記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】4月22日

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4月22日の太宰治

  1946年(昭和21年)4月22日。
 太宰治 36歳。

 四月二十二日付で、堤重久(つつみしげひさ)宛に手紙を送る。

堤重久(つつみしげひさ)に宛てた手紙

 今日は、太宰が一番弟子の堤重久(つつみしげひさ)に送った手紙を紹介します。
 この手紙は、疎開中に、生家の青森県金木町から出したもので、原稿用紙に(したた)められています。
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■堤重久宛書簡 昭和21年4月22日付

  青森県金木町 津島文治方より
  京都市左京区聖護院東町一五 三森豊方 堤重久宛

 また、くさっている御様子。もっとも人生、それこそ生れて来なければよかったようなもので、もともと地獄で、たのしい(はず)が無いんだがね。
 このごろの「文化人」共の馬鹿さ加減、どうかしているんじゃないか? 眼の色がかわっていますよ。
 亀井には私から問い合せました。枚数の関係で私のたのんでやった「リベラル」には無理の由、他に心当りのところもある様子。そのうち君からも様子をたずねてごらん。何事も七度の七十倍さ。(こん)(どん)だそうだ。選挙は、僕は一つとして手伝わず、ただドサクサにまぎれて酒ばかり飲み、大いに皆にヒンシュクされた。毎日、奥にとじこもり原稿を一枚か二枚ずつ書き、いそがしいいそがしいと言っている。あわてる事はない。ゆっくり書いて行きます。

 ここに出てくる「選挙」とは、長兄・津島文治衆議院選挙のことです。太宰は、「僕は一つとして手伝わず」と書いていますが、これは太宰の照れ隠し。実際には、文治の演説草稿を手直ししたりしています。詳しくは、3月3日の記事で紹介しています。

 いま「未帰還の友に」という三十枚くらい見当のものを書いている。これがすすめば、「大鴉(おおがらす)」という題でインチキ文化人の活躍(阿Q正伝みたいな)を少し長いものにして書こうかとも思っている。それからまた、「春の枯葉」という三幕悲劇も書くつもり。それがすむといよいよ「人間失格」という大長編にとりかかるつもり、これだけでもう三十代の仕事、一ぱいというところです。

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■「大鴉(おおがらす)」(未完)草稿

 前に書いた「冬の花火」という三幕悲劇、これは実に凄い大悲劇(笑ってはいけない)。劇界、文学界に原子バクダンを投ずる意気ごみ、これは既に筑摩書房から出ている「展望」に送りました、六月号に掲載される事になっています、いまのところ「展望」などが一ばんいい雑誌という事になっているようです。でもこのごろの雑誌の出る事のおそいのには、おどろきます。たいてい原稿を発送してから三、四ヶ月目に、それが印刷されて市に出るのですからね、気抜けします。別紙、あまりヲカシク? 同封しました。やっぱりジッドは気がきいていますね。

 フランスがドイツに負けた時、やはりこの敗北責任者騒ぎがあったようで、その時ジッドは、次のような、うまい風刺を言った。
 コンゴー地方の土人の寓話だが、或る大きな河を渡ろうと、沢山の人が大きな船に折り重なって乗っていた、超満員で船は浅瀬へ乗り上げてしまった、誰かを船からおろしにかからねばならぬ、誰を狙っていいかわからない、そこで先ず太った商人と三百代言と悪い金貨と女郎屋の女将をおろした、船はやっぱり泥にひっかかっている、それからまた、賭博場の親方と奴隷買いと、堅気の人さえ何人かおりたが一向に動き出さない、ところが船は段々軽くなり、針金のように痩せこけた一人の宣教師がおりた途端、何と船は浮きあがった、すると土人たちは大声に、「あいつだ! あれが重りのぬしだ、やっつけろ!」(「世界文学」創刊号収載)
 この津軽を引上げるのは、いつになるか、見当もつかないが、いずれ引上げなければならぬ。京都へ移住しようかとも思っている。しかし家が無いだろうね。どんなもんだろう。

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■太宰と堤

 【了】

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【参考文献】
・『新潮日本文学アルバム 19 太宰治』(新潮社、1983年)
・『太宰治全集 12 書簡』(筑摩書房、1999年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・『生誕105年 太宰治展―語りかける言葉―』(神奈川近代文学館、2014年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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