記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】6月29日

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6月29日の太宰治

  1936年(昭和11年)6月29日。
 太宰治 27歳。

 佐藤春夫川端康成から手紙を受け取る。

佐藤春夫川端康成からの手紙

 1936年(昭和11年)6月29日は、4日前の6月25日に、処女短篇集『晩年』を刊行したばかりでした。

 太宰はこの日、文壇の大家である佐藤春夫川端康成の2人から、手紙を受け取っています。

 まず、太宰の師匠筋にあたる佐藤春夫(1892~1964)からは、狂言ノ神ハ東陽編集部ニテ(さいわい)ニ理解サレ好評ニテ九月十日発行の同誌十月号ニ採用ノ事ト決定」と書かれたハガキを受け取ります。太宰は、この佐藤からのハガキに、「待テバ海路ノ日和。千羽鶴。蓑着タ亀」などの文句のある、喜びの礼状を返信しました。

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佐藤春夫

 佐藤が触れている狂言の神は、同1936年(昭和11年)5月10日に42枚を脱稿し、文藝春秋に掲載して欲しいと送付した小説です。送付した4日後の5月14日、芳しくない返信が届いたため、太宰は、5月18日付で佐藤に「中央公論」か「文藝春秋」へ発表できるよう中立ちして欲しい旨を書いた封書を投函します。
 太宰はその後、2、3度、文藝春秋社へ採否の返事を聞きに行きましたが、結局、6月上旬、原稿を突き返されたため、その原稿を抱えて、佐藤宅に相談に行きました。
 狂言の神の掲載が決まる前の6月20日、太宰は佐藤に宛てて、狂言の神の稿料として、「三十円ほどお貸与おねがい申します」という依頼状も出しています。
 太宰念願の狂言の神掲載は、同年10月1日付発行の「東陽」10月号で果たされましたが、「東陽」は、原稿料の貰えない雑誌だったそうです。

 

 同日、太宰は川端康成(1899~1972)から、処女短篇集『晩年』寄贈に対する礼状を受け取ります。

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川端康成

 太宰は、川端の礼状に対し、次のように返信しました。

  千葉県船橋町五日市本宿一九二八より
  神奈川県鎌倉浄明寺宅間ヶ谷
   川端康成

 謹啓
 厳粛の御手簡に接し、わが一片の誠実、いま余分に報いられた 心地にて 鬼千匹の世の中には仏千体もおわすのだと生きて在ることの尊さ 今宵しみじみ教えられました 「晩年」一冊、第二回の芥川賞くるしからず 生れてはじめての賞金 わが半年分の旅費 あわてずあせらず 充分の精進 静養もはじめて可能
 労作 生涯いちど 報いられてよしと 客観数学的なる正確さ 一点うたがい申しませぬ 何卒 私に与えて下さい 一点の駆引ございませぬ
 深き敬意と秘めたる血族感とが 右の懇願の言葉を発せしむる様でございます
 困難の一年で ございました
 死なずに生きとおして来たことだけでも ほめて下さい
 最近やや貧窮、書きにくき手紙のみを多く したためて居ります よろめいて居ります 私に希望を与えて下さい 老母愚妻をいちど限り喜ばせて下さい 私に名誉を与えて下さい 「文學会」賞 ちっとも気にかけて居りませぬ あれは もう二、三度 はじめから 書き 直さぬことには、いかなる賞にも あたいしませぬ けれども「晩年」一冊のみは 恥かしからぬものと 存じます 早く、早く、私を見殺しにしないで下さい きっとよい仕事できます
 経済的に救われたなら 私 明朗の蝶蝶。きっと 無二なる旅の とも。微笑もてきょうのこの手紙のこと 谷川の紅葉 ながめつつ 語り合いたく その日のみをひそかなる たのしみにして、あと二、三ヶ月、くるしくとも生きて居ります
 ちゅう心よりの 謝意と、誠実 明朗 一点やましからざる 堂々のお願い すべての運を おまかせ申しあげます
 (いちぶの誇張もございませぬ。すべて言いたらぬこと のみ。)
              治 拝
 川端康成
  六月二十九日

 太宰がこの手紙を書いたのと同日、内縁の妻・小山初代は、青森に住む太宰のお目付け役・中畑慶吉に宛てて、太宰のパビナール中毒治療についての苦しい心の内を記した封書を投函していました。

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■太宰と初代

 【了】

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【参考文献】
・『太宰治全集 12 書簡』(筑摩書房、1999年¥)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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