記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を、自由に旅する。太宰治が、ソウルフレンド。

【日めくり太宰治】11月10日

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11月10日の太宰治

  1934年(昭和9年)11月10日。
 太宰治 25歳。

 銀座「山の小舎」での「青い花」同人会に出席。

太宰と中原中也

 1934年(昭和9年)11月10日、太宰は情熱を注いでいた文芸同人誌「青い花」の同人会に出席しました。

 今日は、10月20日の記事に続き、「青い花」同人・中原中也と太宰の関係について、同じく同人だった親友・檀一雄小説 太宰治から引用して紹介します。

 第二回目に、中原と太宰と私で飲んだ時には、心平氏はいなかった。太宰は中原から、同じように(から)まれ、同じように閉口して、中途から逃げて帰った。この時は、心平氏がいなかったせいか、中原はひどく激昂した。
 「よせ、よせ」と、云うのに、どうしても太宰のところまで行く、と云ってきかなかった。
 雪の夜だった。その雪の上を、中原は(うそぶ)くように、
  夜の湿気と風がさびしくいりまじり
  松ややなぎの林はくらく
  そらには暗い業の花びらがいっぱいで
 と、宮沢賢治の詩を口遊んで歩いて行った。

 

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中原中也(1907~1937 山口県吉敷郡下宇野令村(現在の山口市湯田温泉)生まれの詩人、歌人、翻訳家。詩集『山羊の歌』に収録されている「汚れちまつた悲しみに」ではじまる詩は有名。結核のため、30歳で早逝。

 

 飛島(とびしま)の家を叩いた。太宰は出て来ない。初代さんが降りてきて、
 「津島は、今眠っていますので」
 「何だ、眠っている? 起せばいいじゃねえか」
 勝手に初代さんの後を追い、二階に上り込むのである。
 「関白がいけねえ。関白が」と、大声に(わめ)いて、中原は太宰の消灯した枕許をおびやかしたが、太宰はうんともすんとも、云わなかった。
 あまりに中原の狂態が激しくなってきたから、私は中原の腕を捉えた。
 「何だおめえもか」と、中原はその手を振りもごうとするようだったが、私は、そのまま雪の道に引き摺りおろした。
 「この野郎」と、中原は私に喰ってかかった。他愛のない、腕力である。雪の上に放り投げた。
 「わかったよ。おめえは強え」

 中原は雪を払いながら、恨めしそうに、そう云った。それから車を拾って、銀座に出た。銀座からまた、川崎大島に飛ばした事を覚えている。雪の夜の娼家で、三円を二円に値切り、二円をさらに一円五十銭に値切って、宿泊した。
 明け方、女が、
 「よんべ、ガス管の口を開いて、一緒に殺してやるつもりだったんだけど、ねえ」そう云って口を歪めたことを覚えている。
 中原は一円五十銭を支払う段になって、また一円に値切り、開けると早々、追い立てられた。雪が夜中の雨にまだらになっていた。中原はその道を相変らず(うそぶ)くように、
  汚れちまった悲しみに
  今日も小雪の降りかかる
 と、低吟して歩き、やがて、車を拾って、河上徹太郎氏の家に出掛けていった。多分、車代は同氏から払ってもらったのではなかったろうか。
 河上さんは、二階で横になっていた。胃潰瘍だと云って、薄い上質のトーストに、珍しいハムやベーコンを添えて食べていた。そのハムを、私も食べてみたく思った記憶が僅かに残っているばかりで、一体、どうしたのか後のことは跡片もなく思い出が、消え果ててしまっている。

 

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檀一雄

 

 私は何度も中原の花園アパートには出掛けていったが、太宰はたった一度だけ私について来た。太宰を階下に待たせ、私は外からめぐって上る非常用の鉄梯子を登っていった。けれども中原は留守だった。無意味な擾乱(じょうらん)が起らずに済んだという、その時のホッとした気持の事を覚えている。
 私達は例の通り新宿の「松風」で十三銭の酒をあおり、金がつきるとあてもなく夜店の通りを見て歩いた。そこへ積み上げられていた、露店の蟹を太宰が買った。たしか十銭だったろう。九州の海には全く見馴れない、北国の毛むくじゃらの蟹だった。太宰は薄暗い、歩道のところに立ち止って、蟹をむしりながら、やたら、ムシャムシャとたべていた。私に、馴染みのない蟹の姿だと、私は臆したが、食べてみると予想外に美味(うま)かった。髪を振り被った狂暴の太宰の食べざまが、今でもはっきりと目に浮ぶ。
 また、ヨーヨーの前で太宰が立呆けた。ちょうどヨーヨー売出しの頃だったろう。
 「泣ける、ねえ」
 何の傷心があばかれるのか、太宰は例の通りそう云いさしてから、
 「檀君。こんな活動を見たことない? 海辺でね、チャップリンが、風に向って盗んだ皿を投げるだ。捨てたつもりで駈け出そうとすると、その同じ皿が、舞い戻ってくるんだよ。同じ手の中に。投げても投げても帰ってくるんだ。泣ける、ねえ」

 【了】

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【参考文献】
檀一雄『小説 太宰治』(岩波現代文庫、2000年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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