8月14日の太宰治。
1935年(昭和11年)8月14日。
太宰治 27歳。
パビナール中毒と肺病とを癒そうとして、単身群馬県谷川温泉に行き、同県利根郡水上村字谷川五百二十二番地の佐藤亀次郎経営の川久保屋に投宿した。一日一円、半ば自炊の滞在であったという。
川久保屋旅館と第三回芥川賞落選
1935年(昭和11年)8月7日、太宰はパビナール中毒と肺病の療養のため、単身で群馬県の水上村谷川温泉を訪れ、佐藤亀次郎が経営する川久保屋旅館に宿泊しました。
ちなみに、この川久保屋旅館は、翌1936年(昭和12年)3月20日前後に、谷川岳の山麓で、最初の妻・小山初代とともに、睡眠剤カルモチンを用いて心中を図った際にも一泊しています。
■谷川橋際の元川久保屋旅館の建物
川久保屋旅館への宿泊費1日1円は、現在の貨幣価値に換算すると、約1,700円~2,000円相当で、半ば自炊の滞在生活だったそうです。
太宰が川久保屋旅館に滞在中の8月10日、第三回芥川龍之介賞(1936年(昭和11年)上半期)が鶴田知也『コシャマイン記』と小田嶽夫『城外』の2作品に決定しました。
7月31日の記事では、義弟・小舘善四郎宛のハガキで「僕、芥川賞らしい。」、8月8日の記事では、お目付け役・中畑慶吉宛のハガキで「『晩年』アクタガワショウ(五〇〇)八分ドオリ確実。」、長兄・津島文治宛の手紙で「芥川賞ほとんど確定の模様にて、おそくとも九月上旬に公表のことと存じます。」と書いていることを紹介しましたが、当時の芥川賞には、「前回候補に挙がった作家は候補としない」という条件があり、太宰の作品は候補にすら挙がっていませんでした。芥川賞選考委員の1人である川端康成は、この規定が決められた際に欠席しており、「多少問題がある」と唱えたといいます。
太宰が第三回芥川賞の結果を知ったのは、決定の翌日8月11日。
川久保屋旅館で落選を知った太宰は、強い衝撃を受けました。その衝撃の中で、『創世記』の末尾に「朝日新聞」掲載原稿の形式を採った「山上通信」を挿入。その中には、佐藤春夫に呼び出されて、『晩年』が候補に上がっていると聞いたこと、太宰の受賞が不自然でなかったら、芥川賞を下さいと依頼したことなどを書き、8月中旬、「新潮」編集部・楢崎勤宛に、次の封書を送付しています。
千葉県船橋町五日市本宿一九二八より
東京市牛込区矢来町 新潮社「新潮」編集部
楢崎勤宛
楢崎様
いろいろと、苦しき都合、起りました。別封の二枚、十月号創作「創世記」末尾に(一行アケテ)附加して下さい。万難廃して附加して下さい。懸命にたのみます。
8月15日、初代が薬を持って水上を訪れ、18日頃に帰宅したと推測されています。太宰は、8月27日頃に船橋の自宅へ帰宅しました。
■太宰と初代
太宰は、裏の見返しに「上越線水上駅」のスタンプが押され、見返し左下に「自殺用」と書かれ、「殺」の字を墨で消して「家」という字を左傍に書いている、自家用本『晩年』を所有していましたが、その『晩年』には、「借銭一覧表」が貼りつけられており、インクで横書き、金額は洋数字で、次のように18名の名前が記されています(括弧内は、現在の貨幣価値に換算した金額を著者が追記)。
津村信夫21(約37,000~43,000円)
鳴海和夫30(約53,000~60,000円)
菊谷栄五50(約88,000~101,000円)
小山祐士50(約88,000~101,000円)
林房雄50(約88,000~101,000円)
菅原敏夫20(約35,000~40,000円)
菅原英夫10(約17,000~20,000円)
上田重彦20(約35,000~40,000円)
田村文雄30(約53,000~60,000円)
佐藤春夫30(約53,000~60,000円)
大鹿卓10(約17,000~20,000円)
砂小屋書房35(約61,000~71,000円)
中村地平10(約17,000~20,000円)
吉沢祐二20(約35,000~40,000円)
淀野隆三20(約35,000~40,000円)
河上徹太郎20(約35,000~40,000円)
伊馬鵜平5(約9,000~10,000円)
芳賀檀20(約35,000~40,000円)
Total451円(約797,000~916,000円)
太宰は、この自家用本『晩年』も、電車賃を用立てるために、神田の古本屋で売却していました。
【了】
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【参考文献】
・『太宰治全集 12 書簡』(筑摩書房、1999年)
・日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
・HP「日本円貨幣価値計算機」
※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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