記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】1月1日

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1月1日の太宰治

  1942年(昭和17年)1月1日。
 太宰治 32歳。

 文士徴用(ぶんしちょうよう)で南方に行っている井伏鱒二宅に、留守見舞いを兼ねて、亀井勝一郎(かめいかついちろう)伊馬鵜平(いまうへい)と年始の挨拶に行った。当日、井伏家の庭先で、紋服姿の亀井勝一郎太宰治の二人の写真を、国民服姿の伊馬鵜平が撮った。

正月の井伏鱒二宅訪問

 太宰の師・井伏鱒二

 太宰と井伏の出会いを、井伏の「太宰治の死」から引用してみます。

 私と太宰君との交際は、割合いに古い。はじめ彼は、弘前在住のころ私に手紙をくれた。その手紙の内容は忘れたが、二度目の手紙には五円の為替を封入して、これを受取ってくれと云ってあった。私の貧乏小説を見て、私の貧乏を察し、お小遣のつもりで送ってくれたものと思われた。東京に出て来ると、また手紙をくれた。面会してくれという意味のものであった。私が返事を出しそびれていると、三度目か四度目の手紙で強硬なことを云ってよこした。会ってくれなければ自殺してやるという文面で、私は威かしだけのことだろうと考えたが、万一を警戒してすぐに返事を出し、万世橋万惣の筋向うにある作品社で会った。彼は短篇を二つ見せたので、私はその批評をする代りに、われわれの小説を真似ないで、外国の古典を専門に読むように助言した。それから暫くたつと私のうちに来て、彼は私に左翼作家になるように勧誘した。私は反対に、左翼作家にならないように彼に勧めた。
 間もなく彼は荻窪に移って来て家も近くなったので、それからはたびたび私のうちに遊びに来た。いっしょに散歩したり、いっしょに旅行にも出た。彼は学校を怠けていたらしく、制服をきて朝のうちから来ることもあるし、また夜おそくなってから来ることもあった。当時たびたび会っていながらも、どんなことをお互いに話したか、その印象がはっきりしないのは妙なものである。よく将棋もさした。私と対馬であった。

 太宰から井伏へのファーストコンタクトは、1928年(昭和3年)。弘前高等学校時代に創刊した同人雑誌「細胞文藝」への原稿依頼でした。1926年(大正15年)に『文学界』1月号へ発表された井伏の習作「幽閉」(「山椒魚」の初稿にあたる作品)に感銘を受けた太宰は、井伏にラブコールを送ります。
 二度目の手紙と一緒に送られてきたという五円の為替は、井伏が太宰に送った作品「薬局室挿話」への原稿料でした。 

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 1930年(昭和5年)、太宰は東京帝国大学への入学を機に上京。井伏との親睦を深めていき、1933年1月3日に井伏宅を訪問してから、疎開中を除いて、正月に井伏宅を訪問するのが恒例となりました。

 今回取り上げた1942年(昭和17年)1月1日は、前年に井伏が陸軍に徴用され、シンガポールに駐在していたため、井伏不在の中での訪問でした。太宰も井伏と同様、文士徴用のための身体検査を受けていますが、「肺浸潤(はいしんじゅん)」のため、即免除となっています。

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 この日、太宰と一緒に井伏宅を訪問したのは、親友の亀井勝一郎(写真左)と伊馬鵜平(写真を撮影)の2人。

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 亀井勝一郎(1907~1966)は、太宰の第一創作集『晩年』出版記念会で対面し、太宰が三鷹に転居した1939年(昭和14年)から本格的な交際におよびました。蔵書をほとんど持たない太宰は、近隣に住む亀井の世話になり、生前、自身の死後の全集編集を託したいと願っていたとも言います。

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 伊馬鵜平(1908~1984)は、「畜犬談」、「十二月八日」など、太宰作品に実名が登場する劇作家です。新宿ムーラン・ルージュやラジオドラマなど多彩な才能によって数々の芸術賞を受けました。太宰が「太宰治」の筆名を用いる前から井伏を介して知り合い、太宰を「津島君」(太宰の本名は「津島修治(つしましゅうじ)」)と呼んでいました。

 【了】

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【参考文献】
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・公益財団法人三鷹市スポーツと文化財団 編集・発行『平成三十年度特別展 太宰治 三鷹とともに ー太宰治没後七十年ー』(2018年)
井伏鱒二『太宰 治』(中公文庫、2018年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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