11月22日の太宰治。
1941年(昭和16年)11月22日。
太宰治 32歳。
「日記抄」を脱稿。
『日記抄』と太平洋戦争中の太宰
1941年(昭和16年)11月22日、太宰は『日記抄』を脱稿します。
『日記抄』は、1942年(昭和17年)1月1日付発行の「国語文化」第二巻第一号「特集日記文学研究」の「日記抄」欄に発表されました。この欄には、高橋新吉、前田夕暮、宮本百合子、大槻憲二、壷井栄をはじめ、20名の「日記抄」が掲載されていました。
『日記抄』
私は日記を附けていませんので、家の者の日記帳から、拾って左記いたします。
十一月二十一日 雨
主人暗き中に起きて皆様を見送りに東京駅に出掛けらる十一時頃お帰り。午後、鰭崎、池田、賀川、戸台の諸氏順々に来訪。夕方、主人外出せらる。
雨中銭湯に行き買物し、道悪く転びて難渋せり。町税一円、銀行に収む。
太宰は、『日記抄』を脱稿する前日の1941年(昭和16年)11月21日、三鷹の自宅を「暗き中に起きて」出掛け、文士徴用で大阪の中部軍司令部に出頭を命ぜられ、午前9時に特急
この4日前、太宰もほかの文壇の人々とともに、徴用のための身体検査を受けましたが、「肺浸潤」との診断を受け、軍医から即座に徴用免除を告げられました。
徴集された文壇仲間から取り残された太宰は、戦時下において、活発に創作活動を行います。
太平洋戦争中(1941年(昭和16年)12月8日~1945年(昭和20年)8月15日)の約3年9ヶ月の間に執筆された太宰の作品を並べて見てみると、次のようになります。
【1941年(昭和16年)12月8日~】…3作品
『新郎』、『十二月八日』、『律子と貞子』【1942年(昭和17年)】…9作品
『待つ』、『正義と微笑』、『水仙』、『小さいアルバム』、『花火』、『帰去来』、『禁酒の心』、『故郷』、『黄村先生言行録』【1943年(昭和18年)】…9作品
『鉄面皮』、『赤心』、『右大臣実朝』、『花吹雪』、『佳日』、『作家の手帖』、『散華』、『不審庵』、『新釈諸国噺』【1944年(昭和19年)】…14作品
『雪の夜の話』、『武家義理心中』、『東京だより』、『津軽』、『貧の意地』、『人魚の海』、『仙台伝奇/髭候の大尽』、『大力』、『猿塚』、『破産』、『赤い太鼓』、『粋人』、『遊興戒』、『吉野山』【~1945年(昭和20年)8月15日】…6作品
『惜別』、『竹青』、『瘤取り』、『浦島さん』、『カチカチ山』、『舌切雀』
太宰は、1933年(昭和8年)から1948年(昭和23年)6月13日までの15年半の期間で作家活動を行い、全部で155作品(小説のみ)を執筆していますが、太平洋戦争中の約3年9ヶ月で41作品を執筆しており、これは全作品の約3割弱にあたります。この期間中に発表された他作家の小説作品数と比較してみると、太宰がいかに旺盛な創作活動を行っていたかが分かります。
また、この時期に、国威発揚のための小説は多く書かれましたが、その中に文学史に残るような名作はなく、現代に至っても読み継がれているものは、ほとんどありません。しかし、国から命じられて書かれた小説の中で、現在も読まれている小説に、太宰の『惜別』があります。『惜別』は、国の意図に反して、国威発揚の小説とは、ほど遠い内容になっています。時流に迎合するような作品をほとんど書くことはなかったことも、この時期の他作家とは異なる特徴になっています。
太宰は、1946年(昭和21年)4月1日付発行の「文化展望」創刊号に発表した『十五年間』の中で、この時期を振り返って、次のように書いています。
昭和十七年、昭和十八年、昭和十九年、昭和二十年、いやもう私たちにとっては、ひどい時代であった。(中略)私の或る四十枚の小説は発表直後、はじめから終りまで全文削除を命じられた。また或る二百枚以上の新作の小説は出版不許可になった事もあった。しかし、私は小説を書く事は、やめなかった。もうこうなったら、最後までねばって小説を書いて行かなければ、ウソだと思った。それはもう
理窟 ではなかった。百姓の糞意地 である。
(中略)
私は「津軽」という旅行記みたいな長編小説を発表した。その次には「新釈諸国噺」という短篇集を出版した。そうして、その次に、「惜別」という魯迅 の日本留学時代の事を題材にした長篇と、「お伽草紙」という短篇集を作り上げた。その時に死んでも、私は日本の作家としてかなり仕事を残したと言われてもいいと思った。他の人たちは、だらしなかった。
【了】
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【参考文献】
・『太宰治全集 11 随想』(筑摩書房、1999年)
・日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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