記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

【日めくり太宰治】10月26日

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10月26日の太宰治

  1938年(昭和13年)10月26日。
 太宰治 29歳。

 十月二十六日付で、中畑慶吉(なかはたけいきち)に手紙を送る。

「だめな男だとも思っていません」

 1938年(昭和13年)10月24日、太宰が師匠・井伏鱒二に宛てて、石原美知子との婚約を前に、二度と破婚はしない旨の「誓約書」を認めた2日後。太宰がお目付け役の中畑慶吉(なかはたけいきち)に、10月26日付で送った手紙を紹介します。

 中畑は、青森県五所川原市出身、津島家出入りの呉服商。店を構えずに呉服の注文を取る背負呉服を商いとし、仕入れのために青森と東京を行ったり来たりする中で、上京後の太宰の面倒も見ていました。

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■太宰と中畑 太宰と美知子の結婚式にて。

  山梨県南都留郡河口村御坂峠上
   天下茶屋より
  青森県五所川原町旭町
   中畑慶吉宛

 拝啓
 お寒くなりました。皆様お変りございませんか。私は、おかげ様で、頑健で、この山の寒気と戦いつつ 少しずつ仕事をすすめて居ります。
 先日、井伏様、学生たちとハイキングの途中、山へお寄り下され、その折、家郷の様子、承りました。兄上がお取合いなさらぬこと、兄上としては、当然と思いあたることもございますゆえ、このうえ、あまり お願いせぬほう、のちのちのためにも、かえってよいのではないかと思います。ただ、英治兄上か、どなたかを通して、軽く事実を報告して置けば、私としても気がすみます、井伏様とお逢いした翌る朝、私は齋藤氏(紹介して下さった人)へ行って、正式の申込みする筈だったのですが、一夜、よくよく考えて、とにかく、甲府へ行き、齋藤氏のお宅をおたずねして、私は家郷では、別段かまわぬこと、私一個人で、いただけるなら、いただきたいこと、私はすでに分家の身で、財産一つもないこと、その他すべて私の現状打ち明けた上で、とにかく おたのみして来ました。二、三日して、石原氏(先方)のほうから、それは何もかも承知の上だから、これから直接相談して、行くさきざきのこと定めましょう、という御返事でした。そうして、私をかえって激励して下さいます。涙ぐましくなりました。
 井伏様も、こんどのことは、ずいぶん お考えの上らしく、婚約成立の式には、井伏様わざわざ甲府へおいで下さるよう 斎藤氏も私も、お願いしましたところ、私に、今後いかなることあっても再び破婚の何のと言うことないという誓約の一札入れなければ、甲府へ行って、その式に立ち会うのは、いやだ、とおっしゃり、私も、厳粛の気持ちで、今後そのようなことがあったら、私を完全の狂人として、あつかって下さい。と一札いれました。私は、も少し 偉くなりたい。少しずつすこしずつ、皆の信頼をも恢復し、立派な仕事して行こうと努めて居るのです。私は、自身を、そんなに、だめな男だとも思っていません。
 婚約成立の式にも、井伏さん、 いま ずいぶんいそがしいのに、わざわざおいで下されること、私は苦しいほどに、恐縮なのです。どうか、中畑様よりも、よろしく、お礼を申し上げて下さいませんか。式には、十二、三円かかるらしく、それくらいならば、私の小使銭 節約して、できますから、その、かための式だけは、どうにか 私にもできますが、ゆいのうやらその後のことは、私 いくら原稿かいたって、そう右から左へ お金どんどんはいって来るわけでなし、それに今、最も、私も制作にくるしいときで、どんどん書けないし、先方の娘さんも「式や形など、どうでもいい。めんどうくさいことは、一切きらい」と言って寄こして居ますし、私も、これから先方と直接、相談して、廃すべきは、どしどし廃そうと思って居ります。ことし一年、この山上で修業していようとも思っているのです。からだも、ずいぶん、よろしくなりました。将来は、先方と相談して、山梨県に家を持とうとも思っています。いずれにもせよ、家を借りるにしても、敷金が要るし、中畑様から内緒に母上様へ、このたびの事情 お話して下され、とにかく私の更生でございますし、また、母上へおすがりするのも、ほんとうに、これが最後と思いますゆえ、そっと相談してみて下さいませんか。それこそ、五十円でも百円でも、私はその範囲内で、別に恥ずかしくなく、それでもって、つつましく結婚費用として、ほんとうに有難く思うのですけれど。
 以上のようなわけでございます。何卒、御助力下さい。
          修 治 拝
  中 畑 様
   皆 々 様
 二重まわし、そろそろ必要なのでございますが、どうか、こちらへお送り下さいまし。いつもわがままばかり申して。

 【了】

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【参考文献】
・『太宰治全集 12 書簡』(筑摩書房、1999年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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