12月24日の太宰治。
1946年(昭和21年)12月24日。
太宰治 37歳。
十二月二十四日付で、前田出版の
太宰の年越し準備
太宰は、1946年(昭和21年)12月24日付で、前田出版の
東京都下三鷹町下連雀一一三より
東京都麹町区代官町一 前田出版社内
真尾倍弘宛
拝啓 先日は失礼いたしました。「津軽」はどうかよろしく御願いいたします。きょうは一つ御願いがございますのですが、日頃の放漫政策がたたって、年末に相成りますと甚だ窮し、「津軽」の約束のしるしという名目(名目はどうでもいいんですけど)とにかく、印税の内から二千円ほど所謂 越年資金として、いただく事が出来たら、この急場を切り抜けられるようなんです。何だかこちらへ来て、家の手入れなどしているうちに案外なほどお金がかかり、御無理を承知で、汗顔ながら御助勢のほど、たのみいります。もちろん、これは所謂 越年資金で、これ一回だけの御願いで、あとは本の出来上るまで絶対にこんな厚かましい事は御願い致しませぬゆえ、どうか、このたびだけ御聞きとどけ下さいまし。
この学生さんは、知合いの川久保君という人で、少しも心配のない人ですから、御信頼の上、御手交下さいまし。私が参上してお願い申すべきですが、お金を持って帰宅の途中に於いて、酒の店などにちょっと立寄りせっかくの越年資金もなんにもならなくなるおそれもございますので、知合いの学生さんに行ってもらう事にいたしました。
事情御了承の上、何卒よろしく御配慮ねがい上げます。
敬具。
昭和二十一年十二月二十四日
太 宰 治
真 尾 様
太宰は、出版が確定した『津軽』改訂版の印税のうち、「越年資金として」「二千円」を前払いしてくれるよう、真尾に依頼をします。「二千円」は、現在の貨幣価値に換算すると、約80,000円~215,000円に相当します。
この手紙と同じ頃、太宰は一番弟子・堤重久にも、引越し資金や、空襲で壊れた自宅の修復資金に充てるため、『正義と微笑』再版の印税のうち、「三千円くらい新円で、出版の約束のしるしに前払い」してくれるよう、交渉を依頼しています。
今回、太宰が印税の一部の前払いを依頼した真尾は詩人で、1946年(昭和21年)に文筆家の妻・真尾悦子と結婚し、1948年(昭和23年)に茨城県土浦市を経て、同年3月に福島県平市(現在の福島県いわき市)に引越しました。
転居後の同年4月、いわき民報社に職を得ると、間もなく、現代詩研究会を発足し、詩誌「氾濫」の準備号を作ります。しかし、真尾は持病の喘息が悪化し、いわき民報社を1年ほどで退職。大町、六人町、平窪と転々と住居を変え、最終的には、胡摩沢に落ち着き、出版社・氾濫社を立ち上げ、詩誌「氾濫」第1号を発行しました。悦子が1959年(昭和34年)に刊行した小説『たった2人の工場から』は、この頃の出来事を題材にしており、1961年(昭和36年)にNHK総合テレビの「テレビ指定席」でドラマ化されました。
■手動式印刷機と文選棚の前で作業中の真尾倍弘・悦子
太宰は、翌1947年(昭和22年)1月9日付で、再び真尾に宛てて手紙を書いています。
東京都下三鷹町下連雀一一三より
東京都麹町区代官町一 前田出版社内
真尾倍弘宛
あけましておめでとうございます。
毎日御多忙の事と存じます。
わざわざ三鷹へおいでねがうのも恐縮ですし、きょう川久保君にたのみました。れいのもの、おたのみ申し上げます。よろしく。
いずれまたゆっくり。
一月九日 太 宰 治
真 尾 様
「越年資金」として依頼していた「二千円」ですが、この時点では、まだ太宰の手元には届いていなかったようです。
太宰はこの10日後、1月19日付で、真尾に宛てた次のような手紙を書きました。
東京都下三鷹町下連雀一一三より
東京都麹町区代官町一 前田出版社内
真尾倍弘宛
拝啓 このたび御めいわくを御かけ致しました。何せ上京直後に大みそか正月が襲って来て、まごつき、また久し振りの人とたくさん逢って飲まねばならず、家の修理やら何やら、御賢察ねがいます。もうたいてい落ちつきましたから、もう御めいわくは御かけ致しません。
御気軽に、遊びにいらして下さい。 不一。
『津軽』改訂版は、1947年(昭和22年)4月10日付で、前田出版社から刊行されました。
■『津軽』改訂版(前田出版社刊)
【了】
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【参考文献】
・日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
・HP「日本円貨幣価値計算機」
・HP「真尾倍弘・悦子夫妻のこと - いわき鹿島の極楽蜻蛉庵」
※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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