記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】3月23日

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3月23日の太宰治

  1937年(昭和12年)3月23日。
 太宰治 23歳。

 夜十一時頃、井伏鱒二より北芳四郎に電話があり、北芳四郎が井伏鱒二宅を訪問。太宰治井伏鱒二北芳四郎(きたよししろう)とが面談した。

水上心中事件の顛末

 今日は、3月20日の記事で紹介した、太宰と内縁の妻・小山初代(おやまはつよ)群馬県水上の谷川温泉で起こした心中未遂事件のその後について紹介します。


【3月23日】
 夜11時頃、井伏鱒二から北芳四郎(きたよししろう)に電話があり、北が井伏宅を訪問。太宰と井伏、北の3人とが面談しました。

 北芳四郎(きたよししろう)(1891~1975)は、品川区上大崎で洋服仕立業を営む警視庁出入りの御用商人で、東京における太宰の実生活上の世話人でした。太宰の父・津島源右衛門が、衆議院議員在任中に、早稲田大学在学中の長兄・津島文治の学生服を北に新調させたことをきっかけに、津島家の知遇を得ました。

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井伏鱒二と北芳四郎 1939年(昭和14年)1月8日、太宰と美知子の結婚式の記念写真より。

 1930年(昭和5年)11月初旬、太宰が左翼運動に関係していることへの対策を文治から相談された北は、津島家に類が及ばない便法として「分家除籍」を提案し、文治と2人で「覚書」を作成。太宰は分家除籍(義絶)となります。この直後、太宰は銀座のカフェー・ホリウッドの女給・田部あつみと鎌倉で心中事件を起こしました。
 事件が落ち着いた後、北は文治の依頼で太宰を一時自宅に預かり、翌1931年(昭和6年)、芸者・小山初代と結婚した太宰のために、自身の自宅近くに一軒家を借りてあげました。

 この他にも、太宰がパビナール中毒治療のために武蔵野病院へ入院する手助けをしたり、初代と離別後の太宰の再婚について井伏に協力を依頼したりと、太宰の身辺の世話をした北ですが、1941年(昭和16年)、17年間義絶状態が続いていた太宰を生家へ2度連れ帰り、義絶を解消させたのも北でした。この時の経緯を、太宰は帰去来故郷に書いています。

 さて、この日、井伏が北へ電話をし、太宰と井伏、北の3人で面談の機会を持ったのも、水上心中事件の後始末をどうするのか、相談をするためでした。


【3月24日】

 太宰は、井伏宅を訪問。「記/爾今 初代のことは/小館善四郎に一任致し 私/当分 郷里にて/静養いたします/右/津島修治㊞/井伏鱒二様/北芳四郎様」と記した覚書を、井伏鱒二に提出しました。
 覚書を受け取った井伏は、早速、北宛に「昨夜は御病中のところ御足労かけて相すみません 津島君只今御来訪 同封の覚書を提出されました 尚お築地にはこれから出かけて行くとのことにて談合の結果は 後ほど御様子仕ります 右とりあえず後略のまゝ」と記した添状と共に、覚書を送付しました。


【3月25日】

 井伏と太宰の「談合の結果」、初代は叔父の吉沢祐五郎に引き取られたとも、井伏家に滞在することになったとも言われていますが、

(著者注:初代が水上温泉から1人で戻って、井伏家を訪問した)その日から、初代は井伏家に滞在することになりました。井伏は一応そのことを太宰の耳に入れておきましたが、太宰からは初代に関して何の希望も条件も持ち出しませんでした。太宰はその後も時おり井伏家を訪れては、井伏と世間話をしたり将棋をさしたり、あるいは荻窪駅前で夜を徹して飲んだりしましたが、不思議と初代のことには一言も触れなかったそうです。井伏夫人も気づかって、太宰が見えている時には初代を自分の部屋から出しませんでした。しかし、便所へ立つ時など廊下でばったり出合いはせぬかと、双方とも随分気をつかっていたとのことです。こうして二人は、ほとんど語り合うこともないままに別々の生活を続けていました

このように、井伏夫妻の証言に基づいて書かれたという文章も残っています。

 水上温泉から戻った初代がどこに滞在していたのか、確証はありませんが、太宰と面談の機会を持つことは無かっただろうと思われます。

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■小山初代。1932年(昭和7年)夏に撮影。

 ちなみに、この年の6月、初代の叔父・吉沢を仲介役にして、太宰と初代の離別が決定しました。

 【了】

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【参考文献】
・長篠康一郎『太宰治水上心中』(広論社、1982年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
志村有弘・渡部芳紀 編『太宰治大事典』(勉誠出版、2005年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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