記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

【日めくり太宰治】2月18日

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2月18日の太宰治

  1931年(昭和6年)2月18日。
 太宰治 21歳。

 二月中旬。工藤永蔵は、日本共産党中央部の飯塚盈延(いいづかみつのぶ)から、「重要な人間を一人預ってもらえないか」と依頼され、修治の五反田の家の二階に「事情を話して」住まわせて貰うことにしたという。

共産党へのアジト提供

 2月8日の記事で、弘前高校で太宰の3年上だった先輩の工藤永蔵に、共産運動から手を切り、アジト提供者になるよう勧められたことを書きましたが、これはその後の出来事。

 工藤が住居提供の依頼を受けた飯塚盈延(いいづかみつのぶ)(1902~1965)は、「スパイM」と呼ばれた人物。戦前の共産党に所属し、幹部でありながら特高警察と通じ、共産党内部から組織を崩壊に導きました。
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 飯塚が「スパイM」として特高のために働きはじめたのが、満州事変が起きた1931年(昭和6年)頃からなので、まさに、今日取り上げたこの頃。飯塚は党内で「村松」という変名を使っていたため、村松のイニシャルをとって「Mさん」と呼ばれていたことが、「スパイM」と言われるようになった由縁。
 飯塚は、裏工作により徐々に党を弱体化させていきます。「共産党極左犯罪集団」というイメージを世間に植え付けるような活動を行ったり、自分の意に沿わない幹部をスパイに仕立て上げ、リンチの末に殺害するという事件も起こしました。

 そして、党を壊滅させる最後の仕上げが、1932年(昭和7年)10月に熱海で開催された、共産党の全国代表者会議でした。会場の熱海の伊藤別荘も飯塚が選んだ場所で、事前に連絡を得ていた特高は、100名を動員して建物を取り囲み、防弾チョッキを着用した決死隊と呼ばれる部隊を突入させ、会場にいた党員を次々と検挙しました。会議に出席しなかった党員たちも全国で次々に検挙。同年12月までに1500人が捕らえられて、共産党は壊滅しました。共産党はその後、日本の敗戦まで復活することはありませんでした。
 党員たちは、逮捕されたメンバーに飯塚がいないことに気付き、彼がスパイだったことに気がつきます。飯塚は特高から10,000円(現在の貨幣価値で約1,800万~2,000万円程度)以上の手切れ金を渡されて満州に渡り、終戦のどさくさに紛れて名前・本籍を変えると、その後は北海道で暮らしました。
 飯塚は、自分が売った共産党員や、用済みになった自分を処分しようとする特高警察を恐れながら生活したそうですが、娘にスパイとなった理由について「共産主義そのものはいいんだけど、主義者がいけない、やり方がよくない」と語っていたようです。飯塚は、入党前にモスクワへの留学経験があったため、ソ連の現実をその目で見た際に、何か思うところがあったのかもしれません。

 さて、蛇足が長くなってしまいましたが、そんな「スパイM」飯塚が話す「重要な人間」とは、誰だったのか。この後のエピソードについては、山内祥史太宰治の年譜』から引用して紹介します。

 のちに日本共産党の全国大会に出席した時、工藤永蔵は、その人が紺野与次郎(こんのよじろう)(二十二歳、山形高校文科乙類昭和三年六月頃中退)であることを知った。工藤永蔵の記憶では、「多分一ヶ月ぐらい滞在した」といい、紺野与次郎の記憶では、「まだ寒い時期」から「一ヶ月以上の間、幾つかのアジトを転々とし、一週間に一、二度位五反田の家を使用した」という。この期間、工藤永蔵は、「遠慮して余り訪問しなかったが、一度行った時その人に会った。色白の若い男であった。」という。またこの間紺野与次郎自身は、五反田の家を「党の会合場所として使ったことは、一度もなかった」といい、そのあとは「かれのところへは行っていない」という。

 ちなみに、この頃の太宰は、長兄・津島文治と左翼運動と縁を切ることを約束し、小山初代との新婚生活をはじめたばかりでした。

 【了】

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【参考文献】
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
・HP「雑学ミステリー 伝説の最強スパイと諜報機関13選」(https://zatsugaku-mystery.com/spy-and-intelligence-agency/
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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