に、徳兵衛とて、名こそ福徳の人に似ているが、どういうものか、お金が残らず肝を冷やしてその日暮し、晩酌も二合を越えず、女房と連添うて十九年、他…

【日刊 太宰治全小説】#178「女賊」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 後柏原天皇大永年間、陸奥(みちのく)一円にかくれなき瀬越の何がしという大賊、仙台名取川の上流、笹谷峠の附近に住み、往来の旅人をあやめて金銀荷物押領し、その上、山賊にはめずらしく吝嗇の男で、むだ使いは一切つつしみ、三十歳を少し出たば…

【日刊 太宰治全小説】#177「義理」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 義理のために死を致す事、これ弓馬の家のならい、むかし摂州伊丹に神崎式部という筋目正しき武士がいた。 【結句】 式部うつむき涙を流し、まことに武士の義理ほどかなしき物はなし、ふるさとを出(い)でし時、人も多きに我を択(えら)びて頼むと…

【日刊 太宰治全小説】#176「裸川」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 鎌倉山の秋の夕ぐれをいそぎ、青砥左衛門尉藤綱、駒をあゆませて滑川(なめりがわ)を渡り、川の真中に於いて、いささか用の事ありて腰の火打袋を取出し、袋の口をあけた途端に袋の中の銭十文ばかり、ちゃぼりと川浪にこぼれ落ちた。 【結句】 「下…

【日刊 太宰治全小説】#175「破産」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 むかし美作(みまさか)の国に、蔵合(ぞうごう)という名の大長者があって、広い屋敷には立派な蔵が九つも立ち並び、蔵の中の金銀、夜な夜な呻き出して四隣の国々にも隠れなく、美作の国の人たちは自分の金でも無いのに、蔵合のその大財産を自慢し…

【日刊 太宰治全小説】#174「人魚の海」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 後深草天皇宝治元年三月二十日、津軽の大浦というところに人魚はじめて流れ寄り、其の形は、かしらに細き海藻の如き緑の髪ゆたかに、面は美女の愁(うれ)えを含み、くれないの小さき鶏冠(とさか)その眉間にあり、上半身は水晶の如く透明にして幽…

【日刊 太宰治全小説】#173「猿塚」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 むかし筑前の国、大宰府の町に、白坂徳右衛門とて代々酒屋を営み大宰府一の長者、その息女お蘭の美形ならびなく、七つ八つの頃から見る人すべて瞠若(どうじゃく)し、おのれの鼻垂れの娘の顔を思い出してやけ酒を飲み、町内は明るく浮き浮きして、…

【日刊 太宰治全小説】#172「大力」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 むかし讃岐の国、高松に丸亀屋とて両替屋を営み四国に名高い歴々の大長者、その一子に才兵衛とて生れ落ちた時から骨太く眼玉はぎょろりとしてただならぬ風貌の男児があったが、三歳にして手足の筋骨いやに節くれだち、無心に物差しを振り上げ飼猫の…

【日刊 太宰治全小説】#171「貧の意地」(『新釈諸国噺』)

【冒頭】 むかし江戸品川、藤茶屋のあたり、見るかげも無き草の庵(いおり)に、原田内助というおそろしく髭(ひげ)の濃い、眼の血走った中年の大男が住んでいた。 【結句】 落ちぶれても、武士はさすがに違うものだと、女房は可憐に緊張して勝手元へ行き、…