記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】11月1日

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11月1日の太宰治

  1936年(昭和11年)11月1日。
 太宰治 27歳。

 十一月一日付発行の「文藝通信」十一月号に「先生三人」を発表。

『先生三人』

 今日は、太宰のエッセイ『先生三人』を紹介します。
 『先生三人』は、1936年(昭和11年)11月1日発行の「文藝通信」第四巻第十一号の「新人の感想」欄に発表されました。ほかには、『饒舌』(保田与重郎)、『タルホの手紙』(衣巻省三)、『Rへ』(角田明)、『かたすみ』(椋鳩十)が掲載されました。

『先生三人』

 けさ新聞紙上にて、文壇師弟間の、むかしながらのスパルタ的なる鞭の訓練ちらと垣覗(かきのぞ)きして、あれではお弟子が可愛そうだと、清潔の義憤、しかも、酸鼻という言葉に拠って辛くも表現できる一種凌壮の感覚に突き刺されて、あ、と、小さい呼び声、女の作家、中條百合子氏の、いちいち汚れなき抗議の文字、「文学に、何ぞ、この封建ふうの徒弟気質、――」云々の、お言葉に接して、いまは猶予の時に非ず、良き師持ちたるこの身の幸福を、すこしも早う、いちぶいちりんあやまちなく、はっきり、お教えしなければならぬ、たのしき義務をさえ感じました。

 

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 いま、私には、三人の誇るべき先生がございます。井伏さんからは特に文章を、佐藤先生からは特に文人墨客の魂を、そうして、菊池氏からは家を。かかる三君への同時の奉仕、しかも、いささかの不自然、こだわりの片鱗だに無し。きのうは佐藤先生へ、「ハネ起きて、先生わかりました! 五百円は一時。将来は永し。千万の弱く美しき青年のため私のため、先生のため、山ほどの仕事があった。アリガトウ存ジマス。この答案、百点満点しかるべし。」という内容の手紙を、投函しての帰りみち、友人の山岸外史とひょっこり逢った。七月、精養軒以来はじめての対面である。山岸、莞爾と笑って、「きょうは、佐藤春夫先生の御使者だ。工合い見て来い、との親心さ。」しまった! 御使者、山岸から深きことども承り、私のめくらを恥じました。云々と書いたら、百点満点笑止の沙汰、まさしく佐藤家の宝物だ、と残念むねん、へそを噛むが如き思いであった。そのこと、ありのままに山岸へ告げたところ、山岸しさいらしく腕組み、
「君、それが悪い。何も、そんなに迄して、わが功ゆずる必要なし。たいへんの悪癖だ。君、よくぞ、そこまで気づいて呉れた。僕たちには、それが嬉しくて、ーー僕、その手紙に間に合わなくて、ああ、よかった。」

 

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◼️「先生三人」 左から、井伏鱒二佐藤春夫菊池寛

 

 ことし十一月入院することにきまった。二年間みっしり治療して、血線、四時熱、一夜に寝巻三枚ずつ必要の盗汗、全て退治て、ゆったりした人物になってお目にかかります、と伝言たのみ、入院に先立ち、私の短篇小説集出版して、お小使い、すこし得たく、このことは井伏さん、とって置きのよい本屋はたのんで下さることにきまっていて、装丁、ぜひとも井伏さんにしてもらって、ああ、私は、甘えることと殴ることと、二つの生きかたしか知らぬ男だ。先刻、菊池寛氏へもわが生きかたの粗雑貧弱を告白して、いまは大事の時だ、めそめそ泣いて歩きまわっていたって仕様がない。ちくらの別荘でもなんでも貸してやるから、きっと病気をなおさなけれざいけない。友人からの借金や何か、病気全快してから少しずつ返すように心掛けて、なにも、くよくよ心配する必要なし。なくなったら、また貰いに来い。ばかな奴だ、と大いに叱って、どっさり呉れた。
 師弟の間ら酸鼻の跡まったく無し。酸鼻は、むしろ、師に捨てられ、垣を焼かれた(うり)の花。

  このエッセイが脱稿されたのは、同年9月27日頃。エッセイの中に「ことし十一月入院することにきまった。二年間みっしり治療」とありますが、この頃の太宰は、パビナール中毒と肺病の療養のため、2年程の予定で、信州冨士見療養所でのサナトリアム生活を計画していました。
 このエッセイが掲載された時、太宰は「入院」していましたが、そこは計画していた信州冨士見療養所ではなく、太宰の意に反して、精神科のある東京武蔵野病院でした。

 【了】

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【参考文献】
・『太宰治全集 11 随想』(筑摩書房、1999年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
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