記憶の宮殿

僕は、記憶の宮殿を自由に旅する。太宰治がソウルフレンド。

【日めくり太宰治】12月4日

f:id:shige97:20191205224501j:image

12月4日の太宰治

  1935年(昭和10年)12月4日。
 太宰治 26歳。

 十二月四日付で、小舘善四郎と津村信夫に手紙を送る。

小舘善四郎と津村信夫への手紙

 今日は、1935年(昭和10年)12月4日付で、太宰が、小舘善四郎津村信夫に宛てて書いた2通の手紙を紹介します。

 1通目は、義弟・小舘善四郎に宛てた手紙です。善四郎の長兄・小舘貞一に、太宰の四姉・きやうが嫁いだことがきっかけで、太宰と善四郎は親交を深めました。太宰は善四郎のことを、弟のように可愛がったそうです。

  千葉県船橋町五日市本宿一九二八より
  青森市浪打六二〇
   小舘善四郎宛

 謹啓
 このたびのことで、男のなかでかなしみ最も深かったのは、私だ。
 こう書いていても涙が出て、しょうがないのだ。
 だいいちに母へちから(○○○)をつけること。これは、きみの義務だ。
 純粋のかなしみをかなしみたまえ。
 きょう、保さんからお手紙もらったが、私には保さんが、恐しいひとになった。
 こんど、わたしの「晩年」が出ることにきまった。プルウストのあの白く大きい本と同じ装丁にした。

 

f:id:shige97:20201130075004j:image
■淀野隆三・佐藤正彰 共訳『スワン家の方』(武蔵野書院発行) 太宰の処女短篇集晩年は、プルーストのこの本の装丁を参考に作成された。

 

 保さんには、「受けとりました。」とそれだけ申して呉れ。
 君の友は、母上だけになったのだ。
          敬具
  善 四 郎 様
 ぼくたちのかなしみを笑うひとは、殺す。取り乱したまま投函。

  「保さん」は、善四郎の次兄・小舘保のこと。「保さんからお手紙もらったが、私には保さんが、恐しいひとになった」とありますが、保から太宰に、どのような内容の手紙が届いたのでしょう。
 ちなみに、この手紙の直前である同年11月27日、保と善四郎の父である小舘保治郎が亡くなっています。「君の友は、母上だけになったのだ」とは、そのことを指しているのでしょうか。太宰は、保治郎の死の直前である同年11月23日に、保治郎も登場するエッセイ人物に就いてを脱稿しています。人物に就いては、翌年1936年(昭和11年)1月1日付発行の「東奥日報」に発表されました。

f:id:shige97:20200726162621j:plain
■太宰と小舘善四郎


 2通目は、太宰と同年齢、兵庫県神戸市生まれの詩人・津村信夫に宛てた手紙です。
 太宰と津村が出会ったのは、1934年(昭和9年)。太宰から同人誌「青い花」に誘われ、津村は創刊号に、詩「千曲川」「往生寺」「長野」「林檎園」を発表しました。津村の「千曲川」を気に入った太宰は、この年の暮れに、山岸外史の案内で津村の家を訪れています。

  千葉県船橋町五日市本宿一九二八より
  東京市本郷区西片町一〇
   津村信夫

 謹啓
 冬には、どうも元気がでない。早く一日たてばよいと、いま それだけを念じて居る。来年になるとお互いに運がよくなるらしいから。
 詩集、ありがとう。君のほうが、ぼくより一日はやく開花した。装丁もいやみじゃない。
 いまから出版紀念会の話も どうか、と思うけれど、ぼく今年中なら、脚がわるくて、とても行けない。来年正月になったら、正月に会をするなら、ぼくも行く。おそらくは、もっとも、深き愛情を以て。
 ぼくの短篇集、「晩年」。来年の三月中に、上野の砂子屋書房から出すつもり。もう きめてしまいました。
 誰も買わなければ、ぼくひとりで買う、と砂子屋書房主人に言って置きました。
 「愛する神の歌」一巻、きょうより以後、もっとも深く読み、かつ、耳をすまして聴くつもりです。
 どのように離れていても、私、ジェネレエションを信じています。どこかで、恥かしいほど固い握手をして居ることを思うと、涙ぐむ。
          敬具
  津村信夫
   四日

  「詩集、ありがとう」とは、この年の11月に出版した第一詩集『愛する神々の歌』のこと。「君のほうが、ぼくより一日はやく開花した」とありますが、同年8月、太宰は第一回芥川龍之介賞の受賞を逃していました。

 津村の第一詩集を絶賛しながらも、同年齢の太宰には、”先を越されてしまった”という悔しさもあったかもしれません。

f:id:shige97:20200823220703j:image
津村信夫 妻・昌子さんと善光寺の階段下にて。

 津村は、1943年(昭和18年)にアディスン氏病と診断され、翌1944年(昭和19年)6月27日に永眠。享年36歳でした。
 太宰は、津村の死を悼み、追悼文郷愁を執筆しています。

 【了】

********************
【参考文献】
・『太宰治全集 12 書簡』(筑摩書房、1999年)
日本近代文学館 編『図説 太宰治』(ちくま学芸文庫、2000年)
・山内祥史『太宰治の年譜』(大修館書店、2012年)
・田村茂 写真『素顔の文士たち』(河出書房新社、2019年)
 ※モノクロ画像は、上記参考文献より引用しました。
********************

【今日は何の日?
 "太宰カレンダー"はこちら!】

太宰治、全155作品はこちら!】