記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】10月4日

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10月4日の太宰治

  1936年(昭和11年)10月4日。
 太宰治 27歳。

 一か月のちには、初代を東京の知人の許に預け、入院しようと考えていたようである。同日、伊馬鵜平と小山祐士とが訪れた。

伊馬鵜平と小山祐士の船橋訪問

 1936年(昭和11年)10月。太宰は、パビナール中毒と肺病とで疲弊した身体を休めるため、約1ヶ月のちに、妻・小山初代を東京の知人の許に預け、信州の富士見高原療養所でのサナトリアム生活を計画していました。太宰のこの計画については、9月24日の記事で紹介しています。

 同年10月4日、伊馬鵜平(いまうへい)小山祐士(こやまゆうし)が、船橋の太宰宅を訪れました。

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■伊馬鵜平

 伊馬鵜平(いまうへい)(1908~1984)は、福岡県鞍手郡木屋瀬村(現在の北九州市八幡西区木屋瀬)生まれの作家、劇作家。本名は、高崎英雄
 1932年(昭和7年)創立のムーランルージュ(新宿にあった大衆劇場)に参加し、伊馬鵜平(いまうへい)ペンネームで新喜劇の脚本を執筆しました。太宰の親友で、1939年(昭和14年)には、太宰から短篇畜犬談を捧げられています。
 1940年(昭和15年)、NHKのテレビ実験放送における、国内初のテレビドラマである夕餉前(ゆうげまえ)の脚本を担当しました。戦後は、伊馬春部(いまはるべペンネームを使用)ペンネームを改め、1947年(昭和22年)には、NHKの連続ラジオドラマ『向う三軒両隣り』が人気を博し、1948年(昭和23年)には、東宝から映画化されました。

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■小山祐士

 小山祐士(こやまゆうし)(1906~1982)は、広島県福山市笠岡町生まれの劇作家。1931年(昭和6年)、慶應義塾大学法学部を卒業したあとは、同郷の井伏鱒二に紹介された岸田國士(きしだくにお)に師事しました。
 1934年(昭和9年)に発表の戯曲『瀬戸内海の子供ら』で第二回芥川龍之介賞候補に選ばれ、劇作家としての地位を確立しました。しかし、第二回芥川賞に決定と新聞発表までされながら、戯曲は対象外として、受賞を取り消されたことでも有名です。
 1937年(昭和12年)、文学座創立に際し、脚本家として参加。1942年(昭和17年)にはNHKの嘱託となり、放送劇も執筆しました。

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船橋の太宰宅

 2人が船橋の太宰宅を訪問した時の様子を、伊馬のエッセイ集桜桃の記から引用して紹介します。

 小沢パンにて彼のよく食べているステッキパン、ラスク、カタパンを買い、太宰を訪ねんとの目的にて東中野駅にて小山祐士と待ち合わす。小山君、中村屋にて栗羊羹(くりようかん)を買い、船橋に四時すぎ到着。太宰わりに元気にてわれらを驚かす。当人は富士見に入院するのだといっていたが、H女(引用者注:初代のこと)のこっそりの話によれば、注射をやめさせるため、きちがい病院に入れるのだと。かんきんするのは可哀そうだとH女すっかり心を疲らせ、身体はもう気の毒なほどの疲れよう。ろくろく夜も眠れないとのこと。注射を日に五十本もこっそりやるという。その費用は諸々方々へめいわくをかけているらしいのだがと泪声(なみだごえ)である。しかし当人はわりあい元気にて、語ることすべてよし。しばらく話しているうちすっかり昔の太宰となるが、実際これはどうしたらよいものかわからぬ。困った事だ。十一時半帰宅。(註――この日も彼はわれわれの前、手洗いに立ったふりをしては注射をしていたらしいこと後に判明)

 太宰が信州の富士見高原療養所でのサナトリアム生活を計画している一方、太宰のお目付役である北芳四郎(きたよししろう)中畑慶吉(なかはたけいきち)は、精神科病院である東京武蔵野病院への入院準備を進めていました。この話は初代も聞かされており、暗黙の了解となっていましたが、初代は罪悪感や憐憫(れんびん)の念に包まれていたようです。

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■左から伊馬春部、小山祐士、太宰、井伏 伊豆熱川温泉にて。1940年(昭和15年)7月撮影。

 この2日後の10月6日。伊馬は、井伏鱒二宅を訪問し、太宰の様子を伝えています。

 【了】

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【参考文献】
伊馬春部『桜桃の記』(中公文庫、1981年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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