記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】7月19日

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7月19日の太宰治

  1937年(昭和12年)7月19日。
 太宰治 28歳。

 七月十九日付で、小山初代に手紙を送る。

太宰と離別後の小山初代

 今日は、1937年(昭和12年)7月19日付で、太宰が内縁の妻・小山初代に宛てて書いた手紙を紹介します。
 この年の3月20日前後、太宰は初代とともに水上村谷川温泉へ行き、谷川岳山麓でカルモチンによる心中未遂を図っています。

 その後、太宰と初代は別々に東京へ戻り、別居。そのまま2人が会うことはありませんでした。
 太宰は、6月21日付で、それまで住んでいた碧雲荘(へきうんそう)をあとにし、「蒲団と、机と、電気スタンドと、行李一つ」を持って、杉並区天沼1丁目213番地の鎌滝富方に単身引越しをしています。

 6月下旬、初代も碧雲荘の諸道具を整理して、家財類を青森の実母方へ発送。
 7月10日、井伏節代(太宰の師匠・井伏鱒二の妻)から30円を受け取り、初代は実家の青森へと帰ります。青森市柳町25番地の長尾方に一時身を寄せ、その後、青森市郊外にある浅虫温泉に住んでいた母・小山キミ、弟・小山誠一のもとへ身を寄せたと考えられています。

  東京市杉並区天沼一ノ二一三 鎌滝方より
  青森市柳町二五 長尾方
   小山初代宛

 拝復
 無事ついた由、カチャや誠一にわがまま言わず、やさしくつとめて居られることと思います。こんどのお手紙は、たいへんよい手紙でした。自分の心さえやさしかったら、きっとよいことがあります。これは信じなければいけません。
 私は、やさしくても、ちっともいいことはないけれども、それでも、まだまだ苦しみ足りないゆえと思い、とにかく努めて居ります。
 約束の本や時計、できるだけ早くお送りいたしましょう。
 蚊帳の中に机をひっぱりこんで仕事をして居ります。
 いろいろ世間の誤解の眼がうるさいだろうから、これで失敬する。
            修 治

 「こんどのお手紙は、たいへんよい手紙でした。」とあることから、初代から届いた手紙への返信のようです。「カチャ」とは、「母親」を意味する方言で、小山キミのことです。

 初代が、節代から受け取った30円については、7月6日付で井伏へ宛てたハガキの中に書かれてあります。

  (発信地不詳)
  東京市杉並区清水町二四
   井伏節代宛

 謹啓
 このたびの事では、いろいろ御気持ちお騒せ申し恐縮の念にて身も細る思いでございます 思うように小説も、うまくできず おのれの才能を疑ったり 今が芸術の重大の岐路のようにも思われ 心をくだいて居ります、数日前より京橋の吉澤さんのところで 小説書きつづけて居りますが、いろいろ書き直したり 考え直したり 仲々すらすらすすみません、もう四五日、日数をかけて しっかりしたものにしたいと念じて居ります、きっときっと いいものを書いて、いままでの二、三作の不名誉を(そそ)ぎます、私の愚を お叱りにならないで下さい、
 初代には、十日に来る三十円をみんなお渡し下さい、それを汽車賃として 帰青するなり 身のふりかたつけるよう どうか そうおっしゃって下さい 少いけれども 今の私としては精一ぱいゆえ、初代も覚悟きめるよう おっしゃって下さい、青森へ帰ってからは 身持ちを大事として、しっかり、世の労苦と戦うよう おっしゃって下さい、
 私のほうの生活費は、どうにかなりますゆえ、そのほうは御心配下さいませぬよう、また、私も くるしいけれど、なんとかして堪えしのび 切り抜けてまいりますから、私のことは 御安心下さいませ、どうか井伏さんへ呉々もよろしく御伝言とおわびのほど お願い申しあげます
           修 治 拝

  初代が節代から受け取った30円は、津軽の故郷から太宰に届く仕送りでした。
 ハガキに出てくる「京橋の吉澤さん」とは、初代の叔父・吉沢祐のこと。太宰と初代の離別の仲立ちもしています。吉沢はグラフィックデザイナーで、太宰の処女短篇集晩年の題字も書いています。

 小説家として駆け出しの太宰の7年間を支え続けた、最初の妻・小山初代
 青森の母と弟のもとに身を寄せていた初代は、しばらく弟の魚屋の仕事を手伝っていましたが、やがて北海道に渡り、さらに中国に渡って、各地を転々とすることになります。

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 【了】

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【参考文献】
・『太宰治全集 12 書簡』(筑摩書房、1999年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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