記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】1月28日

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1月28日の太宰治

  1936年(昭和11年)1月28日。
 太宰治 26歳。

 2015年9月7日、太宰が作家デビューして間もない頃、芥川賞詮衡せんこう委員の佐藤春夫(1892~1964)に宛てた書簡が3通新たに発見されました。うち1通は、長さ404.0cmの巻紙に毛筆で書かれ、芥川賞受賞を懇願する内容でした。
 書簡は、佐藤春夫の親族宅に保管されており、整理にあたった実践女子大学の河野龍也准教授が、2015年3月に発見しました。
 太宰は、『逆行』で前年に創設された芥川賞の候補となるも落選。詮衡委員だった川端康成の「作者目下の生活にいやな雲ありて云々」という選評に激高し、「刺す」「大悪党だと思った」と川端康成を批判する文章を発表します。
 その一方で、佐藤春夫には「芥川賞をもらえば、私は人の情で泣くでしょう」と綴った1m書簡も有名ですが、今回の書簡は、1m書簡の8日前に書かれたものです。

 太宰はこの時、腹膜炎の治療に用いた鎮痛剤・パビナールの中毒に苦しみ、薬代がかさみ借金がかさみ、賞金500円を切望していましたが、第2回芥川賞は受賞者なしで終わっています。

佐藤春夫に宛てた4mの書簡

 謹啓

いまにいたって、どのような手紙さしあげても、なるようにしかならないのだと存じ、あきらめてじっとして居りましたが、どうにも苦しく、不安でなりませぬゆえ、最後のお願い申し述べます。
芥川賞は、この一年、私を引きずり廻し、私の生活のほとんど全部を覆ってしまいました。関心の外に追い出そうとしても、それは、不自然で、ぎこちなく、あがけばあがくほど、いよいよ強くつながって行くようなややこしい状態にさえなってしまいました。御賢察のほどお願い申し上げます。ことしにはいってからは、毎日毎日、うちにいて、うろうろして居ります。「狂言の神」という作品が、ようやく、このほど、ノオトの中でまとまり、二月から、ゆっくり清書にとりかかろうと存じて居ります。第二回の芥川賞は、私に下さいまするよう、伏して懇願申し上げます。私は、きっと、い作家に成れます。御恩は忘却いたしませぬ。昨年後半期、七月から十二月までに小説を四篇発表いたしました。
  ◎玩具他一篇(二十枚)「作品」七月号
  ◎猿ヶ島(十八枚)「文学界」九月号
  ◎ダス・ゲマイネ(六十五枚)「文藝春秋」十月号
  ◎地球図(十八枚)「新潮」十二月号
 なお又、新潮正月号にも、めくら草紙(十八枚)を発表いたしました。
 芥川賞当選のときには、それと同時に、「思い出」という八十枚の旧稿に手を加えたものを文藝春秋に発表しようと思って、すでに編集部の鷲尾洋三氏の手許へお送りしてございます。「思い出」には、可成りの自信を持って居ります。こんどの芥川賞も私のまえを素通りするようでございましたなら、私は再び五里霧中にさまよわなければなりません。 
 私を助けて下さい。佐藤さん、私を忘れないで下さい。私を見殺しにしないで下さい。いまは、いのちをおまかせ申しあげます。恥かしいやら、わびしいやらで、死ぬる思いでございますが、こうしてお手紙さしあげるのも、生きて行くための必要な努力なのだ、と自身に言いきかせて、一心にこの手紙したためました。あきらめず、なまけず、俗なことにもまめまめしく、甲斐甲斐しく真面目につとめるのは、決して恥ずべきことでなく、むしろ美しいことでさえあると信じましたものですから。
 私は、今は、私にゆるされた範囲でなすべきことは、すべて、なしたつもりでございます。あとは、しずかに、天運にしたがいます。
 寒さのために手が凍え、悪筆、お目を汚した罪、何卒おゆるし下さいませ。
   太宰治
  佐藤春夫

 生田長江氏の訃に接し、あの日、一日、なんということもなく生田氏訳の「神曲」を声たてて読んでくらしました。しんそこからがっかりしました。御胸中、深くお察し申し上げます。 再拝
  一月二十八日
  (大安の日)

 【了】

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【参考文献】
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・「太宰治の新たな書簡発見『私を見殺しにしないで下さい』…佐藤春夫芥川賞泣訴」(産経ニュース、2015.9.7 21:39、https://www.sankei.com/life/news/150907/lif1509070028-n1.html
辻本雄一 監修・河野龍也 編著『佐藤春夫読本』(勉誠出版、2015年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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