記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

【日めくり太宰治】7月10日

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7月10日の太宰治

  1939年(昭和14年)7月10日。
 太宰治 30歳。

 七月十日付発行の「文筆」初夏随筆号に「『人間キリスト記』その他」を発表。「随筆」で言及されているのは、山岸外史著『人間キリスト記』(第一書房、昭和十三年十一月二十五日付発行)と山崎剛平著『水郷記』(砂子屋書房、昭和十三年十月五日付発行)である。

『「人間キリスト記」その他』

 今日は、1939年(昭和14年)7月10日発行の「文筆」初夏随筆号に発表されたエッセイ『「人間キリスト記」その他』を紹介します。
 この雑誌には、ほかに『泥棒』(井上友一郎)、『無関心』(橋本英吉)、『春』内木村治、『民家』(田畑修一郎)、『お母さん』(外村繁)、『因縁』(和田伝)などが掲載されていました。

『「人間キリスト記」その他』

 山岸外史氏の「人間キリスト記」を、もっと、たくさんの人に読んでもらいたい、と思っている。そうして、読後の、いつわらざる感想を、私は、たくさん、たくさん、聞いてみたい。それは山岸のため、というよりは、むしろ、私自身の開眼のために聞いてみたい。遠慮なさらず、思ったこと、たくさん教えてもらいたい。私も、そうであるが、山岸の表現に就いての努力は、たったいまのこの苦悩を、瞬時の距離に於いて切断し、一まず時間の流れのそとにピンセットで、つまみ出し、その断面図をありありと拡大し、鮮明に着色して壁に貼りつけ、定着せしめることにある。鏡を、ふたつ対立させると、鏡の中に、また鏡、そのまた奥に、また鏡、無限につらなり、ついにはその最深奥部於いて、青みどろ、深淵の底の如く、物影がゆらゆら動いている。あいつを、あの青みどろを、しかと掴んで計算し、その在りのまま姿を、克明に描写し、黒白確実に、表現し、それを、やさしい額縁にいれて呈出したい。私は山岸の永年の苦悩を、そのようなところに在ると解している。謂わば、錯乱への凝視であり、韋駄天に於ける軽量であり、激憤絶叫への物差であり、眩暈(めまい)の定着である。かれは、沈黙に於ける言葉、色彩をさえ、百発百中、美事に指定しようとする。純粋リアリズム。あるいは、絶対ヒュウマニズム。そのとき、山岸は、「人間キリスト記」を書いた。読んでもらいたいのである。そうして感想、忠告を、たくさんたくさん聞きたいのである。山岸は、虚傲でない。素直に読者の声を聞き、自身のまずしい仕事を、そんなにも懇切に読み、考えて呉れたことに就いては、どんなに感謝するかわからない。この本が、この山岸の仕事が、果して美しいものか、どうか、それさえ、未だ、きめられていないのである。全く、評価以前の状態に在る。それを、いま、決定するのは、あなたがた、読者である。出版元、第一書房主も、もっとこの本の宣伝をしなければならない。これは、問題の本である。たくさんの人に読んでもらいたいのである。まず、いまは私は、それをお願いする。

 世間の人の、あまり読んでいない本で、そうして、その著者の潔癖から、出版しても知らぬふりしてちっとも自己宣伝せず、また、本屋でもあまり広告していない、地味な本を、何かの機会に、ふと読んで、そうしてそれが、よかったら、読者として、これは最高のよろこびであろう。山岸外史氏の、すぐれた著書も、やや、それに似ているが、これは、後日、きっと読者に、ひろく頑強に支持されるにちがいない要素を持っていて、決して埋もれる本ではない。けれども、ここに一つ、ささやかな、ともすると埋もれるのではないかとさえ思わせる、あまりにも謙譲の良書が在る。山崎剛平氏の随筆集、「水郷記」である。これは、まさしく逸品である。私はこれを読了するまでに、なんど腹を抱えて笑いころげたかわからない。滑稽感ではない。たのしいのだ。私は、五郎劇を見て、いちどだって笑ったことがない。見ているうちに、まじめになって来るばかりである。憤怒に似たものをさえ、覚える。けれども、羽左衛門の気取った見得に、ときどき、しん底から哄笑することがある。俗悪のポンチ画には、笑いたくても笑えないが、小川芋銭の山水に噴き出すことがあるのと、同断である。あれを、読んで見給え。まず、「登別」それから、必ず「山陰風景」を読み給え。

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■『人間キリスト記』の著者・山岸外史(1904~1977) 

 太宰、山岸、檀一雄の3人は、「三馬鹿」と呼ばれていました。
 太宰は、10年間の東京生活を回顧した小説東京八景の中で、山岸と檀との友情を、次のように書いています。

 純文芸冊子『青い花』は、そのとしの十二月に出来た。たった一冊出て仲間は四散した。目的の無い異様な熱狂に呆れたのである。あとには、私たち三人だけが残った。三馬鹿といわれた。けれども此の三人は生涯の友人であった。私には、二人に教えられたものが多く在る。

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■「三馬鹿」 左から、太宰、山岸、檀。

 【了】

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【参考文献】
・『太宰治全集 11 随想』(筑摩書房、1999年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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