記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

【日めくり太宰治】2月15日

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2月15日の太宰治

  1933年(昭和8年)2月15日。
 太宰治 25歳。

 二月十五日付発行の「海豹」第四便の「故郷の話Ⅲ」欄に、「田舎者」を発表。初めて太宰治の筆名を使用し、爾後(じご)終生、この筆名で通した。

『田舎者』と今官一

 エッセイ『田舎者』は、1933年(昭和8年)2月15日付発行の「海豹通信」第四便の一面に「故郷の話(Ⅲ) 田舎者」として発表されました。この他に、「故郷の話(Ⅰ) 桃の村」(小山捷平)、「故郷の話(Ⅱ) 熊襲うの子」が掲載されています。
 「海豹通信」は、古谷綱武、神戸雄一らが主催した同人雑誌『海豹』の創刊にあたって、『欅通信』の標題で1933年(昭和8年)1月25日に同人相互の連絡機関(1週間ごとに発行)として発刊され、第二便から『海豹通信』と改題されて刊行された謄写版刷の同人通信誌です。1933年(昭和8年)3月25日付発行の第七便まで発行されたことが確認されていますが、その後も発行された形跡があるようです。

田舎者

 私は、青森県北津軽郡というところで、生れました。今官一とは、同郷であります。彼も、なかなかの、田舎者ですが、私のさとは、彼の生れ在所より、更に十里も山奥でありますから、何をかくそう、私は、もっとひどい田舎者なのであります。

 エッセイの中にも名前が登場する、同郷であり、同年生まれでもある作家・今官一(1909~1983)は、エッセイ『〈海豹通信〉ー太宰治を中心にー』の中で、「ひでえ奴だと、舌打ちして読んだ記憶があります。」と書いています。
 今に言わせると、「ぼくは、弘前市の生れだから、金木町の田舎者は、認めるが、市は、断じて田舎では、ない。」という、強い抗議の気持ちがあったようです。

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 筑摩書房刊の太宰治全集 11 随筆』(1999年)の中で、一番最初に収録されているのが、今回紹介したエッセイ『田舎者』です。
 太宰治ペンネームで、一番最初に発表された小説は『列車』ですが、それよりも一足早く、太宰治の名前で発表されたのが『田舎者』でした。短文ではありますが、この後、14年にわたって使用するペンネーム。太宰は、どんな思いを込めて、この短文を書き上げたのでしょうか。

●「太宰治」のペンネームにまつわるエピソードについて

●同郷出身で、同い年でもある生涯の友・今官一とのエピソードについて

 【了】

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【参考文献】
今官一『わが友 太宰治』(津軽書房、1992年)
・『太宰治全集 11 随想』(筑摩書房、1999年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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