記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】6月3日

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6月3日の太宰治

  1944年(昭和19年)6月3日。
 太宰治 34歳。

 夜、「五月雨の木の晩暗の下草に蛍火はつか忍びつつ燃ゆ」と短冊に書き、中村貞次郎(さだじろう)宅に残した。この「蛍火」が、その後、中村貞次郎の胸中で燃え続けたという。

太宰の『津軽』旅行⑤:蟹田三鷹

 今日は、5月27日に紹介した、太宰の津軽執筆のための故郷・津軽旅行の様子を紹介する、第5回目。今回が最終回です。

 前回は、小説津軽のクライマックス、感動(?)のタケとの再会までを紹介しました。前回で津軽に書かれた旅程は全てですが、今回は、小説には書かれていない、津軽のその後、5月29日から6月5日までの行程を追っていきます。

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5月29日~6月3日

 

 小泊で、幼い頃に子守をしてくれた越野たけとの再会を果たした翌日の5月28日、太宰は再び蟹田「N君」こと中村貞次郎(なかむらさだじろう)宅へと戻り、6月3日まで逗留します。

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■中村貞次郎の自宅 「中貞商店」は、奥さんが経営していた雑貨店。

 そして、太宰は逗留最終日となる6月3日の夜、中村に1枚の短冊を渡します。この時の様子を、中村の回想津軽余談』から引用して紹介します。

 一週間ばかりたって私の所へ帰って来た。生家へ立寄った話や、たけ、の話など「津軽」に書いてある以上に、津軽人でなければ理解出来ないユーモアにとんだ言葉を使って私に話した。
 私の土地で、蟹やシャコのとれる時期であったので、滞在中喜んで蟹やシャコを食べた。また「ほや」も好きであった。

 

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■シャコ(左)とホヤ(右) 青森ではシャコのことを「ガサエビ」と呼んだりもする。

 

 孟宗(もうそう)の竹の子に似た「ほや」を写生して「津軽」の中へ入れるといってあったが、「ほや」を写生する機会を逸してしまった。

 

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孟宗竹(もうそうちく) アジアの温暖湿潤地域に分布する竹の一種。冬に母のために寒中筍を掘り採った三国時代の呉の人物、孟宗に因んで名付けられた。日本のタケ類の中では最大で、高さ25メートルに達するものもある。

 

 西海岸の方から帰って四五日私の所に居て非常に元気で東京へ帰っていった。東京へ帰る前の日の夜に、「五月雨の木の晩暗の下草に 蛍火はつか忍びつつ燃ゆ」と短冊に書いて置いていった。この蛍火が私の胸の中で燃え続けている。

  太宰が書いた短冊に書かれた短歌「五月雨の木の晩暗の下草に 蛍火はつか忍びつつ燃ゆ」「はつか」は、太宰が津軽に滞在した日数とほぼ同じです。

 

 

6月4日

 

 中村に別れを告げた太宰は、お世話になった蟹田の人たちを訪ね歩き、丁寧にお礼とお別れの言葉を述べました。午後1時頃、蟹田から蒸気船に乗り、海路で青森へ向かいます。

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 午後8時。列車番号204、常磐線経由上野行きの急行に乗って故郷を離れ、帰京します。

 

 

6月5日

 

 午前10時50分、太宰は上野に到着し、さらに三鷹の自宅を目指します。

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三鷹の家の表玄関

 帰宅時の様子を、妻・津島美知子は『回想の太宰治で、次のように書いています。

予定よりも一週間延びて六月五日、二十五日間の旅行を終って日焦げして元気に帰宅した。

 太宰は、帰宅して10日後の6月15日に、津軽の稿を起こしました。同月21日、第2子出産を控えていた美知子を、長女・園子とともに甲府の石原家に送り、そのまま6月30日まで滞在します。甲府に滞在中は、暑熱にもかかわらず、毎日、奥の六畳で執筆に専念したそうです。
 その後、7月1日から7月20日まで、三鷹の家で不便な自炊生活をしながら稿を継ぎ、7月21日からまた甲府に戻り、7月末に暑気に耐えての労作、書き下ろし中篇小説津軽300枚を脱稿しました。起稿から脱稿まで1ヶ月半ほどです。

 同年11月15日付で、津軽は「新風土記叢書7」として、小山書店から刊行されています。

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 全5回にわたって紹介した「太宰の『津軽』旅行」ですが、この記事を執筆するにあたり、太宰治検定の公式テキスト『旅をしようよ!「津軽」』に大変お世話になりました。ありがとうございます。

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 太宰治検定のテキストは、津軽』編富嶽百景』編お伽草紙』編の3種類が刊行されており、太宰治検定公式オンラインショップで注文できるそうです。いずれのテキストも、読み物としても大変面白い内容になっています。

 【了】

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【参考文献】
・『太宰治研究 臨時増刊号』(審美社、1963年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・津島美知子『回想の太宰治』(講談社文芸文庫、2008年)
太宰治検定実行委員会テキスト編集部会 編集『太宰治検定・公式テキスト 旅をしようよ!「津軽」』(NPO法人 おおまち第2集客施設整備推進協議会、2009年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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